四十一曲目 『受け継いだ剣』

「ーータケル! 大丈夫!?」


 倒れている俺にすぐに駆けつけたやよいは、ポロポロと涙を流しながら声をかけてくる。やよいに続いて真紅郎とウォレス、ナンバー398も近づいてきた。


「タケル! お前、本当にすげぇよ! あのロイドさんに勝ったんだぜ!?」

「ボクも驚いたよ。凄いよ、タケル……これで魔闘大会の借りを返せたんじゃない?」


 ウォレスは自分のことのように興奮し、真紅郎は優しげな笑みを浮かべている。ナンバー398は俺が勝つと思ってなかったのか、驚いたように目をパチクリさせていた。

 ようやく呼吸が落ち着いてきた俺がゆっくりと体を起こすと、支えるようにやよいは背中に手を置く。


「よかった……あたし、タケルが死んじゃうんじゃないかって……」

「心配かけて悪かったな」


 俺が謝るとやよいは首を横に振る。そして、頬を流れる涙を手で拭ったやよいは満面の笑みを浮かべた。


「ーーありがとう、タケル」


 そのお礼は助けてくれたことなのか、それとも生きててくれてという意味のなのか。分からないけど、その言葉を聞いて俺はまるで自分が救われたような気がした。

 思わず笑みがこぼれ、やよいの頭をポンポンと撫でてから立ち上がろうとするけど、足に力が入らずにふらつく。

 ふらついて倒れそうになる俺を受け止めたウォレスは、そのまま俺に肩を貸してくれた。


「サンキュー、ウォレス」

「ハッハッハ! 気にすんなよ、これぐらいどうってことないぜ。このまま祝勝会セレブレーションと行きたいところだが……」

「あぁ。早いとこ、この国から逃げないとな」


 長時間に及ぶ戦闘で夜が明けそうだし、騒がしくし過ぎたから俺たちがここにいるのはもうバレているはず。早くしないと追っ手が来てしまう。

 ウォレスに肩を借りたまま広場から離れようとした時、ふとロイドさんの方に顔を向ける。ロイドさんは木に背を預けたまま顔を俯かせ、動こうとしていない。

 多分、気絶してるだろうけど……。


「ウォレス。悪いけど、ちょっといいか?」


 そう言って指さすと、ウォレスは頷いてロイドさんの方まで連れて行ってくれた。早く逃げないのは分かってるけど、どうしても言っておかないといけないことが俺にはあった。

 ロイドさんの前までたどり着いた俺は、ウォレスから離れて一歩前に出る。


「ーーロイドさん」


 俺の呼びかけにロイドさんは反応しない。気絶しているだろうから聞こえないとは思うけど、それでも伝えたかった。


「俺たちは行きます。これから先、どうなるかは分かんないけど……前に進みます。そして絶対、元の世界に戻ります。例えまたあなたと戦うことになっても、国が相手でもーー世界が敵に回っても、必ず」


 姿勢を正し、頭を下げる。


「ーー今までありがとうございました。こんな別れ方になっちゃったけど、あなたと過ごした日々は忘れません」


 そう言うと俺の後ろに立っていたやよい、真紅郎、ウォレスも頭を下げる。最後は敵として戦ったけど、それでも俺はこの異世界に来ての半年間、ロイドさんに多くのことを教えて貰った。鍛えて貰った。その恩は、忘れることは出来ない。

 頭を上げてから背中を向けようとした時、気絶していたと思っていたロイドさんが肩を震わせながら小さく笑い始めた。


「くっ、ははは、お前は本当に変な奴だなぁ、タケル。敵になった俺に向かってお礼を言うとはな……」

「ロイドさん、起きてたんですか?」

「まぁな。だが、もうお前と戦うつもりはねぇよ。体は動かねぇし、そんな気も失せちまったからな」


 顔を上げたロイドさんは、まるで憑き物が落ちたように晴れやかな表情をしていた。一頻り笑ったロイドさんは俺を真っ直ぐに見つめる。


「タケル。お前の武器、さっきの一撃でぶっ壊れてたよな?」


 ロイドさんが言った通り、俺の剣はレイ・スラッシュ・協奏曲コンチェルトを放った時に壊れてしまった。残っているのは柄の部分とマイクだけ。剣身は粉々になってもう武器としては使えないだろう。

 頷いて肯定するとロイドさんは手に持っていた剣を俺に向かって差し出してきた。


「餞別だ。持って行け」

「え? でも……」

「武器もなしにどうやって戦うつもりだ? 国や世界を相手に戦うのに、武器がないんじゃすぐに死ぬぞ。それに……」


 一度言葉を切り、ロイドさんは剣を優しく撫でる。


「ーー俺にこいつを握る資格はねぇよ。だったらせめて、お前に持っていて欲しいんだ」


 強い意志を感じさせる目で俺を見つめたまま、ロイドさんは俺に向かって剣を軽く放った。突然のことに驚きつつ、落とさないように剣を受け取る。

 あれだけの激しい戦闘の後だっていうのに、磨き上げられたように綺麗な銀色の剣身。柄の先に取り付けられたマイク。俺が持っていた剣と同じ形で、重さもほとんど変わらなかった。

 だけど、重さ以上に色んな想いが込められているのかズシッとした重量があるように感じられた。

 俺が剣を受け取ったのを確認したロイドさんは、木にもたれ掛かって空を見上げると深くため息を吐く。

 

「はぁ……久しぶりにキツいのを食らわされたな」


 懐かしむようにしみじみと呟いたロイドさんは、自嘲するように鼻を鳴らす。


「情けねぇな、俺。だけど、ようやく俺が本当にするべきことが分かった」


 目を閉じたロイドさんはニヤリと口角を上げて笑うと、さっさと行けと言わんばかりに手を振った。

 俺はみんなと顔を見やり、頷き合う。そして最後に、一番気になっていたことをロイドさんに問いかけた。


「どうしてロイドさんは俺たちを捕まえようとしてたんですか?」


 その問いに、ロイドさんはぼんやりと空を見上げながら答える。


「……一人の女を愛した、バカな男の足掻きだ。だがまぁ、間違ってたようだがな。いい加減、過去に囚われてばかりいるなって怒られちまったよ」


 何となく、それが誰なのか分かってしまった。あの時、幻覚と思っていたあの女性。今にして思うと、あの女性が誰なのか思い当たる節があった。

 もしかして、と俺が口を開こうとすると遮るようにロイドさんは俺たちを睨んできた。


「俺のことはもういいだろう。いいから早く行け、急がねぇと追っ手が来るぞ」


 すぐにここから立ち去ろうとする前に、剣を見て一つあることを思いついた。

 俺は剣に取り付けられたマイクを外して、ロイドさんに渡す。


「マイクは俺のがありますから、こっちはロイドさんが持ってて下さい」


 渡されたマイクを見つめたロイドさんは、何か言いたげに口を開け閉めする。だけど何も言わずにマイクを撫で、静かに頷いた。

 さぁ、もう時間がない。剣に自分のマイクを取り付けてから踵を返し、背中越しにロイドさんに大きな声で言い放つ。


「ーー行ってきます!」


 ロイドさんは俺の言葉に吹き出していた。


「ーー行ってこい、若造ども」


 俺たちはロイドさんに見送られながら城下町から出るため、絶対に通らなければいけない場所ーー城下町正門に向かって走り出した。

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