第1398話 とりあえず宴会の場へと戻りました



「なんと……覚えて頂けるとは望外の極み。これまで生きていて、これほど嬉しかった事は他にございません!」

「ワ、ワウ……?」

「えっと……」


 感激したように言いながら、顔を上げるエルケリッヒさんの目は、涙で潤んでいるようだった。

 髭を蓄えたお爺さんが、ウルウルとしながらレオを見ているのはなんというか、シュールだな。

 あと、他に嬉しかった事なんてあると思う……息子のエッケンハルトさんとか、孫娘のクレアやティルラちゃんが生まれた時とか。

 さっきの様子だと、クレア達の事は大層かわいがっているみたいだし。


「私もそうなのだが……公爵家の当主になる際に、色々と伝えられる事があるのだよタクミ殿。その中で、シルバーフェンリルに対する敬いの心と言うのがあってな。私以上に、父上はその考えを大事にしているんだ」


 敬いの心って……。

 当主になる際に伝えられる事というのは、ユートさんとかに関係する事だろうけど。

 それで、その教えや考えを大事にしているという事は。


「……つまり?」

「シルバーフェンリルを信奉する者とも言えるかもしれん。妄信と言えるかは、父上にとってシルバーフェンリルを前にするのが初めてだから、まだわからないが……」


 敬うを通り越して、崇めるまで行っているってわけかぁ。

 レオに対して敵意を持たないというのはいいかもしれないけど、さすがに妄信とか狂信とかはされたくないし、レオ自身も嫌がると思う。


「ここまでとは思わなかったが……私も初めてレオ様を前にした時、土下座した身だから大きな事は言えんが……父上には後でしっかり話しておく」

「よろしくお願いします……レオは、別に敬われたり崇められたりしたいわけじゃないですから。な?」

「ワウ……」


 未だ感動から抜け出せないエルケリッヒさんが、顔の前で両手を組み始めたのを見て、エッケンハルトさんが軽く頭を下げた。

 エッケンハルトさんにお願いしてレオを窺うと、同意するように頷く。

 人懐っこいレオとしては、崇められるよりも一緒に遊んだりする方が好みだろうからなぁ。

 ある程度敬うとか、様を付けて呼ぶとかはもう慣れているし、公爵家と一緒にいるうえで仕方ないと思うけど……崇めるのはさすがにな。


 レオは神様ではないし、新たな宗教がここに爆誕なんて事にはしたくない。

 シルバーフェンリル教とか、エメラダさんやチタさん、それからフェリー達フェンリルはある意味喜ぶかもしれないけど……。

 とりあえず、エッケンハルトさんと協力してエルケリッヒさんに立ってもらい、一応レオから挨拶をするように鳴いてその場は強制的に終了になった。

 レオから「ありがたいお言葉をいただいた!」なんてまた感動し始めたから……さすがにテオ君達や、クレア達も若干引き気味になっていたし、続けなくて良かったと思う――。



 ――エルケリッヒさんの事は、ある程度落ち着くよう言い聞かせると決意の表情をしていたエッケンハルトさんとセバスチャンさんに任せ、俺達は再び宴会を続ける村の人達の所へ。

 俺達の歓迎会も兼ねているけど、ハンネスさんに任せていたおかげで村の人達は楽しそうに宴会を続けて、ただお酒を飲み交わす段階になっていた。

 フェンリル達や子供達は、お酒を飲まないのでのんびりしたりじゃれ合ったりだな……あ、チタさんとエメラダさん、それからシャロルさんもいるな、カイ君達も一緒だ。

 ヘレーナさん達料理人も、ひと段落したのか皆に混じってお酒を飲んだり料理を楽しんだりしている。


 お酒を飲んでいる人達の所へ、真っ先に飛び込んで行ったユートさんの代わりに、テオ君の相手は俺やクレアだ。

 オーリエちゃんは、リーザとティルラちゃんが誘ってレオの背中に乗っている……お腹がすいたら、こっちに来るかな?

 一応テオ君とオーリエちゃんは、ハンネスさんにユートさんの親戚の子として紹介、身分とかはなんとなく察していそうでも気にせずできるだけ特別扱いしないように、と言ってある。

 まぁ、慣れるまでしばらくかかりそうだけど。


 連れて行かれたエルケリッヒさんは、後でエッケンハルトさんやセバスチャンさんが紹介してくれるだろうし、とりあえず先代公爵様も来ている事だけ伝えておいた。

 近衛兵から選抜されたらしい護衛さん達は、大量のフェンリルがいる事に驚き慄いていたけど……護衛仲間としてフィリップさん達に預けて、危険がない事を教えてもらっている。

 フィリップさんにお酒を飲まされ過ぎなければ良いけど……ニコラさんに任せた方が良かったかもしれない。

 その近衛兵の護衛さん……近衛護衛さん? 達は鎧は着ているけどさすがに兜は外していた。


 男性三人、女性三人で半々なのはテオ君とオーリエちゃんそれぞれ同性で護衛するためらしい。

 まぁ成人前とはいえ、むしろ成人前だからこそ異性に護衛はさせられない……とからしい、絶対ではなくできる限りという事みたいだけど。

 クレアとティルラちゃんをすぐ近くで護衛するのに、ヨハンナさんなどの女性が担当するのと同じようなものかな。


「これは、どのような食べ物なのでしょうか?」

「それはハンバーガーって言うんだ。中に焼いたハンバーグ……ソーセージの中身に近い物をパンで挟んで、色んなソースや具材と一緒に食べる物だね」


 ライラさんが配膳してくれた料理、テオ君の目の前にはヘレーナさんが作ってくれたハンバーガーがある。

 他にソースをかけたハンバーグや、わらじ揚げみたいなシュニツェとかもある……ちょっと多過ぎない?

 と思ったけど「残ったら閣下に食べさせます」とルグレッタさんが囁いて、樽を持ち上げているユートさんの方に向かっていった、ちょっと怖かったのは内緒だ。


「成る程、サンドイッチに近い物なのですね……」

「ふふふ、その中に入っているハンバーグ、タクミさんが考えた物なのですよ? それから、パンに挟むのも」


 俺の説明とハンバーガーを見て、ふんふん頷いて観察しているテオ君。

 好奇心は結構あるようだ……それにしても、何故クレアが得意気に笑っているんだろうか? いや、可愛いけど。


「まぁサンドイッチと同じ物だね。呼び方が違うだけで……どっちで呼んでもいいよ」


 むしろハンバーガーがサンドイッチの一種なだけで、どちらで呼んでも間違いじゃないか。

 焼いた肉類をパンで挟むサンドイッチは、持ち歩ける食べ物としてこちらにもあるわけだからな――。



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