第1420話 変質者っぽい声が聞こえてきました



 ――屋敷への帰りは、川へ行く時の半分より少し早いくらいで走り、しばらくして村の入り口に到着。

 そこから、屋敷へと向かっている途中に村の人達に挨拶して回っている、ガラグリオさんなどの俺が雇った従業員さん達がいたので、ついでに二、三会話をした。

 その際、カールラさんには昼食後に孤児院の子供達とレオを遊ばせてほしいとお願い、さらに途中で会ったロザリーちゃんにも伝えておいた。


 両方快く請け負ってくれたので、昼以降のレオ達は楽しく遊べるだろう……フェリー達は昼寝しそうだけども。

 他にも、宴会の片付けが終わったのか、のんびりしている村の人達と挨拶を交わしつつ、屋敷に到着して中へ。

 フェリー達は、他のフェンリル達のいる中庭だな……建物をぐるりと回って向かった。


「きゃー! こっちにこないでなのよう!」

「え、ちょっとお話するだけだからさー、ねぇねぇ~?」


 屋敷に入ると、広いホールをグルグル走って回っているユートさんが、フェヤリネッテを追いかけていた……。

 相変わらずモコモコの毛のフェヤリネッテは、妖精で小さい体で飛び回っているから、多少緩和されているけど、声だけ聞いたら完全に事案だ。

 フェヤリネッテは主にレオの毛の中に潜んでいるけど、それ以外だとゲルダさんの近くにいる事が多い。

 そのため、こんな事にならないようゲルダさんが見ていたはずなんだけど……と思ったら、ホールの端の方でハラハラとしながらフェヤリネッテを見ていた。


 ……追いかけている相手がユートさんだから、自分が止めていいのかどうか迷っているんだろう。

 同じく、他の使用人さん達もどうしたらいいのかと戸惑っている様子だった。

 ホールにいるにしては、多くの使用人さんがいるのは俺達を迎えようとしてくれたんだろう……その時、ゲルダさんと一緒にいたフェヤリネッテがユートさんに見つかったと予想。

 とりあえず……。


「ほらほら~、ちょっとよく見せてよ~。減るもんじゃ……」

「ユートさん、止まって! 完全に危ない絵面……かは微妙だけど、この屋敷で女の子の悲鳴が響くのは駄目だから!」

「お? タクミ君だ! ちぇ、タクミ君がそう言うなら仕方ないかぁ」

「助かったのよう! 大変だったわ……とにかく、さっさと隠れるに限るのよう! って冷たいのよう!?」

「ワフ?」

「あー、レオは川で泳いだから……」


 俺が叫んで静止をかけると、残念そうにしながらも止まるユートさん。

 こちらに気付いたフェヤリネッテは、一緒にレオがいるのを発見して毛の中に飛び込んで身を潜め……ようとしたら、驚いて飛び出した。

 レオの毛がフサフサというか、長くて量が多いのもあって、まだ完全に乾いていないからなぁ。


「それに濡れているのよう! 濡れたら飛べなくなるのよう!」

「そうなのか……」


 フェヤリネッテ、というか妖精の新事実が思わぬところで判明……濡れたら飛べないらしい、そんな羽を持つ虫みたいな。

 いや、妖精を虫扱いはさすがに失礼か、そもそも羽を持っていないしどうやって飛んでいるのかわからないんだから。

 モコモコの毛が濡れててしまうと、重くて飛べなくなるとかだろうか?


「レオはさっき川で泳いだから……ゲルダさんすみません、拭く物を持って来てもらえますか? フェヤリネッテはこちらで見ておくので」

「あ、はい! 畏まりました!」

「ワフ~」


 手招きしてフェヤリネッテを呼びつつ、ゲルダさんにお願いする。

 駆けていくゲルダさんに、ふと以前のように何もないところで転ばないか心配になったけど、フェヤリネッテがここにいるから、多分大丈夫だろう。

 とりあえず、せっせとレオの足を玄関を入ってすぐに置いてある、足ふきタオルで拭いているリーザを見つつ、俺やテオ君はスリッパに履き替えた。

 あ、そうそう、スリッパ。


 実はこの屋敷に来てすぐに、屋敷内では皆がスリッパを履いて行動するようになっている。

 別邸を出る前に、ラクトスでハルトンさんから預かった、完成直後のスリッパだな。

 そのため、玄関を入ってすぐの場所が履き替える場となって、靴などを入れておく棚も用意されて下駄箱みたいになっていたりもする。

 ちなみにだけど、意外にも使用人さん達男女問わず、耳付きスリッパが人気だ……俺が履いている、スタンダードなスリッパが珍しいく見えるくらいに。


 お客様であるユートさん達も受け入れてくれている、というかユートさんは本来そちらに慣れ親しんでいた側の人なので、懐かしんでいた。

 そのユートさんも、面白そうだからと耳付きのスリッパなんだけど。

 スリッパで走っていたから、思うように追い掛けられず、フェヤリネッテが捕まらなかったのかもしれない。


「まったく、酷い目に遭ったのよう」


 俺の顔の横にふわりと浮かんでいるフェヤリネッテが、ユートさんの方を恨みがましく見ながら呟く。

 追いかけられたら、文句の一つも言いたくなるよなぁ。


「妖精を見かける事自体が、珍しい事だからね。思わず追いかけちゃったんだよ」

「だからって追い掛けなくても……フェヤリネッテが小さいから、そこまででもなかったけど、声だけ聞いたら変質者みたいだった」


 妖精は姿を消せるから、見る事自体が珍しいのはわかるけど追いかけるのはさすがにどうかと思う。


「えー、それはひどくない? 変質者扱いは、さすがに気持ち良くないよ? 汚物を見る目で見られるのなら望むところだけど」

「そこは望まないでおこうよ」


 不満そうに言うユートさん。

 散々ルグレッタさんに対して、特殊な趣味を発揮しておいて変質者ではないと? なんて問いかけたかったけど、見られるのはいいのか。

 思わず突っ込んでしまったけど、ユートさんはどこ吹く風だ。


「言っている事が変質者なのよう……」


 俺のすぐ横で、呆れたように言うフェヤリネッテの気持ちがよくわかる。

 いや、追いかけられる気持ちじゃないけど……。


「お待たせしました……!」

「ありがとうございま……ゲルダさん、もしかして?」


 そうこうしている間に、いくつかのタオルを抱えて戻ってきたゲルダさん。

 しかしその姿はさっきタオルを取りに駆けて行った時とは違って、鼻の頭が赤くなっていた。

 どうやら転んで、また鼻を打ち付けたらしい……前のめりだったんだろうなぁ――。



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