第1402話 テオ君と話す機会を作りました



「はぁ……クレア……」


 おっと、恋焦がれる乙女みたいに、思わず口に出ていた……今更だけど。

 あまりそんなところを皆に、レオやリーザに見せてしまうと格好がつかないからな。

 元々格好つけるタイプじゃないのは自覚しているけど。

 自分の内心に苦笑しつつ、湯船から上がって風呂椅子に座って腰にタオルを乗せ、体を冷ます。


「ふぅ……そろそろかな?」

「……タ、タクミさん?」


 俺が呟いた直後、風呂場の入り口が開いて中を窺うように入ってきたのは、テオ君だ。

 脱衣場の方で音がしたから、入って来ると気付いた。


「テオ君こっちこっち」

「し、失礼します」


 入ってきたテオ君に呼びかけ、近くの洗い場にある風呂椅子に座るよう促す。

 何やら畏まった様子のテオ君……俺相手にそんな必要はないんだけど。


「俺しかいないんだから、もっと気楽にね?」

「いえその……タクミさんだけだから緊張すると言いますか……」


 うん? 俺相手だから? なんでだろう……こんなに気のいいお兄さんなのに、というのは自画自賛が過ぎるか。


「いやいや、俺なんて別に。貴族でもないし、村の人達と変わらないよ?」

「……タクミさんはその、おおてて様……じゃなかった怒られちゃう。ユート様と同じで、こことは違う世界から来た人なんですよね?」

「ま、まぁそうだけど」


 こちらを窺うように話すテオ君に、頷く。

 そうか、テオ君がユートさんや国王様の直系なら、俺の事というかギフトや異世界って関係も知っていておかしくないのか。

 話せる相手なら、ユートさんも話していそうだし。


「だからなんというか、ユート様と同じに思えるというか……あと、レオ様を従えていますから。多分、お父様でも跪くんじゃないでしょうか?」

「いやいや待って待って、それって……」


 テオ君のお父様って事は、国王様って事だ。

 そんな人が跪くって、色々とおかしい。

 ……あれ、ユートさんと同じ地球からきた人間でギフト持ち、さらにシルバーフェンリルのレオと一緒にいるって、これまで聞いた話だとかなり偉大な人物と言えてしまいそうじゃないか?

 自分が高貴だとは一切思っていないし、違うんだけど……。


「とりあえず、レオは従えているんじゃなくて相棒って事で。対等な関係というか……家族とも言えるかな?」

「シルバーフェンリルのレオ様に、そう言えるのはタクミさんだけだと思いますが」


 最強の魔物として畏れられ、敬われているシルバーフェンリルだから、テオ君の言う通りかもしれない。

 けど、俺とレオは特殊だからなぁ……まぁこの場で実はこの世界に来る前は、小型犬のマルチーズだったとか、拾ったとかの話をすると長くなるので割愛するけど。


「うーん、とにかく俺には他の人……特に村の人とも変わらない接し方でお願いしたいかな。今は慣れなくても、そのうち慣れて欲しいと思う」

「は、はい……慣れるよう努力します」


 努力して他の人と同じような接し方をするっていう時点で、ちょっと違う気がするけど。

 でも今は、これくらいでいいとしておこう。

 テオ君とそんな話をするために、ここに呼んだんじゃないから。

 そう、テオ君がここに来たのは俺が呼んだから。


 正確には、一緒に風呂に入るようライラさんに頼んで、呼んでもらった。

 裸の付き合いがしたい、というわけではなく気兼ねなく話せる場所と考えたからだ。

 今じゃなくてもいいんだけど、話をするにはできるだけ早い方がいいと思った。

 ……明日以降はまた一対一で話せる機会は少なくなりそうだしなぁ。


「それじゃ、とりあえず体を洗ってから、湯船につかろうか」

「わ、わかりました」


 先に湯船につかって温まっていたけど、話しているうちに冷めてちょっとだけ冷えてきた。

 皆に心配をかけちゃいけないし、俺もテオ君も風邪を引かないうちに温まらないとな。


「……」

「ん、どうしたのテオ君?」


 体を洗って、と頷いたテオ君だったけどタオルの入った桶や、石鹸を前に動きを止めている。

 何かあるんだろうか?


「いえその、どうやって洗ったらいいのかわからなくて……」

「うぇ!? あ、あぁ……そ、そうなんだ……いつもはどうしているの?」


 捨てられた子犬のような目をして、俺を見るテオ君からの衝撃発言。

 体の洗い方を知らないなんて事、あるんだろうか?

 確かにこの世界、水道が日本ほど万全に整備はされておらず……日本でも水道が広く普及したのは戦後しばらくしてからだし……お湯につかるという文化自体も、あまり広まっていない。

 とはいえ、一部のお金持ちや貴族様は自宅でお湯に浸かれる設備を整えているし、街によっては共同浴場みたいなのもあるとか。


 テオ君のような王家であれば、お湯に浸かる機会は当然あるしお風呂の文化には慣れているはず。

 そもそも、体を拭いて清めるというのは誰でもやっている事みたいなので、洗い方をわからないなんて事は……。


「いつもは、介添えの者にやってもらっているんです」

「あー、成る程ね。そういう事なんだ」


 介添えという事は、執事さんやメイドさんにお世話をしてもらうのと同じって事か。

 王家なので、お風呂に入った時体を洗ってもらってもいるんだろう。

 日本で言うと江戸時代初期にいたらしい、湯女(ゆな)とかだろうか。

 後で聞いた話だが、貴族の多くはそういった風呂での介添えを執事さんやメイドさんにさせる事が多いらしく、クレアもエルミーネさんとかにやってもらっていて、ティルラちゃんとかもらしい。


 ただ男性はある程度の年齢になるまでで、それ以降は一人で入るようなのに対し、女性は長い髪を持つ人も多い事から、年齢に関係なく介添えをしてもらうらしい。

 まぁ、長い髪を洗うのに手間がかかるというのは、男の俺でもわかる事だから仕方ないとして。

 そうかぁ、そういう文化かぁ……と、妙に納得したのと同時に、上流階級の暮らしにギャップを感じてしまった。


 ちなみに、護衛をする人の選別と同じように、介添えは湯女のように女性と限定されておらず、基本的に同性が担当する事のようだ。

 ただ、一部のもの好きは異性にやらせるとか……男性も、女性も。

 いいか悪いか一概には言えないが、無理矢理でなければまぁそんな趣味の人もいるんだぁといったくらいか、俺はあまり興味ないけど――。



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