第1430話 引っ掛かりから思わぬ事実に辿り着きました



「ドルフの奴も、獣人を好ましく思っていたのだが間違ってしまった。あれがなければと思わずにはいられないが……もしかすると、どこかで獣人と一緒に過ごしていたりするかもしれんな」


 遠い目をするエルケリッヒさん。

 友人の名前はドルフさんというのか……獣人を好ましく思っていたからこそ、耳や尻尾を触りたくなってしまい、間違ってしまったのかもしれないな。

 って、ん……?


「ドルフ……?」

「む?」

「どうした、タクミ殿?」

「タクミさん?」


 ふと引っ掛かりを覚えて、首を傾げながら小さく呟くと、エルケリッヒさん達が俺を見て不思議そうな表情になった。


「いや……えっと……ちょっと待って下さい」

「う、うむ?」


 眉根を寄せながら、掌をエルケリッヒさんの方に差し出しつつ少し考える時間をもらう。


「……どうしたのだ、タクミ殿は?」

「わかりません。ですけど、こういう時のタクミさんは何かを深く考えている事が多いですね」

「それは私も何度か見た事があるな。思考に没頭すると言うのか、面白い発想を浮かべた時などに見られた」

「これまでの話は、面白い発想が出るような内容であったか? わからんが、考えを邪魔しないでおくか」

「ですな、父上」

「はい、お爺様」


 何やらリーベルト家の三人が話しているけど、俺は引っかかった事を考えるのに集中して参加しない。

 エッケンハルトさんだけは、何やら声が弾むようで楽しみな雰囲気を出していたけど……それはともかく。

 エルケリッヒさんが言ったドルフという呼び名、家名などは追放のような処罰を受けて、財産と一緒に取り上げられたんだろう。

 だとしたら、それがただのドルフというのが名前の全てなのかもしれない。


 けどそこで、エルケリッヒさんが何度もエッケンハルトさんの事を「ハルト」と呼んでいるのが、一緒に思い浮かぶ。

 もしドルフというのが、あだ名とか略称だとしたら?

 獣人の話しからで、できすぎかもしれないけど……あの人と俺は直接会った事はないが、話を聞く限りお金を持っているような暮らしはしていなかった。

 スラムに住んだり、あちこち旅をしていたくらいだしな、根なし草とイザベルさんも言っていたし。


 そして、エルケリッヒさんが言っていた、野垂れ死んでもおかしくない状況でも生きられそうだという事。

 それをサバイバル技術とか、魔物と戦える力に置き換えたら……リーザは、あの人がオークを狩っていたとも言っていた。

 さらに少し前にスラムへといった時、リーザがよく使っていたらしい場所で見つけた、装飾が施された豪奢な鞘。

 あれはおおよそ、スラムで住んでいるような人が持っている物じゃない。


 剣その物はなくても、鞘だけで結構な金額になりそうな物だったし、不釣り合いだ。

 あの人がどうして各地を旅したり、スラムで暮らしているのか……詳しい経歴が一切不明な事もある。

 それはもしかしたら、追放されたから。


 リーザを保護するまで、一つの場所に長く留まりたくなかったからなんじゃないか?

 という推測が浮かんで来る。


「エルケリッヒさん、そのドルフという人はもしかしてエルケリッヒさんと同じくらいの年齢、でしたか?」

「む? いや、ワシより上だな。ワシも老いたが、生きていればあ奴もかなりの高齢だ」

「そうですか……」


 確かめるための質問をエルケリッヒさんにすると、予想よりさらに合致しそうな答えが返ってきた。

 エルケリッヒさんは、雰囲気や見た目からわかりづらいけど大体七十歳前後といったところだろう。

 少なくとも、六十は越えているはず……エッケンハルトさんが四十台だったはずだし。

 ……ん? 今エッケンハルトさんが四十代という事は、獣人の国との戦争があったのが三十年以上前だから、奥さんに初めて会ったのが十代。


 場合によってはまだ成人していなかったかもって事か? あぁいやいや、今その事は考えなくていいか。

 とにかく、エルケリッヒさんからさらに上の年齢、となるとドルフさんは高齢のお爺さんになるって事だ。


 言い方は悪いが、ちょっとした病気が重症化する事もあり得るし、老衰でもおかしくない年齢になって来る。

 となるとやっぱりあの人は……?

 リーザがお爺ちゃんと言って慕う、リーザを保護して育てていた人物。


「もう一つだけ聞かせて欲しいんですけど……」

「ワシが知っている事なら、答えよう」

「ありがとうございます。そのドルフさんって人、もしかしてなんですけど『レインドルフ』という名だったりしませんか?」


 レインドルフ、略してドルフだ。

 確証まではいかないが、可能性としてあり得るんじゃないかと思った。

 レインドルフさんの名前は、クレアやエッケンハルトさんも知っているはずだけど、俺だけが引っかかったのは多分、リーザと一緒にいて何度もレインドルフさんの事を気にしていたからだろう。

 あと、エッケンハルトさんをハルトと呼ぶのが、ユートさん以外にいて珍しかったというのもあるか。


 クレアやエッケンハルトさん本人は、ハルトとエルケリッヒさんが呼ぶのに慣れているだろうから。

 そして、俺の推測が正しかったのだと示すように、エルケリッヒさんは反応した。


「っ! どうしてその名を!? いや、話の流れを考えるに……まさか!?」


 驚いて目を見開き、立ち上がって叫ぶエルケリッヒさん。

 そしてリーザや獣人の話しを今の今までしていた事から察して、レオの背中に乗っているリーザに顔を向けた。

 あぁ、やっぱりそうなのか……。

 肯定されなくてもしたようなもので、エルケリッヒさんの言葉と反応が証明してくれていた。


「考えている通りです。リーザはお爺ちゃんと呼んでいましたけど、レインドルフという名の人に拾われたようです。――リーザ、おいでー!」

「はーい!」

「まさか、そんな事が……」


 クレアやエッケンハルトさんも、エルケリッヒさんと同じく驚いてリーザを見ている。

 とりあえず、エルケリッヒさんの言葉に頷いて答えを返し、リーザを呼んで手招きした。

 素直な返事と共に、レオから降りてこちらにテコテコ歩いて来るリーザ……二本の尻尾が揺れている。

 そんなリーザを、エルケリッヒさんは驚き見開かれたままの目で見ていた――。



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