第1364話 クレアとの事は既に知られていました



「クレアやタクミ殿なら、そうだろうとは思うのだがな? もしものために宿は必要だろうとな。あと、実際に既に役に立っているしな。私や閣下は特に気にしないが……いや、同じく気にしないお方ではあるのだが、さすがにそこらの家に泊めるわけにもいかんからな。それに私が遊びに……いや、げふんげふん! 様子を見に来た際に、娘夫婦に邪魔者扱いはされたくないのでな」

「娘夫婦!? ちょっと、何を言っているんですかお父様!?」


 クレアに説明するように話すエッケンハルトさん、途中で小声になりながらも、最後にニヤリとした笑みを浮かべて俺やクレアを見る。

 娘夫婦って……いやまだ結婚とかしていないんだけど、気が早いなぁ。

 というか、クレアは娘夫婦と言われた事に大きく反応しているけど、それよりも気になる事を言っていたような?


 小声だったから、あまりはっきり聞こえなかったけど、何やらエッケンハルトさんやユートさんではない誰かが、もう既に宿を使っているような口ぶりだった……か?

 あと遊びと言ったのを言い直したのは、あまり気にしない方がいいんだろうな、指摘しても無意味だろうし。


「んー? 違うのか? 報告は受けているぞ? クレアとタクミ殿、仲睦まじく過ごしている様子などをな」

「ちょ、ちょっとお父様! そんな、仲睦まじいだなんて……!」


 クレアがエッケンハルトさんの言葉に大きく反応して、俺は目を逸らした。

 様子からすると歓迎というかもうそういうものとして扱ってくれているようで嬉しいんだけど、それはそれ……だって、クレアの……好きな相手の父親だからな。

 前からクレアを勧められたりなんてのはあったから、反対される事はないとわかっていたし、今もそんな様子は一切ないんだけど……やっぱり緊張するからな。

 さすがに右手右足、左手左足が同時に前に出る程の緊張はしていないが、それでも意識して手足を動かしているくらいだ。


 報告したのは、間違いなくセバスチャンさんだろう。

 前に旦那様に良い報告ができる……みたいな事を言っていたから。

 あの人なら、事細かく俺達の事を面白おかしく報告しているに違いない、実際脚色があったかは定かではないけど、クレアとは睦まじいと言われて仕方ない部分を、屋敷の人達に見られているからな。


「ふむ、報告ではそのようにされていたし、これまでもそれらしい部分は見ていたから、想像できていたのだが……ティルラ、クレアとタクミ殿は仲良く過ごしていたのだな?」

「はい! タクミさんがお義兄さんになってくれるんです!」

「うむうむ、そうかぁ……ティルラはレオ様だけでなくタクミ殿にも懐いているからな。嬉しいのだろう!」

「お義兄さんって……そういえばそんな話もしたかぁ……」

「ティルラに聞くのは卑怯ですよ、お父様!?」


 俺達に向けていた顔を、ティルラちゃんに向けて聞くエッケンハルトさん。

 ティルラちゃんは嬉しそうに笑みをこぼして、父親の問いかけに答えた……素直な子だからなぁ、そりゃ誤魔化したりせず答えるよなぁ。

 俺の事をお義兄さんというのは、セバスチャンさんからの入れ知恵であったからか……いや、ギフトの話をした時、兄も欲しかったとか兄代わり……みたいな話もしたからだろうな。


 確かに懐いてくれているのは嬉しいし、妹みたいに思っているのはたしかだけど、やっぱりまだ照れが先に来る。

 だってそれはつまり、クレアと……って事だから。


「うむうむ、タクミ殿とクレアのそういう表情が見られて、私は満足だ。飛び出してきたかいがあったな……」

「お父様、もしかして私達をからかうために、村から走ってきたんですか?」

「まぁな。レオ様の姿がかすかに見えたら、もういてもたってもいられなかった」

「そんな事のために……むぅ」


 そんな事のためにわざわざ……相変わらず、面白そうと思った事には全力な人だ。

 クレアが頬を膨らませてむくれてしまったが、気持ちはわかる。


「まぁ、さすがにティルラの乗ったラーレに跳ね飛ばされる、とまでは思っていなかったが」

「すみません、父様。気を付けます……」

「なに、驚きはしたが多少の怪我はタクミ殿のおかげで、なんとかなるからな。気を付けるべきだが、気に病む事はない」


 ティルラちゃんに目を向け、ラーレに跳ねられた事を言って苦笑するエッケンハルトさん。

 申し訳なさそうにするティルラちゃんの頭に手を置き、優しく撫でながら慰めて豪気に笑う姿は、確かに父親なのだと感じさせた。


「それに、受け止められて実感したが、フェリーの毛並みも素晴らしかった」

「だから、ずっと張り付いていたんですね……」


 ユートさんに笑われても離れなかったのはそのためか。

 俺の周囲にいる人達、レオを含めてだけど触り心地のいい毛に弱すぎないか?

 いやまぁ、俺もレオやフェンリル達を撫でて実感していたし、思わず顔が綻ぶ事もあるからあまり人の事は言えないんだけど。


「まぁそういう事だな。それに、クレアが小さかった頃程の危険は感じなかったのも確かだしな」

「お、お父様!」

「はっはっは! これ以上は娘に叱られてしまいそうだ!」


 むくれていたクレアが慌てて呼びかけると、エッケンハルトさんが豪快に笑って誤魔化す。

 まぁ、これまでにもちらほらと、それから昨夜に幾つか話は聞いているんだけど……お転婆だったクレアさん、さっきのラーレに引かれた時より危険を感じさせるって、よっぽどだったんだなぁ。


「おっと、村に到着する前にこれだけは言っておかないとな。んんっ! タクミ殿」

「え、はい……」


 話しながら歩いているうちに、ランジ村まであと少し……ハンネスさん達の表情まで見えるくらいになった頃、急に立ち止まったエッケンハルトさんが、真剣な眼差しを俺に向けた。

 急にどうしたんだろう?


「タクミ殿、それからレオ様にも、クレアとティルラが世話になっている。これからもだが、よろしく頼みたい」

「いえ、そんな……お世話になっているのはこちらの方で……」

「お父様、こんな所でそんな……」


 俺とレオに向け、頭を下げるエッケンハルトさん。

 公爵様が一般人の俺に頭を下げる姿に、ランジ村にいる人達は何事かといった様子……使用人さん達もか。

 リーザやティルラちゃんは、キョトンとしているようだったけど。


 それにしても本当に、クレアの言う通りこんな所で……だ。

 もう少し落ち着いた場所で、それこそ新しい屋敷に行ってからでも良かったし、むしろ頭を下げなきゃいけないのは俺の方だと思うんだけど――。



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