三十九曲目 『高過ぎる壁』
ア・カペラとは、音楽用語で伴奏なしの歌唱のこと。その名を冠したこの魔法は、Realizeの中で俺しか使うことが出来なかった、言わば俺専用の魔法だ。
魔法を唱えると俺の体がフワッと軽くなるのと同時に、力がわき上がってくるのを感じる。腕で流れている血涙を拭い、剣を構えた。
ロイドさんは警戒しているのか動いていない。距離は十五メートルぐらい、か。
「ーーフッ!」
短く息を吐き、左足で思い切り地面を蹴り出す。俺の体は弾丸のように前へ進み、十五メートルの距離を一瞬にして詰め寄った。
「ーー何だと!?」
予想外の速度だったのか、ロイドさんは目を見開いて驚いている。だけどすぐに我に返り、俺に向かって剣を振り下ろしてきた。それに対して俺は剣で薙ぎ払い、剣同士がぶつかり合う。
鈍い金属音と共に弾かれたのは俺の剣ではなく、ロイドさんの剣だった。
「ぐっ!?」
「ーーはぁぁぁぁぁ!」
そのまま連続で剣を振るっていく。ロイドさんの剣は俺の剣を防いでいるものの、何回も俺の剣に押し負けている。
ア・カペラの効果はフォルテッシモーー自身の一撃を超強化する魔法と同等の威力を連続で放ち、更にアレグロを使った時以上の素早さを加えたものだ。
ただし、この魔法を使用時は他の魔法が使えないことに加えてもう一つ弱点があるけど、今は考えないことにする。
俺が怒濤の攻撃をし続けていると、ロイドさんは苛立たしげに舌打ちをした。
「調子に乗るなよ……<我纏うは軍神の軽鎧>ーー<サイクロン・ラン>」
ロイドさんが使ったのは風属性の身体強化魔法。足底に風が集まると爆発し、飛躍的に移動時の速度が上がるものだ。
その魔法によりロイドさんの動きが更に速くなる。それでも今の俺と同じぐらい。威力は、俺の方が上だ!
俺とロイドさんの剣が高速でぶつかり合う。これが魔鉱石で出来た武器じゃなかったら、すぐに折れていただろう。多分、ロイドさんが持っている剣も魔装のはずだ。
それが誰の武器なのか……いや、今はそんなことを気にしている暇はない。とにかく剣を振り続ける。
拮抗する剣戟。合間にロイドさんは蹴りなどを織り交ぜてきた。こっちも蹴りで応戦する。
「ーーぐっ!?」
「ーーがっ!?」
俺の蹴りとロイドさんの蹴りが同時に腹部に当たり、弾かれるように俺たちは吹き飛ばされる。
地面を転がり、すぐに立ち上がるとロイドさんは剣に魔力を纏わせていた。あれは、レイ・スラッシュだ。
俺も武器に魔力を纏わせる。魔力を剣の一部にするように……。
魔闘大会の決勝戦でロイドさんに教えて貰った通りに魔力を操作すると、今までで一番上手く剣身に魔力が込められた。
これなら、と一気にロイドさんに走り寄る。ロイドさんも俺に近寄り、広場の中央で俺とロイドさんの剣が交差した。
「ーーレイ・スラッシュ」
「ーーレイ・スラッシュ!」
決勝戦の時と同じように、俺とロイドさんのレイ・スラッシュがぶつかり合った。魔力同士が反発し合い、衝撃波が周りの木々を激しく揺らす。
ア・カペラで威力が上がっているはずなのに、ロイドさんの剣を弾くことが出来ない。ロイドさんのレイ・スラッシュは決勝戦で見た時よりも威力が段違いだ。
「う、お、おぉぉぉぉぉぉ!」
ロイドさんは怒号を上げると右足を強く踏み出す。拮抗していた剣同士は徐々に俺の方に押し返されそうとしていた。
必死に剣を押し戻そうとしても、力が強すぎる。足が少しずつ後ろに押され、少しでも力を抜いたら吹き飛ばされそうだ。
歯を食いしばってロイドさんを睨むと、その形相はまさに鬼のそれだった。犬歯をむき出しにし、視線だけで俺を殺せそうなほどギロリと俺を睨みつけている。
思わずその表情に恐怖する。そして、それが心の隙を生んでしまった。
「ーーはぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合いと共にロイドさんは剣を振り払う。魔力が爆発し、爆風に巻き込まれた俺は錐揉みしながら宙を舞った。
視界がグルグルと回転し、体が言うことを聞かない。その勢いのまま地面に落下し、ボールのように弾みながら転がっていく。
「がっ、ぎっーーッ!」
剣を突き立てて何とか勢いを殺す。体の至る所に痛みが走る。それでも剣だけは絶対に離さず、すぐにロイドさんの方に顔を向けた。
「<我射抜くは鬼神の長槍>ーー<フレイム・ランス>」
間髪入れずにロイドさんは俺に向かって炎で出来た槍を放っていた。真っ直ぐに向かってくる魔法に対応出来ず、腹部を貫かれた。
「ぐあぁぁぁぁ!?」
貫かれた痛みと肉を焼く熱さにのたうち回る。ロイドさんの魔法は防具服すら突き破ってきた。あまりの痛さに頭の内側からトンカチで殴られているかのような鈍い頭痛がしてくる。
こんな痛み、生まれて初めてだった。これが、命を賭けた戦いなのか。甘かった。戦う覚悟は出来ていると思っていたけど、心の奥底ではまだその覚悟は出来てなかったんだ。
死ぬかと思う稽古をしてきた。戦う術を学んだ。モンスターとも戦った。魔闘大会で対人戦を経験した。
だけど、本当の意味で<戦う>ということを学べていなかったんだ。
「あ、あ……」
ズキズキと痛みが持続している中、地面に顔を付けながらロイドさんを見上げる。ロイドさんはゆっくりと俺に近づいてきていた。
あの人はこんな戦いを……これ以上の戦いを経験している。そんな人と戦うなんて、ましてや勝とうしてたなんて、甘すぎる考えだ。
「タケル!」
「クソ! 今行くぞ!」
俺がやられた姿を見た真紅郎とウォレスがロイドさんと戦おうと走り出す。その二人を見たロイドさんは、あざ笑うように鼻を鳴らした。
「させねぇよ……<我覆うは鬼神の護り>ーー<フレイム・サークル>」
そしてロイドさんは魔法を唱え、俺と自分を取り囲むように炎が走る。炎の壁が邪魔して真紅郎とウォレスはそれ以上入ってこれずにいた。
「んじゃ、終わりにするか。安心しろ、最初に言った通り殺しはしねぇからよ」
一仕事終えたと言わんばかりに首をコキコキと鳴らしたロイドさんは少しずつ俺に近づいてくる。このままだと俺は捕まり、他のみんなも捕まってしまうだろう。
最後には俺たちは王様に身柄を預けられ……殺される。
「う、ぐ……」
必死に逃げようとしても、体が動かない。疲労や傷の痛みからだけじゃなく、恐怖で動けずにいた。
どうすれば逃げられる? どうやったら殺されない?
頭の中で考えを巡らせていると、ふと炎の壁の隙間にやよいの姿が見えた。
やよいはナンバー398の肩に手を回しながらジッと俺を見つめ、その目には涙が浮かんでいる。
どうして泣いてるんだ? 誰が泣かせた?
「あ、あぁぁ……ッ!」
ーー俺だろうが!
俺が情けないから、俺が弱いからやよいは泣いてるんだろう!
しっかりしろ、俺! ここで負けたら、やよいも……真紅郎もウォレスも殺されるんだぞ!?
恐怖を殺せ。自分を奮い立たせろ。痛いから何だって言うんだ、守るって決めただろ。
立て。
「ぐっ、がっ……ッ!」
立ち上がれ。
「があぁぁぁぁぁぁーーッ!」
膝に拳を置き、震える足を押さえつけながら怒号と共に立ち上がる。
剣を地面に突き立て、倒れないように堪えながらロイドさんを見据える。立つと思っていなかったのか、ロイドさんの顔は驚愕に染まっていた。
「ま、だ……まだ、だ」
杖にしていた剣を構え、切っ先をロイドさんに向ける。
まだ動ける。まだやれる。まだ、戦えるーーッ!
「ーーはあぁぁぁぁぁぁ!」
地面を蹴り、ロイドさんに斬りかかる。ロイドさんは面倒くさそうに舌打ちすると、剣を構えていた。
思い切り剣を振り上げ、全身の力を使って剣を……。
「ーーあ」
振り下ろそうとした瞬間、全身の力が一気に抜けた。間の抜けた声と共にロイドさんの目の前で地面に倒れ伏す。
どうやら魔法……ア・カペラの効果が切れてしまったようだ。
「く、そ……なん、で、こんな時に」
最悪のタイミングで切れた魔法に悪態を吐き、それでも立ち上がろうとすると全身に尋常じゃない痛みが走り抜けていった。
ビキビキと筋肉が悲鳴を上げ、骨にまで激痛が伝わっていく。あまりの痛さに声にならない叫び声を上げた。
ア・カペラの弱点。それは使用時は他の魔法が使えないことと、使用後の負担が大きすぎることだ。
使った後は全身の痛みにより動くことすらままならない。それを承知で使ったけど、まさかこんなことになるとは思ってもなかった。
「ち、くしょう……ッ!」
指一本動かしただけで電流のように痛みが全身を駆け巡る。まるで死にかけの虫のように地面を這い回っていると、呆気に取られていたロイドさんはため息を吐いて剣を下ろした。
「いい根性だ。お前はよくやったと思うぞ? さっきも立ち上がるとは思わなかったしな。だが、俺の勝ちだな」
ロイドさんは踵を返し、炎の壁を消す。その先には真紅郎とウォレス、やよいがいた。
「その様子じゃ動くのは無理だろ。お前はそこであいつらが捕まるのを見てるんだな」
「ま、て……まだ、おれ、は……」
ロイドさんを止めようとしても、体が動かない。その姿を見たロイドさんは目を伏せ、呟いた。
「ーー悪いな」
思わず思考が停止する。
今、ロイドさんは謝ったのか?
悪いと思っているのに、俺たちを捕まえようとしているのか?
半年も一緒にいて、絆を深めたと思っていたのに……それを捨ててまで俺たちを死に追いやろうとしているのにか?
「ふざ、けん、な……ッ!」
謝るぐらいならこんなことをするな。
こんなことになるなら、最初から仲良くしようとするな。
何のためなのか、目的は知らない。だけど
、自分の目的のために誰かを犠牲にして、その上で謝るなんてふざけるんじゃねぇ。
そう言いたくても全身の痛みのせいで何も言えない。その間にもロイドさんは離れていく。
「く、そ……」
自分が情けない。誰一人守れない自分の無力さに、涙が出てくる。
こっちの事情を無視し、勝手に勇者にされ、命がけの戦いに巻き込みーー最後にはそっちの事情で殺される。俺たちを何だと思っているんだ。
「ーーあぁぁぁぁぁぁ!」
自分の情けなさと、無力さ。そして怒りと絶望に絶叫する。叫びで体が痛んでも、叫ばずにはいられなかった。
誰でもいいから、俺を……俺たちを、助けてくれ。
ーーそう思った時、音色が聞こえてきた。
「ーーえ?」
その音色は聞き覚えがあった。
この世界に召還される前、ライブの最中の時。それと魔鉱石を探しに行った時にオークに襲われ、やよいを助けようとした時。
綺麗に響き渡るそれは、琵琶の音色。
「あれ、は……?」
音色が聞こえてきたかと思うと、俺の視界に誰かが立っているのか見えた。淡い光を纏うその人は俺に背中を向けている。顔は見えないけど、女性のようだ。
そして、その手には俺とロイドさんが持っている物と同じーー柄の先にマイクが取り付けられた剣を持っていた。
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