第1448話 経営の収支に関する話をしました



「それでは次に……キースさん」

「はい」


 ほとんどが確認作業のような話が終わったら、次はキースさんを呼ぶ。

 キースさんは束になった書類を手に持ち、俺の横へと進み出て皆の方へ振り向いた。


「先程も申し上げました通り、ここにいる皆様の給金などは問題なく賄えます。ですが、それだけではいけません」


 今度は薬草畑運営の財務的な話だな。

 皆の給金は現状の薬草を卸す事で賄える……使用人さん達も。

 ただそれだとキースさんの試算によれば結構ギリギリ、むしろ少し赤が出るようだ。

 持っているお金を減らしたい俺としては、しばらくそれでもいいんだけど、経営としてはもちろん良くない。


 最低でもプラスマイナスがゼロにならないと、継続するために借金をしていく事になるからな。

 本当に最低でも、だけど。


「先程お披露目された薬も含めて、ラクトスでの販売は公爵家の方々が担ってくれます。そして、このランジ村、それからラクトスの街に近いブレイユ村でも販売が決まっています。これは、一般的な薬草と新しい薬も含めてです」


 ラクトスはとりあえずカレスさんの店だ。

 ランジ村はキースさんの言葉で、ハンネスさんが頷いているように販売に関して問題ないし話は付いている。

 ブレイユ村は俺が以前行った時、セバスチャンさんがある程度の話をしており、ランジ村に来るまでの間に何度か連絡を取り合って許可を得て、薬草や薬を卸すという事になっていた。


「ラクトスは人口が多いので、ある程度の利益が見込めますが……ランジ村とブレイユ村での利益はあまり多くないでしょう。資金に今のところ問題はありませんが……」


 細かな数字はともかくとして、このままの利益では全ての経営を賄える程の利益にはならない、という話しをしていくキースさん。

 俺の収入というか、現在卸している薬草に関しては全て買い取りという形になり、そこから一部が公爵家へとなるんだけどそれはともかく。

 使用人さんや従業員さんの給金がなんとなかったとしても、屋敷の維持費……食費や照明のための魔法具の交換費用等々。

 それから、薬草畑のための土地代などもあるからな。


 土地に関しては少し複雑で、ランジ村の一部となっていて村長であるハンネスさんが、公爵家から借りているという状況。

 ハンネスさんは、俺から土地代をもらえないみたいな事を言っていたけど、そこまで甘えるわけにはいかないので当然規定の金額を払う。

 給金から支払う一定の税率で徴収される所得税に、固定資産税がプラスされるようなものだな。

 ただし、屋敷はクレアも住むので公爵家から直接借り受けており、そちらは徴収されない。


 俺は払おうと思っていたんだが、その場合一緒に住んでいるクレアも払わないといけないという事になって、そうなるとクレアは公爵家とは別の扱いとか、なんだかよくわからないけど、とにかく面倒な事になるらしい。

 無理じゃないみたいだけど、複雑化しないために屋敷の土地代はなしになっている。

 その分、公爵家を通す……カレスさんの店で販売する薬草などは、買い取り額のほんの一部を差し引くようにする事で決着がついた。

 本来なら、できるだけ払いたくない側が払いたい、払って欲しい側が払わなくていい、という珍しい話し合いだったのは、ある意味貴重な体験だったかもしれない。


 他にも、屋敷に住まわない従業員さん達がいるわけで、その人達が住む新しい家の家賃補助なども含めると、キースさんが試算してくれた固定費は結構な額になる。

 具体的な額は、小市民だった俺にはちょっと口に出したくなくなるくらいなんだけど。

 というわけで、さっきは少し赤が出るくらいだとしたけど、総合すると現状では大分赤字なわけだ。


 まぁそれでも、まだまだしばらくは資金に余裕があるんだけど、それはともかく。

 さすがに全てではないけど、こうした事をある程度キースさんが皆に伝えていく。

 経理に関して詳しくない人が多いのか、大半の従業員さんがなんとなくそういうものか……という表情なのに対し、アノールさんだけは真剣に聞いて何度も頷いている。

 ちゃんと理解しているようだから、やっぱり有望だ。


 キースさんにも後で伝えよう、と思ったらそのキースさんが時折アノールさんを見て話しているようなので、既に目を付けているみたいだ。

 うちの経理部門は安泰だなぁ。


「そういうわけですので、皆様におかれましては確かな商品……薬草や薬を作り出す事をお願いいたします。販路の拡大は必要ですので、そちらを進めつつ多くの物を売って採算を取ります」

「……と、キースさんは言っていますが、まぁ難しい事を話していましたけど、仕事をしていれば大丈夫って事です。何せ、薬はミリナちゃんが新しく売れるだろう物を作りましたし、薬草は最低でも俺がある程度作れますので。畑の方でも、確実に数を増やせますから」

「旦那様、皆の気を引き締める所ですので……」

「おっと、失礼しました」


 キースさんや皆に笑顔で謝ると、大広間に小さな笑いが起きる。

 アノールさんはともかく、ガラグリオさんを始めとした従業員さん達の表情が、かなり強張っていたからなぁ。

 自分達ではどうしようもない事で、もしかしたらなんて考えていたのかもしれない。

 とりあえずは俺の言った事や笑いが起きて、雰囲気が軽くなったのであまり大袈裟に考える必要はないと考えてくれればいいかな。


 キースさんは厳しい事を言っていたし、本当にこのままじゃ赤字になるのは間違いないけど、それは何もしなかったらだ。

 ミリナちゃんの薬がどれだけ売れるかは未知数だし、ほとんど試算した中に組み込んでいないからな。

 販路の問題はあるにしても、クレアがなんとかしてくれるだろうし、どうにもできなくても問題はない。

 数は俺の『雑草栽培』と畑で確実に増やせるうえ、直接販路を拡げなくても公爵家がいてくれるからな。

 頼りすぎかもしれないが、むしろエッケンハルトさんやエルケリッヒさんは、さっき披露された薬は欲しがっていそうだし……。


 つまり、俺達が売らなくても公爵家が代わりに売ってくれるわけだ。

 それでもどうにもできなかった場合……そんな事はあり得ないけど、万分の一でもそうなったら、ロエを売ればなんとかなりそうだ、最終手段だけどな――。



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