第1403話 洗い方を教えました
「申し訳ありません。こんな事も知らなくて……」
「い、いや、そういう事もあるよ、うん。気にしないで」
泣きそうになりながら、頭を下げるテオ君。
これまでの生活が生活だから、知らなくても仕方ないし謝る程の事でもない。
ただユートさんには、せめてもう少し平民の暮らしみたいな知識を教えてから、押し付けて欲しいと思った。
オーリエちゃんくらい小さい子ならともかく、十三歳で自分の体を洗う方法を知らないなんて、どう考えても一般に溶け込めそうにないぞ。
「えっと、こうして濡らしたタオルに石鹸を付けて……」
タオルや石鹸を使って体を洗う方法を教えていく。
変な趣味が疑われそうな予感がしたので、もう一度俺自身の体を洗って実演して見せるって教え方だ。
ちなみに洗い方は人によって多少の差異はあるが、俺はタオルに石鹸を付けて体を擦るやり方だ。
これが日本人の一般的だと自分は思っているけど、どうなんだろう? 確かめる術は、身近にユートさんしか日本人がいない時点で、なくなってしまっているけど。
「うぅ……目に泡が……」
体を洗った後は頭を洗う……この順番も人によっては違うだろうか。
今回は、先に体を洗う方を教えたので後になったけど、次からはテオ君の好きな方でいいと伝えておい
「慣れないと辛いかもしれないけど、我慢だ。あ、目に入った泡はすぐに洗い流してね」
「はい……」
頭、というか髪を洗うのにはシャンプー的なのがちゃんとある、さすがにリンスとかコンディショナーとかはない。
……作れたら、需要があるかもしれないな、覚えておこう。
「んんーっ!」
「おっと!」
ザバー! と勢いよく頭からお湯を何度か被り、髪に着いた泡を汚れと一緒に洗い流すテオ君。
直後、頭を振るって水気を飛ばした。
「あ、す、すみません!」
「いや、気にしないでいいよ。レオのと比べたら全然……」
近くにいた俺には当然飛沫が……慌てて謝るテオ君に、苦笑しつつ手を振る。
俺とそう変わりないくらいの長さの髪だから、大量の飛沫というわけでもないし……レオと比べたら特に気にならない。
「レオ様ですか……?」
「まぁ、レオを洗ってやった時に、今のテオ君と同じ事を何度かね。頭から水を被るみたいになるよ。とりあえずテオ君は、次からは気を付けて人が近くにいる時はやらないようにね?」
「レオ様もそうするんですね。わかりました、気を付けます」
テオ君は少し感心というか、レオと同じような事をしたんだと若干驚きながら、素直に頷く。
泡が目に入ったり自分で洗うのに慣れていなかったから、咄嗟にやってしまうったんだと思うし、次からは大丈夫だろう。
「それじゃ、湯船につかろうか。さすがにこのままだと冷えてしまうから」
「はい、お供いたします!」
いや、そんな付き人みたいな事を言って意気込まなくても……むしろ、身分的には俺の方が付き人でもおかしくないのに。
似たような事を言う人物として、なんとなくニックの事を思い出した。
ニックは今、村の人達とお酒を飲んで盛り上がっていたなぁ……特に、これまで歓迎されるとかを経験した事がなく、感動してさらに飲んでいたから、明日は大変な気もするけど。
「ふあぁぁぁぁ」
「ははは、やっぱり誰でもお湯に浸かると、そうやって息を漏らすよね」
湯船に浸かったテオ君が、気持ち良さそうに大きく息を吐いた。
絶対出さなきゃいけないわけじゃなく、我慢しようとすればできるけど、吐き出す方が気持ちいいんだよな。
なんでだったか……お湯の温度が高めの時に声を出して筋肉に力を入れるためだとか、ぬるめの時は逆に力が抜けて緊張がほぐされるからだとも。
長く浸かっていられるように、ぬるめになっているので今回は後者だな。
俺と話すのに緊張すると言っていたし、テオ君がリラックスしてくれて少し話しやすくなるといいな。
「あ、すみません。お恥ずかしい姿を……」
「気にしないでいいよ。お風呂に入ったら、もっとゆっくりのんびりとしなきゃね。それで、ちょっと聞きたいんだけど、テオ君?」
恐縮するテオ君だけど、折角気持ち良くお風呂に入っているんだから、もっとゆっくりして欲しい。
お風呂っていうのは、疲れとかストレスとかから解放されて洗い流すものなんだから、持論だけど。
「はい、なんでもお聞きください!」
ん? なんでも……なんて事は言わない。
「肩の力を抜いて。別に大した事を聞きたいわけじゃないから。ほら、深呼吸、深呼吸」
「は、はぁ……すぅ、はぁ……」
お風呂での深呼吸に効果があるかはわからないけど、おかげでテオ君はお湯に浸かる気持ち良さを思い出して、少しだけ力が抜けたようだ。
本当に大した話をするつもりじゃない。
とりあえず、一応預かる形になる以上ある程度はテオ君の事を知っておきたい、と思っただけだからな。
他愛ない話をして仲良くなるついでに、ある程度人となりが知れたらというくらいだ。
「よしよし、そんな感じで。えーと……そういえば、最初に顔を合わせた時、自分の事を余と言っていたけど、あの話し方が楽かな?」
聞きたい事という程ではないけど、今の丁寧な話し方よりは楽なのであればあの時の話し方でも構わない。
途中でユートさんが止めたけど、なんとなく尊大な感じの話し方だったな。
「あれは……多くの人の目がある時などですね。どちらかというと今の方が楽です」
「へぇ、そうなんだ」
公の場ではって事かな。
身分としてはそうせざるを得ない部分があるんだろう。
「オーリエと話す時や、周囲に身近な人しかいない時などは、この話し方です。それでも少々、丁寧にしているつもりですが……」
「もう少し砕けた話し方でもいいけど、それはこれから慣れてからだね。無理に変える必要もないよ」
無理に変えるとそれはそれで、疲れてしまうからな。
今の話し方が俺に対して、今一番話しやすいのならそれでいい。
「それじゃ、俺がテオ君って呼んでいるし、こうやって気兼ねなく話しているけど、これも大丈夫?」
「はい、構いません。むしろ、タクミさんに畏まられる方が恐縮してしまいますから。タクミさんは凄いですよね、ユート様と同じ世界から来て、公爵一家とも仲が良くて。いえ、あの公爵一家は親しみやすい方だとは思いますが」
「ははは、そうだね。エッケンハルトさんやクレア、ティルラちゃんもか。エルケリッヒさんは今日初めて会ったけど、仲良くできると思う」
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