第1416話 川で泳ぐのは準備してからにしました



「あー、ママだけズルい! リーザも行くー!」

「あ、ちょっと待てリーザ!」

「えー? なんでー?」


 レオを見て自分も川に入りたくなったのか、リーザが駆け出そうとするのを慌てて止める。

 不満そうにして俺を見上げるけど、レオのいる所は深そうだからリーザが行くと溺れる危険がある。

 レオの背中に乗ってとかならまだしも、服を着たままは特に危ない……というか、尻尾が水を吸っておそらくろくに泳げないと思う。

 そういえば、尻尾が増えてからのリーザが泳げるのかわからないな。


 確かフェンリルの森にある川では、お尻を川面から出して尻尾をできるだけ濡らさないようにしていれば泳げていたと思う。

 ……必然的に、その格好で泳ぐ方法はレオと同じく犬かきになるけど、足はあまり動かせない。

 泳ぐ練習とか、尻尾が増えても泳げるかとか、確かめてみた方がいいのかもしれない。

 けどそれは、今じゃない。


「レオがいる所は深そうだから、リーザが行ったら足が付かないぞ? 泳げればいいけど、もし尻尾が濡れたらかなり重いからな。それに服を着たまま泳ぐっていうのはかなり危ないんだ」

「ぶー……リーザ泳げるもん……」


 俺が諭すように言うと、口を尖らせて不満そうに言うリーザ。

 以前は泳げたからと言って、服を着たまま尻尾が増えた現状で泳ぐのは危険性が高いと判断。

 泳ぎが得意な人でも、服を着ていると思うように泳げず……なんて事もあるようだし、いきなり冷たい川の水に浸かったら足が攣ってしまう可能性だって考えられる。


「それは尻尾が一つの時だろう? それにな、今拭くものを何も持って来ていないから、濡れたらそのままになるからなぁ。帰る前に冷えてしまうぞ?」

「うん……わかった。でも、絶対またここに泳ぎに来る!」

「そうだな。近く……歩いたら結構距離がありそうだけど、レオ達に乗ればすぐに来れるだろうし、またにしような?」


 ちょっとした散歩だけのつもりだったから、タオルなんて持って来ていないしリーザが風邪を引いちゃいけない。

 近くと言えるかは微妙だけど、レオなら数分の距離なら遊びに来るくらいはいつでもできるだろうし、ちゃんと準備して水遊びに来るのもいいだろうと思う。

 川幅がフェンリルの森にある川よりも広く、流れも少し速めで水量も多いから、大人が見守る必要はあるだろうけど。


「はーい……」

「よしよし、偉いぞー。ちゃんと準備して、今度は遊びに来ような?」

「うんー……えへへ」


 渋々ながら頷くリーザを、不満そうな表情と連動して萎れていた耳と一緒に頭を撫でてやると、気持ち良かったのか照れたように笑ってくれた。

 まさか、これを狙ってわざと不満そうに!?……なんて事はないだろうけど、とにかくうちのリーザは素直で可愛いなぁ。


「グルゥ……」

「ガウ……」

「ガウゥ……」


 そうしていると、川の水を飲み終わったフェリー達が、それぞれ休憩を始めていた。

 フェリーとフェンは、仰向けになって転がっている……背中が汚れそうだけどまぁいいか、かなり疲れているみたいだからな。

 リルルの方は伏せをしているようだけど、後ろ足がしまわれずに伸びているので、こちらもやはり疲れていたんだろう。


 少しの間、ゆっくり休憩だな。

 ……レオはまだバシャバシャと水飛沫を上げて泳いでいるけど、本当に元気だな。


「って、あれ? テオ君はどこに?」


 レオやリーザ、フェリー達を見ていて少しの間目を離した隙に、近くにいたはずのテオ君がいなくなっていた。

 近くで水音はしていなかったはずなので、川に入ったわけじゃないと思うけど……。


「パパ、あっちにいるよ?」

「お、ほんとだ。ありがとなリーザ」

「へへー」


 監督不行き届きにもほどがある状況になってはマズイと、焦ってキョロキョロとしていた俺に、川下を示すリーザ。

 そちらを見てみると、数十メートル離れた先にテオ君が川を覗き込むようにしていた。

 何をしているんだろう?


「テオ君、急にいなくなったと思って驚いたよ。ここで何しているの? 川に何か?」


 リーザを褒めながら、一緒にテオ君に近付いて声をかける。


「あ、タクミさん。すみません、勝手に離れて。ちょっと気になる動きが見えたので……」

「動き?」


 こちらを見たテオ君は、手で川の中を示している。

 何か川にあるのだろうか……魚とか?

 そういえば、川を泳ぐ魚とかいないのかな? フェンリルの森にある川は、少なくとも野営をした場所にはいなかったけど。


「あそこ、ちょっと変じゃないですか? コポコポと何かが流れ出ているように見えるんです」

「うーん……ほんとだ。テオ君の言う通り何か出ているみたいだね」

「コポコポしてるー!」


 テオ君が示した所を見ると、そこの水面だけ他と違い何かが湧き出しているような、通常の川の流れとは違う動きが見て取れた。

 空気の泡って言うわけではないけど、テオ君だけでなくリーザも言っているように、コポコポとしているという表現が正しいのだろうか。

 不思議に思って首を傾げつつ、川だけでなく俺達が立っている場所など、周囲を見渡してふと気付いた。


「さっき、レオに沿って走るように言っていた、あの道みたいなのがここに繋がっているのか……」


 掘り返したような地面、ミミズの這ったような道みたいになっていて、それが川に繋がっている。

 レオに乗っている時は動いていたから、はっきりとはわからなかったけど……掘り返したようなというか、そのものずばり掘り返した跡だな。

 幅が大体二メートルくらいだろうか。

 他は何かの植物が生えているのに、掘り返した場所は土で埋めて踏み固めているような見た目だった。


「うーん、これが川に繋がっていて、川の中に何かを出しているってところかな? となると……」

「何かわかったんですか、タクミさん?」

「パパ?」


 なんとなく深そうな印象を受ける堀跡、繋がっている川ではコポコポと何かを吐き出している様子が、見られる。

 そして、堀跡は村の方から続いている……ピンとくるものがあって、川の中に手を入れる。

 俺の様子を見ていたテオ君とリーザは、首を傾げながら何をしているのか興味津々といった様子。


 リーザはともかく、テオ君も結構好奇心が強いみたいだ……そこはユートさんの血筋を感じさせる。

 レオに乗ったり、馬の事を知ったりと初めての事、新しい事がいっぱいだからかもしれないが。

 ともあれ、川の中の様子だ……手に感じる水の動きで、なんとなくどういう事かわかってきた――。



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