第1342話 ニコラさんは本から大きな影響を受けていたようでした



「まぁ、俺達の仕事は護衛対象が……クレアお嬢様やティルラお嬢様、それから最近はタクミもだけど、それらがどこかへ行く際は付いて行かなきゃならないからなぁ」

「平時は屋敷の守りを任されますが、場合によっては長く離れる事もあります。住む場所ごと移動という事だって……」


 離れて護衛、なんてできるわけがないから、当然今回のように居住地を移す事もあれば、短期的長期的かはその時々でも住んでいる場所から離れる事だってある。

 家計を全て旦那任せ……とは考えていないコリントさんでも、度々家を空ける事の多い職業の相手は選ばないんじゃないか、と思っていた。

 幸せな家庭を、と考えるなら農家とかの方がいいだろうし……護衛の仕事は危険も伴うはずだから。

 だから、セバスチャンさんはフィリップさんをお勧めしようとしていた節があるけど、どうなのかなって考えていたのもある。


 あ、でも待てよ……? コリントさん、勤労意欲は旺盛だったから同じく仕事に真面目な人っていうのは相性がいいのか。

 ニコラさんが家を空けたとしても、コリントさんも同じく働いているわけで……家にずっと一人きりという状況は少ない。

 まぁランジ村の人達の気性を考えると、孤独にはならないだろうけど。


「まぁでも、あの人の入れ込みようは本気のように思える。護衛としての仕事をちゃんと理解しているかはわからないけど。多少離れる事があっても、気にしない……かはともかく、悪い条件だとは思わなさそうかな」


 ニコラさんに向かって一直線だったからなぁ、あばたもえくぼという言葉があるように、惚れた相手の事ならちょっとした欠点に思える事があっても、コリントさんなら受け入れそうな感じだ。

 本当に惚れているのかどうかは、コリントさんの表情を見ていればどちらかというと鈍い方だと自覚する俺でもわかる。

 なんというか、他の人と話している時とニコラさんと話している時では、表情と声の明るさが全然違うから。

 わざとやっているというよりも、あれは多分天然というか自然とそうなっているんだろうと思う。


「ふーん。コリントさんって人は、ニコラ君に積極的なんだ。結婚願望が強いって事は、他の男に粉をかけたりは?」

「そういう事は全然ないよ。まぁ、従業員として採用する時や、クレアの屋敷に皆を連れてきた時くらいしか見ていないけど……人見知りはしない方みたいで、よく誰かと話をしている姿を見かけはするけど、ニコラさん相手の時だけは特別って感じかな」

「成る程ぉ、それなら根が真面目なんだろうね。タイプにもよるけど、モテたいタイプや結婚願望ばかりが先走る人って、色んな男にアプローチして引っかかった男をさらにふるいにかけて……なんてするから……」

「それは大分語弊がある気がするけど……」


 結婚願望が強いからって、あちこちで男に声を掛ける人ばかりじゃないと思う。

 ユートさんは苦い顔をして言っているから、もしかしたら昔そういった手合いに引っかかった事があるのかもしれない。

 というか、色んな男にアプローチって、対象を女性に変えたらそのままフィリップさんのような……?


 あ、フィリップさんは結婚願望というより、モテたいタイプの方か。

 こちらも同じく、モテたい人が全員そんな事をするとは思わないけど。

 あと本当にモテるのは、好きになった相手、もしくは好きになれる相手からで、その時に一人だけでいい。


「真面目と言えば、ニコラにぴったりだな。まぁ夫婦そろって真面目過ぎても、どうかとは思うが……そのあたりコリントさんは柔軟そうだ」

「そ、そうなのでしょうか……? ちょっと痛いのですが……」


 俺とユートさんの話を聞いて、ニヤニヤとしながらニコラさんに言い募るフィリップさん。

 ただ、肘が鋭くニコラさんの横腹を突いているのは、羨ましさからなんだろう。


「寡黙なニコラさんと、明るいコリントさんか。バランスはとれていて、確かにぴったりに思えるかな。コリントさんの方が、ちょっとだけ思った事を口に出しすぎるきらいはあるけど……」

「逆に、ニコラの方が口に出さなすぎでもあるぞ、タクミ。こいつ、耐え忍ぶ事も鍛錬だと思っている節があるから」


 言いたい事を言えない、我慢して言わない鍛錬ってのもどうかと思うけど……俺は言えない方だったが。

 ともかく、二人を足して割ればバランスの取れたちょうどいい人物になりそうではある。

 そういう意味では、お似合いかもしれないな。


「耐える事こそ、サムライの本分……いかような苦しみにも耐え、その時を待つのも鍛錬です」

「……本当に鍛錬だと思っていやがった」


 深く頷くニコラさんに、呆れた様子のフィリップさん。

 耐える事がサムライって……確かにニコラさんは、サムライっぽい雰囲気とちょっとだけそれっぽい喋り方をするから、もしかしてと思っていたけど。

 今は帯刀していないけどエッケンハルトさんから刀を授けられてもいるし


 ただ、サムライって言葉自体がこの世界にあるとは。

 でもユートさんや俺みたいに、日本から来た人がサムライに関して広めたって可能性もあるし、もしかしたら近い文化の国だってあるのかもしれないのか。


「ちょっと待って、ニコラ君……今サムライって言った?」

「え、はぁ……サムライは某が目指す戦う者の一つの到達点だと思っておりますが……」

「そ、そうなんだ……」

「ユートさん?」


 ニコラさんなら似合うかもなぁ、なんて妙に納得している俺とは別に、はたと動きを止めたユートさん。

 サムライに関して何やら引っかかったみたいだけど……気が遠くなるほど長くこの世界で生きているユートさんなら、サムライという言葉がこの世界にあってもおかしくないと分かっていると思ったんだけど。


「ちなみに聞くけど、それはどこで知ったの? サムライに関して。この国じゃ、サムライなんていないわけだし……騎士ならわかるけど」

「ラクトスの孤児院です。そこにある書物の中に、サムライのススメという……それはもう男の生き方、戦う者の在り方を記された本がありまして」


 サムライのススメって……サムライとしての生き方を進めるなと言いたい。

 俺の中でのサムライは、武士としての家系に生まれた人達の事であって、生き方とか在り方が決まっているわけじゃない。

 早い話が、単純にサムライと言っても人それぞれで、全員がストイックなわけでも、鍛錬で剣を極めようとしているわけでもない……と考えている

 あくまで俺の知っている範囲での考えだけど――。



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