第1343話 武士道に女性不要説を否定しました



「な、成る程ぉ……」

「もしかしてその本って……ユートさん?」


 こめかみから冷たい汗がツツーっと流しそうな雰囲気で、納得するユートさん。

 もしかしてと思い、俺がユートさんに疑いの視線を向けてしまうのも無理はないはず。

 刀も、格好いいからという理由だけで、少数ながら生産できるようにした人だからなぁ。


「いやいや、待って待ってタクミ君。これは、こればっかりは僕じゃないから!」

「本当に……?」

「違うから、僕じゃないから……! というか本なんて書いてないし!」


 両手を振り、首も左右に激しく振りながら否定するユートさん。

 さらに疑いの視線を深くしても否定されたので、本当に違うらしい。

 本は書いていないなら別の何か……と考えたけど、それがまさに刀だったか。


「憧れたり、格好いいと思う事はあるけど……僕はさすがにそこまで入れ込んでいないよ。ただねぇ……以前そういう人が来た事があるんだよ。多分、その時に僕の知らない所で、だと思う」


 サムライへの憧れは、日本男児ならある程度持っている人が多い……かもしれない。

 それはともかく、本を書いたのは別の人だったんだ。

 そういう人が来たというのは多分異世界から、日本からって事だろうと思う。

 ユートさんも知らないうちに本を書いて、サムライを広めようとしたのか……目的を果たしたかどうかはともかくとして、その人の成果でここに一人サムライフリークが生まれてしまったと。


「うーむ……さすがにこれは驚いた。またタクミ君と語れる事が増えたね!」

「語られるのはちょっと……」


 サムライ好き? のその人の事は少し興味があるけど……どちらかというとそれよりも、指輪に関する話の方が知りたかったり。

 まぁ、指輪の話はしてくれそうにないけども。


「えーと、話を戻して。とにかくニコラさん、サムライの事はそのまま追い求めるでいいかもしれませんが、もう少しコリントさんの事を考えるのもありかもしれませんね。サムライだって、別に女性を避けていたわけではないですから」

「しかし……某が読んだ本には、サムライの領分には女人禁制。女性にうつつを抜かさず、鍛錬に撃ち込む事でサムライの道が開かれると……」


 それはどこの僧侶かと。

 その本を書いた人、色々混ざってしまっているなぁ……煩悩を断つという意味でなら、多少は意味もあるのかもしれないけど、もはやそれは仏教だ。

 別にサムライだからって、女性と付き合ったり結婚しちゃいけないなんて事はないはずだ。


 そもそも一族の血縁を重視もしていた武士、というか武家もあったわけで、女性がいないと当然ながら成り立たない。

 まぁ、中には生涯独身でというサムライもいたんだろうけど。


「ニコラさんが読んだ本に、どういう事が書かれていたのかはわかりらないけど……そのサムライだって、子供がいたりしたんじゃないかな?」

「言われてみれば……跡取りにお家を継がせる、武士道を貫く子を育てる……といった部分もありました」


 良かった、本当に生涯独身で武士道を追求した人の話ってわけでもないみたいだ。

 詳細はともかく、サムライとはこういうもの……みたいな事が書かれている本なのかもしれない。

 武家と考えると、跡取りに関する事は重要だったみたいだし。


「だったら当然、女性との関わりだってあったはずです。女性と結婚し、世継ぎを育てて……という事も武士道なんです」

「な、なんと……そのような考え方が。いや確かに、某だけでは極めた武士道を受け継がせる事は叶わないと……。まだまだ、道半ばで極めたとは決して言えませぬが」

「自分の子供に受け継がせる事も含めて、極める事になるんです」


 ニコラさんの間違ったサムライ知識を否定するため、さらに間違った知識を断言して教え込む。

 このままだとコリントさんが不憫だし、間違いの方向性としては俺の主張の方が悪くはない……と思うし、思いたい。


「タクミ君、随分と強引に言い切ったね……」


 ユートさん、ちょっとうるさいです。

 今はひねくれてねじ曲がったサムライ知識を、少しでも真っ直ぐにするために頑張っているところなんだから。


「鍛錬に集中して、武士道に邁進するのは自由だけど、だからといって女性を避ける事が武士道ではないはず。もしニコラさんがコリントさんとは合わないな……と感じるなら別かもしれないけど」


 その場合は、単純に縁がなかったとか、お互いの好みに合わなかったというだけの事だから。

 片方が積極的にアピールしたからといって、絶対にくっ付かないといけないなんて事はないしそんな決まりはない……ないよね、この国?

 ただ、武士道だとかサムライだとかの間違った知識で、コリントさんを避けるようになりそうな気配を感じたから。

 そんな理由で振られたら、コリントさんがかわいそうだ。


「なので、ニコラさんは一度……さすがに今すぐとは言わないけど、ランジ村に着いて落ち着いてからでもいいので、コリントさんと向き合おう。そうする事で、見えて来る武士道もきっとあるから」

「……タクミ様……わかりました。武士道のご教授、ありがたき幸せ」


 恭しく頭を垂れるニコラさんは、なんだかさらに時代がかった喋り方になってしまった。

 まぁでも、とりあえずはコリントさんの要望には少しは答えられたかなと思う。

 本当はニコラさんの好みを聞き出すって事だったけど、好みを把握してあれこれ考えるより、お互いに向き合った方がずっといいはずだから。

 大きなお世話かもしれないけど。


「おぉ、説得した」

「堅物のニコラを、言い包めるとはさすがタクミ」


 こらそこのフィリップさん、言い包めるなんて言うんじゃない。

 確かにその通りだけど、誤魔化したり騙したりしているわけでは……多分ないはずだから。


「ニコラの事はこれで片付いたとして……それじゃ次は本題に」


 余計な茶々を入れていたはずのフィリップさんが、本題を切り出す。

 ちょっと予想外だったけど、前もって今回一番の目的を話しておいたかいがあったのかもしれない。

 ニコラさんの方は、片付いたというより経過観察といった感じだけど。

 もしまたおかしな方向に行こうとしていたら、サムライについて俺が知っている限りの話をニコラさんにした方がいいかもしれない――。



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