三十三曲目『裏切り』
窓の外は暗く、住人たちは寝ているか酒場で酒を飲んでいる頃だろう。
マーゼナル城では魔闘大会に出た選手を労うパーティーが開催され、選手や貴族たちは華やかな衣装を身に纏い、楽しんでいる。
俺とウォレスは勿論、出場していないやよいと真紅郎もパーティーに誘われていた……が、俺たちは参加せずに部屋に集合していた。
「さて、と。集まってくれてありがとう、みんな」
招集をかけた張本人、真紅郎が口火を切る。真紅郎は水が入ったコップをテーブルに置き、早速話を始めた。
「今からボクはある魔法を使って、盗聴をしようと思う」
「盗聴? どうして?」
理由が分からずやよいが首を傾げながら問いかけると、真紅郎は表情を堅くしながらその問いに答えた。
「あの少年……ナンバー398のこと、覚えてるよね?」
やよいは少年のことを思い出したのか唇をギュッと噛んで押し黙る。少年、人造英雄計画実験体ナンバー398。第二の英雄を造る、明らかに非人道的な所業だ。少年が音属性魔法を使えたのも、英雄アスカ・イチジョウが音属性魔法の使い手だったからだろう。
今回の話でどうして少年が出てきたのか、真紅郎は最初から説明を始めた。
「ボクの予想だけど……多分、その実験は王国側が主導になって行ってると思う」
「
「少年を連れていった男のことを覚えてる?」
男、ってのはモノクルを付けた白衣の男のことか。俺たちが頷くと真紅郎は話を続ける。
「あの男、ボクたちのことを純粋な音属性魔法の適正者にして勇者の皆様、って呼んでたよね?」
「それがどうしたんだ?」
どこかおかしなところがあったか、と疑問に思っていたが……ちょっと待て。明らかにおかしいところが一つあるじゃないか。
「何で俺たちが勇者だって、知ってるんだ?」
思い至ったことを口に出すと、真紅郎は肯定するように小さく頷いた。
「そこだよ。ボクたちが勇者だって知っているのは王様や姫様、メイド長のカレンさんと……後はロイドさんぐらいのはず。それなのにあの男は知っていた」
「ぐ、偶然じゃねぇのか? たまたまどっかで知ったとか」
「それはないよ。そもそもボクたちが勇者だって公表しないのは、実力がない内に魔族にバレて襲われないようにするため。魔族の唯一の対抗策であるボクたちに危険がないように、厳しく箝口令が敷かれてるはずなんだ」
真紅郎の言う通りだ。魔族に襲われないように王様は俺たちが勇者だということは公表しないようにしていたはず。なのにあの男はそれを知っているのはおかしい。
つまり、誰かが教えたということになる。知っているのは王様、リリア、カレンさん、ロイドさん。でも、その中の誰かが教えたなんてありえるのか?
「でもさ、それだけで実験をしてるのが王国の人って決めつけるのはどうなの? ユニオン側がしてるって可能性はない?」
話を聞いていたやよいが眉間にしわを寄せながら意見を言う。たしかにそれだけじゃ王国側が実験を主導しているとは言い切れない。考えたくないけど、ロイドさん……ユニオン側が実験してるって可能性もある。
その意見に対して用意していたのかすぐに真紅郎は答えた。
「多分、それはないよ。そもそもユニオンは英雄を求めていないと思う。ユニオン側が欲しいのは英雄じゃなくて、ある程度の実力を持った多くの人材じゃないかな。逆に王国側は英雄を欲してるはずだよ」
「どうして?」
「英雄は国民や人類の最後の希望。国からしたら英雄は国民の団結度を強くするのには格好の存在だからね。しかも過去の英雄、アスカ・イチジョウと同じ音属性魔法の使い手となればさらに、ね」
「……そっか。そうだね、納得した」
やよいは険しい顔をしながら真紅郎の答えに納得する。真紅郎が言っていることは俺も納得してるけど……。
「あの王様がそんなことすると思えないんだよなぁ」
「……まだこれは想像の域を出てないから、本当の王国側がしてるとは限らないよ。それに、もしそうだとしても王様じゃなくて別の誰かが独断で行ってる可能性もあるから」
そこまで言って真紅郎は「でも……」と言い辛そうに言いよどんでから、静かに口を開いた。
「ボクは正直、王様のことを信用していない」
「あんなにいい人なのにか?
「これはボクーー政治家の息子としての意見だけど、王様は何か嘘を吐いている。それも、かなり黒い嘘をね」
嫌そうな顔をしながら吐き捨てるように真紅郎は話す。真紅郎はテレビに出てくるような有名な政治家の一人息子ということは、俺たち全員が知っている。そして、その事実を真紅郎が心底嫌がっていることも。
幼い頃から嘘にまみれた政治の世界を見せつけられた真紅郎は、幸か不幸か相手の嘘を見抜く能力を身につけてしまったらしい。そのおかげで助けられたこともあるから、その能力に関して信頼性がある。
だから真紅郎がそう言うなら……高い確率で王様は嘘を吐いているんだろう。
「とは言え、これも証拠がある訳じゃないからね。もしかしたらボクの勘違いかもしれない」
「でも、可能性は捨て切れないよな」
「そうだね。だから、盗聴しようと思うんだ。もしかしたら実験の主導者が分かるかもしれないしね」
なるほど、それで盗聴か。本題に入った真紅郎は水が入ったコップを指でコンコンと叩く。
「今から魔法を使ってこの城にいる人たちの話を盗聴するよ。この水が入ったコップをスピーカー代わりにしてね」
「おいおい、そんなんで本当にスピーカーになるのかよ?」
出来ると思っていないのかウォレスがやれやれと首を横に振っていると、真紅郎はクスッと小さく笑う。
「まぁ、それはやってみてのお楽しみだよ。じゃ、やるねーー<マルカート>」
真紅郎が魔法を唱えると水に波紋が広がり、コップが小刻みに振動し始めた。そして、城中にいる人たちの声がノイズ混じりに聞こえ始める。
マルカートは音楽用語で<はっきりと>って意味の聴覚強化魔法だ。魔法で拾った音を水とコップを音源にして盗聴するなんて、真紅郎にしか考えつかないやり方だな。
真紅郎は魔力を調整していくと、徐々に声がはっきり聞こえてきた。メイドさんたちの話や、兵士の話、パーティーに参加している人の話、とチャンネルを変えるように切り替わっていくと、ある人たちの話で止まった。
「お父様、もうそろそろ会場に向かいましょう」
この声は、リリアだ。
どうやら王様とリリアは一緒の部屋にいるらしく、今からパーティーに向かうようだ。
「あぁ、そうだな。勇者たちはもう来ているのか?」
「メイドの話では準備に手間取っているようでまだ来ていないようですわ」
「……そうか」
聞いている限り、俺たちが知っている二人の日常の会話だ。この二人が実験に関わっているなんてことはないんじゃないのか?
そう思って真紅郎に違う場所の盗聴をしようと提案しようとしたがーー。
「ーーそういえば、いつ勇者の皆様を
リリアの一言によって、思考が止まった。
「……は?」
今、リリアは俺たちを殺すって、言わなかったか?
頭をぶん殴られたような衝撃に言葉が出ない中、王様は普通に話を続けていた。
「今夜だ。奴らの飲み物に薬を盛り、寝静まった頃に実行する予定だ」
「でしたらタケルは私に頂けませんか? あの人が絶望し、苦しんでいる姿を見てみたいですわ」
「……ダメだ。タケルはあの中で一番魔力量が多く、利用価値が高い。タケルの魔臓器を使えば強力な兵器が作れるだろうからな。他の者にしろ」
「むぅ、残念。でしたらあの小柄な男の方で我慢します。新しい拷問器具を買ったので、その実験体にしましょう。可愛い見た目をしてますし、さぞいい苦痛の表情が見れるはずですわ」
「まったく、誰に似たのか……趣味が悪いぞ」
「うふふ、間違いなくお父様に似たと思いますわ」
何だ? 何を言ってるんだ? これは、本当にあの二人なのか?
俺が、俺たちが知っている王様とリリアじゃない。騙していたのか? これが、本当の姿だって言うのか!?
ふと、前にリリアと城下町を見に行った時のことを思い出す。あの時、リリアが自分のことを「優しい人間じゃない」って言っていた。
これが、そう言うことなのか……?
「
「これ、本当にあの二人なの? 嘘でしょ?」
話を聞いたウォレスは舌打ちしながら手で顔を覆い、やよいは受け入れられないのか頭を抱える。
俺は鏡がなくても自分の顔が青ざめているのか分かった。そんな中、真紅郎は深くため息を吐いていた。
「やっぱり、というかこれほどとは……さすがに予想外だね」
「どうして俺たちを殺すんだ? 勇者なんだよな?」
「分かんない。けど、話を聞く限りどうやらボクたちを殺して何かの兵器に使うつもりのようだね。もしかしたら、最初からそうするつもりだったかも」
「おいおい、どうすんだよ! このままじゃオレたち、今夜殺されちまうぜ!」
ウォレスの言う通り、このままここにいたら殺されるかもしれない。だったらどうするのか。頭をフル回転させながら、口を開く。
「……話し合いは、無理か?」
「……難しいかも。今の話を聞く限り、バレた時点でボクたちをどうにかして捕まえようとするだろうし」
もしかしたら、という淡い願望はすぐに打ち捨てられた。俺は、まだあの二人を信じたかった。話し合いで解決出来たら一番良かったけど、難しそうだ。
ふと、真紅郎は俺たちの顔を見つめ、指を三本立てる。
「ボクたちが生き残る方法は三つ。一つはユニオンに助けを求める。二つ目は戦って抵抗する。三つ目は……この国から逃げる、だね」
「ゆ、ユニオンに助けて貰おうよ! ロイドさんなら助けてくれるはずだし!」
やよいの言う通り、ロイドさんなら助けてくれるはずだ。だけど真紅郎の顔は浮かない表情をしていた。
「王様とロイドさんは多分、プライベートで親交があるはず。それに、もしかしたら王様がロイドさんを騙してボクたちを引き渡す可能性があるから、絶対に安全とは言えないと思うよ」
「……なら、戦うか?」
ウォレスの言葉に真紅郎は首を横に振った。
「それも厳しいと思う。戦うってなったら城にいる兵士全員を相手にしなきゃいけなくなる。数の暴力には逆らえないね」
「なら逃げるしか……」
三つ目の提案を言ったものの、自分でもそれが難しいと察していた。
異世界に来てまだ半年しか経っていない俺たちが、国からの追っ手から逃げながら別の国に行くのは、あまり現実的ではない。
じゃあどうすればいい?
「……八方塞がり、だ」
どうしたらいいのか分からない。でも、早く決めないと今夜には襲ってくる。決めるなら、今しかない。
「もしかしたら他にもいい案があるのかもしれないけど……ボクには今の三つしか思いつかなかった。それも、全部危険が伴うものばかり。どうするか、決めて欲しい」
真紅郎はギュッと拳を握りながら、決断を迫ってきた。
どれを選んでも危険。死と隣り合わせ。この中で一番頭がいい真紅郎がその三つしか思いつかなかったんなら、少なくとも俺にはそれ以上いい案は出せない。
じゃあ、その中から決めるしかない。でも、誰が決める?
ウォレスはジッと黙ったまま。真紅郎は答えを待っている。やよいは頭を抱えながら必死にどうすればいいのか考えていた。
Realizeのリーダーはやよいだ。Realizeを最初に作り、俺たちを集めたのがやよいだからだ。最年少ながらバンドの方向性や売り出し方を決める時は最終的にやよいが決断してきた。
だけど、今は命がかかっている決断だ。それを最年少の女の子に決めさせるのは、酷すぎる。
じゃあ、誰が決める? 誰が全員の命に責任を取る? そんな大事なことを、誰が?
「……上等だ」
やよいにそんな責任を負わせたくない。いや、ウォレスや真紅郎にもだ。
覚悟を決めて立ち上がる。仲間にそんな荷を背負わせるぐらいなら、俺がやってやる。
「ーーこの国から逃げるぞ」
俺はこの国から逃げることを選択した。
ロイドさんに助けを求めることが出来れば一番いいけど、真紅郎の言うように騙されてしまう可能性は否めない。
戦うのは論外。仲間を危険な目に遭わせるのはごめんだ。
なら、逃げるしかない。王様にバレずに、隠れながら他国に逃げる。戦いは最小限、むしろ戦わないように。それが比較的安全な方法だと思う。
俺が決断すると、ウォレスはニヤリと笑みを浮かべた。
「オッケー、オレはその案に乗った!」
真紅郎は小さく笑いながら頷く。
「タケルがそう言うなら、それに従うよ」
やよいは、不安そうな顔で俺を見つめている。
「大丈夫? 本当に、逃げられると思う?」
国に狙われて本当に逃げられるのか、俺も分からない。それでも、俺は決断した。仲間の命を背負うことを決めたんだ。
「大丈夫だ! 俺たちが揃えば何だって出来る!」
やよいを元気づけて安心させるために……そして、自分を奮い立たせるために必死に明るい笑顔を浮かべて言い放つ。
大事な仲間は絶対に殺させやしない。例え相手が国だろうと、世界だろうと。
時間は残り少ない。誰かが来る前に、俺たちはすぐに逃げる準備を始めた。
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