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第1462話 呼び方を変えてもらいました
第1462話 呼び方を変えてもらいました
「私は、ずっとお世話係としてやっていましたので、旦那様と呼ぶ方がしっくりきますね。実際にはタクミ様とお呼びしておりましたが、心の中ではずっと旦那様とお呼びしていたので」
「「え?」」
「ん?」
ライラさんは反対とまでは言わないけど、呼び方を変えるのに消極的か……と思っていたら、言葉の最後の方でボソッと呟いた言葉に、アルフレットさんとキースさんの二人が反応。
書類に目を落としていたはずが、思わずといった風にライラさんへと向いた。
ライラさんとは、こちらの世界に来てすぐの頃からずっとお世話をして来てもらったので、今の言葉には特に違和感を感じなかったんだけど……二人が反応してしまうような事があっただろうか?
いや、心の中でと言われると以前から認められていた気がして、ちょっとだけ照れ臭い気もするけど。
「ライラ……もしかして君は……?」
「ヨハンナ殿と同じく……いやそれ以上に表情を変えないライラ殿が、そうとは……」
「いえ、申し訳ありません。余計な事を申しました」
アルフレットさんとキースさんが、声は大きくないながらも驚きの混じった声を上げ、ライラさんが表情を変えずに頭を下げる。
一体なんなんだろう?
ちなみに、ライラさんはおすまし顔というか、ポーカーフェイスが得意で微笑む事は多いけど、それ以外ではあまり表情を変える事は少ない。
ヨハンナさんも、表情を引き締めている事が多いので、ライラさんと同じように見られがちだけど、その実結構感情が豊かなのは、大体の人が知っている……ライラさんが、感情豊かじゃないというわけではないけども。
フィリップさんが近くにいる時は、大体突っ込み役になるので厳しめの表情がほとんど変わらないけど、クレアやレオ、それからシェリーも含めたフェンリル達が近くにいる時は、結構その感情が顔に出ていたりする。
まぁ、大きく表情が変わったりはしないんだけど、なんと言うのか雰囲気が変わるというか。
端的に言うと、口元が綻んでいたり目じりが下がったりして、柔らかい雰囲気になる。
本人は隠しているつもりのようだから、皆触れないでそっとしているんだけど、可愛かったりフカフカなものが好きなんだなぁと。
おっと、思考がいつもの如く逸れてしまっていた……話をしながらでも、書類の確認は進めておかないと。
今日中に全部終わらせられなくなったらいけない。
「うぅむ、中々に難儀というか……手ごわいぞ?」
「まぁあちらはなんとなく受け入れそうな気配はありますね、その度量は持っておられるかと。ただ、こちらが……」
「私も、呼び方を変える事に反対はしません。いえ、賛成という事で、新しい呼び方を考えましょう」
「あ、はい……」
何やら、ライラさんに目を向けて話すアルフレットさんとキースさんだけど、それを遮ったライラさん。
どういうことなのかはわからないけど、ライラさんからはこれ以上の追及はさせないといった雰囲気が出ている気がする。
そもそも俺には何を追及しているのかとか全くわからないけど、とりあえず話を戻した方が良さそうだ。
アルフレットさんもキースさんも、肩を竦めて再び書類の確認に戻ったしな。
「まぁ新しい呼び名とはいっても、エッケンハルトさんがいる時だけにするか、それともずっとその呼び方にするかも決めないといけないんですけどね……」
話を戻すとして……ころころと呼び方が変わると、使用人さん達が大変だからな。
俺としては、旦那様と呼ばれなくなるのなら、ずっとで構わない。
「そうですね、でしたら……」
「こちらはどうでしょうか?」
「いえ、それならば……」
アルフレットさん、キースさん、ライラさんの三人はそれぞれ呼び方についての案があるらしく、口々に申し出てくれた。
呼び名を変える提案をしておいてなんだけど、俺自身はこっちにして欲しい、みたいな事を考えていなかったのでありがたい。
ただライラさんの案について、またアルフレットさんとキースさんが妙な反応をしていたけど……話し合ってとりあえずの呼び方を決めた。
あとは、他の使用人さん達に周知するとともに、反対意見が出ない事を願うだけだ。
まぁそんな心配はなさそうかな、多分。
というわけで……。
「では、キースの提案した主様という事で」
「は、はい……」
アルフレットさんの発表に、がっくりしながら頷く俺。
旦那様から呼び方を変えようと思ったら、もっと慣れそうになくて照れ臭い気がする呼び方になってしまった。
とりあえず、最後の抵抗としてエッケンハルトさんが一緒にいる場でのみ、主様と呼ぶようにお願いした……慣れないからって、無理に変えようとするんじゃなかったと後悔。
ただ、他の呼び方よりは多少マシな気もするけど……ちなみに、主様と書いてあるじ様と読む。
何案か出た中で、キースさんから大殿様とか御屋形様など、ニコラさんが呼びそうな案もあったから、そちらの方が良かったかもしれない、殿様ではないし、ここは江戸じゃないけど。
ライラさん一押しはご主人様で、これが一番耳障りがいいというか……日本のアニメ等々で聞く機会があったからだろうと思う、行った事ないけど喫茶とかもあるからな。
ただこれは、そう呼ばせているのをユートさんに聞かれると、変な勘違いをされそうな事と、ライラさんが提案した時にアルフレットさんとキースさんが微妙な反応をしたので、決定を見送った。
呼ばれたくないわけじゃないけど、なんとなく本物のメイドさんにそう呼ばれるのは、俺の中の何かがまずいと叫んでいたのもある。
さらにアルフレットさんからは、お兄様とか絶対に真面目に考えていないだろ、というツッコミ待ちの案が出たのは完全にスル―。
使用人さんの多くは俺より年上なのに、お兄様と呼ばせるのは絶対におかしい。
……テオ君がそれを聞いた時に、何故かソワソワしてこちらを窺っていた気がするけど、きっと気のせいだ。
「主様、こちらもよろしくお願いします」
「追加になります、主様」
「はい……」
早速呼び方を変えたアルフレットさん達から、主様と呼ばれつつ新たな確認書類を机に置かれる。
エッケンハルトさんがいる時だけって言う話だったのに……慣れるために、とりあえず今はそう呼ぶと言われて、断り切れなかった俺が悪いか。
旦那様を変えようと思ったのは、完全に失敗だなぁ。
そんな平和? な話をしつつ、外からフィリップさん達のものと思われる悲鳴らしき叫びが聞こえなくなり、窓から見える外の陽が傾いて来る頃まで書類確認をするために集中した――。
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