第1410話 テオ君の誤解はちゃんと解いておきました



「シルバーフェンリル……レオ様やフェリー、でしたか。フェンリルもよく食べるのですね。お腹が空いて我慢ができなかったら、どうするのでしょう?」


 ちょっとだけレオやフェリー達と距離を取りながら、俺に問いかけるテオ君。

 昨日レオを撫でて、少しは慣れたと思っていたけど……違ったのかな?


「うーん、レオだけじゃなくフェリー達も言えば我慢してくれると思うよ。もし我慢できなかったら……つまみぐい?」

「前にシェリーが、隠れて食べてたりしたよねー」

「ワフ。ワウワフ!」

「そ、そうですか……」


 レオ達は食べたいという欲求をあまり隠さないけど、言えばちゃんと我慢してくれる。

 これまでに我慢できなかった事は、リーザが言う通りシェリーが別邸の厨房に忍び込んで、つまみ食いをしていた事くらいだ。

 そういえばレオは我慢する練習をした時、一度だけ失敗したけど……あれ以来我慢できなかった事はないから、セーフとしておこう。


 ただ俺やリーザ、レオの鳴き声を聞いたテオ君が一瞬だけ体をビクッと震わせて答えたのが気になるな。

 その視線はレオの口を見ていて、なんだか怯えているような?


「もしかしてだけど、食べられるんじゃないかって思っていたりする?」

「ワウ!?」

「い、いえ……そんな事は……」


 ジッとレオの口を見ていて、距離を取るようにして怯えている風……さらにここまでの会話からもしかして? と思って聞いてみる。

 レオは驚いて鳴き声を上げ、テオ君を見る。

 それでまたさらにテオ君が後退りをしたんだが、この反応を見る限り言葉では否定していても、図星だったっぽいな。


「えっとねテオ君。レオもそうだけど、フェリー達フェンリルは人を食べたり……しないよな?」

「グルゥ!」

「ガウ!」

「ガウゥ!」


 安心させるように言っている途中で、少しだけ不安になったのでフェリー達に聞いてみた。

 心外だ! と言うような雰囲気を醸し出しつつ、食べないと首を振るフェリー達。

 そうか食べないか……良かった。

 いや、フェリー達がそんな事をするとは思っていないけど、もしかしたらフェンリルの中には人間を襲ってというのがいたっておかしくない気もしたからな。


「あぁ、ごめん。フェリー達を疑っているわけじゃないんだけど、確認のためにな。――テオ君、レオ達は確かに肉を食べるのが好きだけど、人間は食べないんだ。だから、お腹が減っていても、我慢できそうになくても、食べられる事はないから安心して」

「ワッフ!」


 フェリー達に謝りつつ体を順番に撫でてやり、テオ君には改めて安心してもらうよう言った。

 レオが同意するために大きく頷いているな。

 

「わ、わかりました。申し訳ありません、変な事を考えてしまって……」

「ワフ、ワフワフ」


 体を縮こまらせて謝るテオ君に、レオが鼻先を近付けて……そのままテオ君の体に、頬を擦り付けて鳴く。

 レオなりに、安心させたいと思ったんだろう。

 てっきりテオ君を舐めるのかと思ったけど、ここでやったら逆効果だと思ったのか、さすがレオだ。


「大丈夫だよ。ママもフェリーも、フェンやリルルも、皆優しいから! もちろん、パパも!」

「ははは、ありがとうなリーザ」


 リーザがテオ君に頬を寄せるレオを、逆側から撫でつつ二つの尻尾を振りながら笑いかける。

 怯えている様子だったテオ君を気遣ったんだろう、リーザは俺達が優しいというが、リーザも十分に優しい子だ。

 この後、テオ君にこっそりどうして人間をなんて思ったのか聞いてみると、どうやらフェンリルが獰猛な魔物だからという話に引きずられての事らしかった。

 フェンリルが獰猛で人間を襲うなら、シルバーフェンリルもそうじゃないかと……ちょうど食べる事の話をしていたために、思い浮かんだとか。


 レオもそうだけど、大量のフェンリルに囲まれていて穏やかな性格な事が多いため、獰猛な魔物というのが俺にとっては一致する考えじゃないんだけど。

 でも、この世界の一般的な認識としてはそうらしいからなぁ。

 レオを見た事があったり、触れ合った経験のあるラクトス周辺の人達はともかく、フェンリルすら見た事のない人達からすると、テオ君と同じような考えになってしまうのもおかしくないのかもしれない。

 駅馬が開始されるまでに、何かしらその認識を変えるような……最低でもフェンリルは温厚で、何もないのに人間を襲ったりしない、というくらいは広まるようにしないといけないかもしれないなぁ。


 あと、もしかしたらランジ村の人達の中でも、表面上は取り繕っていても怖がっている人もいるかもしれないし……そういう人達には、誰かに聞き取りしてもらおうか。

 俺が聞くと、怖がっているなんて本音を言えないだろうし。

 とりあえずテオ君に、レオやフェリー達は安全だという事を諭しつつ、ヴォルターさんの出番が近そうな気配を感じていた……ような気がするかもしれない。

 うん、自分でも考えていてよくわからなかった――。



「屋敷程じゃないけど、これも十分に大きいよなぁ……」


 あれから広場に行って、エッケンハルトさん達がいない事を確認した後、片付けの邪魔にならないように離れる。

 ゆっくりと村の中を移動して、今はランジ村入り口にある、テオ君達が泊まっていた宿屋の前に来ている。

 目的は宿……ではなく、村の外に出るためなんだけど、そのついでにゆっくりと観察させてもらう。


「ワフ?」

「あぁ、警備の人かな。昨日は見なかったけど……」


 レオが首傾げて視線を送った先には、宿の入り口付近に数人の人が立っていた。

 軽装でも武器を持っており、体は宿ではなく外へ向けられているので、一目で警備をしているのだとわかる。

 顔を見る限り、昨日の宴会では見かけなかった人達ばかりだ。

 まぁ昨日参加した人達全員の顔を覚えているわけじゃないけど、なんとなく見た事がないなぁと。


「あれは、昨日タクミさんとの顔合わせの時に来なかった、近衛達です。あ、いえ……公爵様の護衛です、はい」

「成る程……」


 近衛、というのは本当は言ってはいけなかったんだろう、途中で言い直したテオ君の言葉を聞いてなんとなく察する。

 エッケンハルトさんやエルケリッヒさんの護衛という名目で、ここにいるってわけだな。

 基本的に近衛というのは、国王直属だったり王家の人を警護するための人だから。



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