第1375話 ちょっとしたきっかけで二人の世界に入ってしまいました



「でもまぁ、今すぐ慣れなくてもそのうち馴染むと思うし……住めば都ってね」


 広い屋敷、これがマイホームなのだと考えてもまだちゃんとした実感は沸かないけど……俺一人でどうにかしたわけでもないからな。

 でも、いずれここが自分の家だと胸を張って言える日も、遠くないとも思う。


「住めば都、ですか?」

「あぁえっと、慣れない場所でもそこにいれば馴染んで、いずれ居心地が良くなるっていう事かな。これまでいた別邸も、最初は部屋が広くて驚いたけど、それでもすぐに居心地良く感じるようになったから」


 俺の言葉に首を傾げるクレアに、言葉の意味を教える。

 実際、別邸での生活は最初戸惑いの方が強かったけど、すぐに居心地が良くなった……戸惑いの多くは知らない世界に来た事からでもあるが。

 居心地がいい理由は、クレア達が気を遣ってくれたからだったり、シルバーフェンリルになったけどレオが一緒にいてくれた事、そしてライラさん達のお世話になっていたりもあったからだろうけど。


「成る程……住めば都ですか。人は慣れる生き物と聞いた事がありますから、そうなのでしょうね。私も、この屋敷がタクミさんにとっての都になれるよう、頑張ります!」

「ははは、クレアが頑張らなくても大丈夫だよ。別邸の時もそうだけど……ここにはお世話をしてくれるライラさん達がいて、レオやリーザもいるんだから」


 むん、と手を握って気合を入れるクレア。

 そこまで意気込む程の事でもないんだけどなぁ……と思いつつ、ちょっとしたイタズラ心を発揮しつつ、笑ってクレアに伝える。


「……むぅ、ライラ達やレオ様とリーザちゃんだけ、ですか?」


 一瞬前の気合はどこへ行ったのか、不満そうにしつつこちらを上目遣いで見るクレア、少し頬も膨れている。

 俺が仕掛けた事だけど、やっぱり可愛い……誰もが振り向くであろう美人なのに、そういった可愛い仕草はやっぱり反則だと思う。

 見方によってはあざとく見える仕草も、クレアは自覚なしにやっているからなぁ。

 レオもリーザも可愛いけど、それとはまた違った可愛さだ……考えるのも少し恥ずかしいが、惚れているからそう見えるのもあるかもしれないが。


「もちろん、クレアもだよ。クレアと一緒にいると楽しい事も多いし、俺も嬉しい。多分、気付いたらこの屋敷にも慣れて、居心地よく感じるようになっているはずだよ」

「うふふ……タクミさんと一緒。それだけでこの屋敷は、他のどんな場所よりも居心地が良くなりそうです。いえ、こうしてタクミさんと話しているだけで、すでに居心地がいいと感じてしまいますね」


 俺の言葉にクレアは満面の笑みを浮かべて、嬉しそうになった。

 ちょっとしたイタズラ……というか意地悪をしてみたけど、やっぱりクレアは笑っている方が俺も嬉しいなと再確認。

 コロコロと変わる表情も魅力的だけど、笑ってもらえるように少しだけ控えようかな。

 もうやらない、と考えないのはご愛嬌という事で。

 

「あ……でも、今はこうしてクレアと話していても、少しだけ居心地が悪いかも……?」


 楽しく話していたんだけど、ふと視線を感じてそちらを窺うと、途端に居心地が悪くなった。

 というか、恥ずかしくなったという方が正しいか。


「……はっ! ん、んんっ!」


 クレアも俺の目線を辿ってそちらに気付いたようで、咳払いのようなものをして表情を平静に戻した。

 今更遅いと思う……頬がほんのり赤くなっているし。


「オホン……クレアお嬢様とタクミ様の仲睦まじい様子は、見慣れてはいます。ですが少々、目に毒かもしれませんね……」


 わざとらしく咳をしたライラさんは、少し気まずそうに視線を逸らした。

 俺達が気付くまで、リーザ達と一緒にガン見していたのになぁ……半分以上呆れが混じっていた気がするし。

 まぁ、一緒にいるのを忘れてしまっていた俺も少し気まずいし、ライラさんも似たような物なのかもしれないけど。


「パパもクレアお姉ちゃんも、楽しそう……?」

「ワフゥ」


 リーザ、そこは首を傾げるところじゃないぞ? 楽しかったのは事実だ。

 恥ずかしいから口に出さないけど。

 あとレオ、仕方ないなぁと言うように溜め息を吐くんじゃない……。



「で、どうだった。タクミ殿?」

「不満なら、もっと大きな屋敷を建てるって事もできるよ?」


 隙あらば二人の世界に入ってしまうのを反省しつつ、扉が閉じられていても外まで大きな笑い声が聞こえて来ていた客間に入り、エッケンハルトさんやユートさんと話す。

 だけどさすがにこの屋敷で不満なんて贅沢な事はあり得ないから、別の屋敷を建てる相談をするのは止めて欲しい。


「十分過ぎるくらい、いい屋敷だと思います。まぁ、クレアの部屋が隣というのは、少し緊張しますけど」

「ふっふっふ、どうせなら私としては同室でも良かったと思うのだがな?」

「いやいやハルト、それはちょっと気が早すぎだよ。二人の様子を見ていると、確かにそれでもいいかなと思うけどね」

「お父様……ユート様まで……」


 本当に別の屋敷を建てられても困るので、満足している事を伝えつつ、すぐ近くにクレアとの部屋の配置に苦笑した。

 ニヤニヤした様子のエッケンハルトさんとユートさんに、座って俯きながら首まで真っ赤にするクレア。

 うん、ごめん……この二人に部屋の話題を出した俺が悪かった。

 わざとじゃないんだけど……。


 ちなみにルグレッタさんは溜め息を吐いているのかな? と思ったら、護衛役らしく扉の近くで立ちながら、羨望の眼差しをクレアに向けていた。

 ……ルグレッタさんと初めて会った時の、クールな人だという印象はもうすでにない。

 その後、孫の顔がとか、これから忙しくなるから大変じゃない? みたいな事をエッケンハルトさんやユートさんに言われてからかわれつつ、客間で過ごしした。


 さすがに、明るい家族なんちゃらなんて言葉がユートさんの口から出そうになった時には、ルグレッタさんと協力して止めたけど……頭に落ちた手刀は痛そうだった事だけは伝えておこう、やったのはルグレッタさんだ。

 まぁ、いたそうでも ユートさんは喜んでいたけど。

 注意が注意にならないとは、厄介な趣味だなぁ――。



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