第1421話 ゲルダさんはまだ時折転ぶみたいでした



「あはは……すみません。やっぱり急いでいるとつい転んでしまう事がありまして……」


 恥ずかしそうにそう言うゲルダさんだけど、もしかしたらスリッパになれなくて転んでしまったのかもしれない。

 走らせない方が良かったかな。

 フェヤリネッテがいなくても、時折こういう事があるからスリッパだけのせいってわけじゃないけども。

 ただ頻度は減っているし、落ち着いていれば転んだりしないんだけど。


「もう、ゲルダはもう少し落ち着くのよう。急いでいなかったんだから、走らなくても良かったのに」

「ごめんねフェヤリネッテ。心配かけちゃったね。レオ様が濡れたままだと良くないと思っちゃって……」


 ふわりと、戻ってきたゲルダさんの所に移動したフェヤリネッテが、モコモコの毛から伸びた手を曲げて言う。

 人間で言うと、腰に手を当てているような感じだろうか……丸くてモコモコした毛に包まれているので、どこが腰なのかわからないけど。


「ワフ、ワウン……」

「ひゃ! レ、レオ様?」

「ははは、レオはゲルダさんが転んだのを心配しているんですよ」

「そうなのですか……ありがとうございます。慣れっこなので、大丈夫ですよ」

「ワフ」


 レオもゲルダさんに近付き、赤くなっていた鼻をひと舐め。

 驚いた様子だったけど、レオなりに心配しての事だろう。

 微笑みながら、持って来ていたタオルでレオの体を拭き始めたゲルダさん。

 リーザやテオ君も手伝い始めた。


 テオ君はすっかり、レオになれてくれたようだな……散歩に出てすぐの頃、あんなに怯えていたのがウソのようだ。

 楽しそうに走ったり、川で泳いでいる無邪気なレオの姿を見たからかもしれない。


「ふーん、すっかりレオちゃんとタクミ君に懐いたんだね」

「俺はともかく、レオに乗って走ったからだと思う。最初は怖がっていたけど、途中から楽しそうにしていたよ」


 レオの毛を拭くテオ君を見て、感心するように言うユートさん。

 今朝までだったら、テオ君が自発的にレオの体を拭くなんてしそうになかったからなぁ。


「うんうん、テオドールトが馴染めそうで良かったよ。タクミ君に任せる事にして正解だった」

「……押し付けられたような気もするけど。というか、俺じゃなくてエッケンハルトさんとか、リーベルト家に任せた。が正しいんじゃないか?」

「表向きはね。でも、タクミ君やレオちゃん、リーザちゃんがいるから任せようと僕は思ったんだ。ちなみにタクミ君の事、主にギフトとかだけど、それはテオドールトに話してあるから」

「まぁ、それは当然か」


 俺とユートさんが日本から、異世界からこちらに来たというのは知っていたし、当然ながらギフトの事を話しているよな。

 遺伝以外だと、別の世界から来ている事が、ギフトを所持する条件らしいし……テオ君は身分的にもその資格はあるだろう。


「オフィーリエにはまだなんだけどね。ギフトって言ってもよくわからないだろうし……もう少し成長してからかな?」

「俺に聞かれても。でも、意外とまだ幼いと思っていても、よく考えていたりするもんだと思うよ。理解できるかは……わからないけど」


 テオ君やゲルダさんと協力して、大きな体のレオを拭いているリーザを見ながら、そう答える。

 まだまだ子供だ、と思っていてもちゃんと考えているのは、小さかったレオと子供達が遊ぶところを見守っていた頃から感じる事が多かった。

 驚かされる事とかもあったからなぁ……俺もまだまだ大人と言い難い頃だったし、今も胸を張って大人と言えるとは思っていないけど。


 オフィーリエちゃんは、まだまだ舌ったらずでリーザよりも幼いけど、物心ついている事だしもしかしたら色々な事を考えられているかもしれない。

 ……こことは違う世界、とかまではわからないだろうけど。

 

「あ、そういえばそのオフィーリエ……オーリエちゃんは?」


 結構な時間テオ君と離れているから、話しに聞いている限りだとぐずっている可能性もある。

 朝食後、ティルラちゃんとシェリーを撫でていたら、お眠になっちゃっていたから任せてテオ君と出たんだけど。

 シェリーに抱き着いてウトウトしている姿は、テオ君のみならず俺やクレア、それからティルラちゃんや使用人さん達も顔をほころばせていた。

 リーザは、そんな俺達を不思議そうに見ていたけど。


「あぁ、ハルトやエルケ、クレアちゃん達と一緒に客間にいるよ。僕らが来た時、ちょうど寝起きでテオドールトがいなくて、不貞腐れていたんだけどね。クレアちゃんが笑いかけると、一瞬だけポカンとして抱き着いてた」

「クレアに懐いたのかな? まぁ、泣かれるよりいいかな。置いて行っちゃったから」


 クレアの微笑みは、泣きそうな子供の心も溶かすのか……。

 リーザが悲しんでいる時、抱き締めていたクレアを思い出して、さもあらんと納得。

 ティルラちゃんって妹がいるからか、甘えたくなる雰囲気を醸し出しているのかもしれない。


「僕は逆だと思っていたんだけどなぁ、ちょっと意外だったよ。いや、ある意味順当なのかもしれないけど」

「逆?」

「テオドールトが真面目なのは、タクミ君もわかるでしょ?」

「まぁ……」


 真面目で素直、それが昨夜から何度もテオ君と話して感じた事だ。


「だから、自分の役割みたいな事にも真剣に取り組むんだけど……立場的にちょっとだけ似ているクレアちゃんに、懐くのかなって思っていたんだよ」

「まぁ、似ていると言えば似ているね」


 偉い人の息子、もしくは娘。

 エッケンハルトさんを見ていると、偉い人という雰囲気はあまり感じないけど、実際は公爵様だからな。


「でもそれだったら、年齢も近いティルラちゃんもあり得るんじゃ?」

「オフィーリエっていう妹がいるからね。年下の女の子には懐きづらいんじゃないかなぁ? 本質的に兄なんだよ」

「あー、それはなんとなくわかるかも」


 そろそろ拭き終わりそうなレオだけど、取り組むテオ君は慣れた手つきのリーザを見て真似してはいるものの、教えてもらったりはしていない。

 リーザの位置が俺だったら、多分テオ君はどうしたらいいかと素直に聞いて来ていただろうな……と、これまでのテオ君の反応で感じる。

 妹というか、年上になら素直に甘えられるし聞けるけど、年下には難しい微妙な年頃なんだろうと思う事にした。

 兄として、オーリエちゃんの見本になるように頑張ろうとしているからかもしれない――。



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