第1404話 テオ君は妹に凄く懐かれているようでした



 レオに対してはかなり大袈裟な部分が多いけど、クレア達孫娘を可愛がっているいいお爺ちゃんといった風だからな。

 もちろんそれだけでなく、厳しい面もあるんだろうけど……セバスチャンさんが執事になった際の話を聞いているからだろうか、なんとなく親しみを感じる。

 あとなんだろう、キラキラした目で俺を見るテオ君の後ろに、左右に振られている尻尾が見える気がする、いや本当に生えているとか獣人というわけじゃないんだけど。

 それにしても公爵一家、か……。


「テオ君、そこはせめて公爵一家様とかかな? 一応、庶民としてならそう言った方がいいよ?」

「そ、そうでした……公爵一家様、公爵様……ん!」


 俺が言う事でもないかもしれないが、一応注意。

 素直なテオ君は何度か呟いて確認し、湯船の中で両拳を作る。

 ……さっきからそうだけど、ちらほらと小動物感を醸し出す仕草をするなぁ、濡れた頭を振ったりとか。

 捨てられた子犬のような目もしていたし、一部のマダムからは熱烈な人気を博しそうだ、顔も整っていて美少年だし。


「村のおば様方に、人気が出そうだなぁ……まぁ人気が出るのは悪い事じゃないか」

「え?」

「いや、なんでもないよ」


 美少年のテオ君が、ランジ村にいるおば様方に囲まれて四苦八苦している姿を想像してしまった。

 キョトンとしているテオ君に対して首を振り、ついでに想像を振り払う。


「そういえばテオ君。オーリエちゃんからすごく懐かれているみたいだけど……」

「あ、はい。オーリエは昔から……生まれた時から僕によくくっ付いていて」


 とりあえず話を変えようと、オーリエちゃんの話を振る。

 人見知りという程ではないようだけど、テオ君の足にくっ付いていたくらいだからよっぽど懐いているんだろう。

 生まれた時からか……。


「お父様やお母さま……あ、えっと。父と母よりも、僕と一緒にいる事を望むくらいなんです。父や母が、それでよく落ち込んでいます」

「あはは。まぁ娘なのに息子の方に懐かれたら、ちょっと残念な気持ちになるかもね」


 親よりというのは中々……かなり懐かれているみたいだなぁ。


「オーリエがまだ生まれて間もない頃、父や母、周囲の人達の誰があやしても泣き止まなかったんです。それが、僕が抱き上げるとすぐに泣き止んで寝てくれたり、なんて事もありました」

「へぇ~、そうなんだ」


 懐かしい思い出を語るテオ君は、これまでの緊張が解れたように穏やかな笑みを浮かべている。

 どうやら、オーリエちゃんの話をして正解だったみたいだ。


「なぜなのかはわかりませんが、僕が近くにいると泣き出す事も少なくて。それがわかってからは、できるだけ僕が近くにいるようにしていました。生まれたばかりで、誰がどんな人かなんてわからないのに、不思議でした」

「んー、多分だけどそれはテオ君が自分にとって大事な人だとか、絶対に害を及ぼさない、守ってくれる人だってなんとなくわかったんじゃないかな?」

「でも、生まれたばかりですよ? 一年も経っていないのに、そんな事がわかるものなんでしょうか?」

「はっきりとは言えないけどね……」


 さすがに、害を及ぼさないなんて言葉は知らないだろうし、そこまで考えているかわからないけど。


「本能というか、そういう風に自分を守ってくれる人の事がわかるようになっているんじゃないかな。まぁ、俺も子供がいるわけでは……リーザがいるけど、実際に血の繋がった子供を持った事がないけどね」


 赤ちゃんというのは不思議なもので、母親とか自分に近しい人、守ってくれる人に抱かれていると安心するらしい。

 心臓の音を聞かせる事でとか、理由は色々あるみたいだけど……絶対に抱いても泣き止まない人と言うのもいたりする、みたいだ。

 何を基準に判断しているのかはわからないけど、それが血の繋がりを感じる事なのかもしれない。

 抱いている時の安定感、とかもあるかもしれないけど。


 そういえば、俺もまだ両親がいた頃……伯父さんの二人の子供に抱かれている時が、両親に抱かれているよりも安心して寝ていた、なんて聞いた事があった気がするな。

 赤ん坊の頃の事なんて記憶にないから、どうしてそうだったのか自分でもわからないけど。

 でも大きくなってからも、可愛がってくれていたのは間違いないし、理由はともかくわかっていたんだろう。


「そういうものなんですね……」

「理屈とかでわかる事じゃないのかもしれないね。それで、テオ君自身もオーリエちゃんに懐かれていて嬉しいと」

「それはもちろんです。可愛い妹ですから。でも……」

「ん?」


 ちょっとイタズラっぽく笑って、和ませるように言ったんだけど……何故か目を伏せて言い淀むテオ君。


「オーリエに懐かれているのは嬉しいです。でも、兄として……それと、父の跡を受け継いだ僕自身が、ちゃんとできるのかって思ってしまう事がよくあるんです」

「うーん……」


 父の跡を受け継いだというのは、王様になったらって事だろう。

 王太子なら何もなければ、王位に就くのは既定路線だ。

 周囲の期待とかもあるだろうし……今日初めて会って、テオ君と話す時間はまだ短いけどそれでもわかる真面目さだ。

 だからこそ、深く考えてしまってその重圧に押し潰されようとしているのかもしれない。


「俺からはあまりこうだって言えないけど……まだあって間もないからね」

「あ、すみません。こんな事をタクミさんに相談しても、困りますよね……」

「いやいや、話してくれるのはいいんだ」


 クレアからも、あって間もない頃に相談されたりもしたからな。

 なんというかちょっとした事から、俺がどうにもできない事までよく相談される経験は、これまでよくあったし。


「とにかく、兄としてという事なら今のままで大丈夫だと思うよ。生まれてすぐの頃はわからないけど、俺から見てもオーリエちゃんは凄くテオ君に懐いているようだったから」


 テオ君のオーリエちゃんを見る目はとても優しかったし、オーリエちゃんの方もそんなテオ君を信頼できる兄として慕っているのがよくわかった。

 こうして話していても、テオ君自身もオーリエちゃんの事を妹として可愛がっているのは伝わって来るし、兄妹として何も問題ないとさえ思うくらいだ。

 そりゃ、いずれ喧嘩くらいはするようになるかもしれないけど……テオ君もオーリエちゃんも成長するんだから。


 でも少なくとも、真面目でちゃんとオーリエちゃんの事を考えられるテオ君なら、兄として間違う事はほぼないんじゃないかな……もし間違えても、周りの大人が注意すれば素直に聞いてくれそうでもあるし。

 ただ……。



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