第1333話 ルグレッタさんから話しかけられました



「タクミ様、クレア様。少々よろしいでしょうか?」

「えぇ、構いませんよ」

「ルグレッタさん、何かありましたか?」


 近付いてレオと並走するようにリルルが速度を調整する中、ルグレッタさんから話しかけられる。

 ルグレッタさんは、初めてリルルというかフェンリルに乗るにもかかわらず、堂に入っている……さすが、なのかな。

 まぁ、鐙(あぶみ)がない分足に不安定さを感じるけど、鞍もいらないし馬よりは乗りやすいからな。

 それにしても、わざわざこちらになんて……フェンリル達の方で何かがあったのだろうか?


「いえ、何かあったというわけでは……その、お二人に聞きたい事がありまして」


 何やら、言いづらそうにしながら話すルグレッタさん。

 いつもはきはきとした物言いをするルグレッタさんにしては、かなり珍しいかも……主にその物言いはユートさんに求められて向けられているけれども。


「俺達に、ですか?」

「私達に?」


 前に乗っているクレアが振り向き、俺と顔を合わせた。


「お、お二人はその……失礼だとは思いますが、以前お見受けした時はお互いの事を思っているのに、気付いていないご様子でした。特に、タクミ様の方がですが」


 以前……エッケンハルトさんとランジ村に行った時の事だな。

 あの時は、気付いていないというよりも、自分の気持ちがまだはっきりしていなかった。

 お酒に酔ってではあるけど、あれだけクレアが積極的になって、気付かない方がどうかしていると思うくらいだ。


「ははは、まぁそうですね。気付いていなかったというより、気付かないふりをしていたに近いんですけど……」

「タクミさんは、酷い人です。でも今は、優しくて素晴らしい方だと思っていますけど」

「ありがとうクレア。俺も、クレアが優しくて素敵な女性だと思っているよ」

「あのー……申し訳ありません。お二人のその関係は微笑ましくて素晴らしいと思うのですが……」

「あ……」

「こ、こちらこそすみません!」


 苦笑しながらあの時の事を話す俺に、少しだけ拗ねて頬を膨らませながらも、すぐに微笑んで背中を俺に寄せるクレア。

 嬉しい言葉に俺からも返していると、気まずそうなルグレッタさんから突っ込まれる。

 ……油断したら、ついつい二人の世界に入ってしまうな……。


「ワフゥ……」


 機嫌良く走っているはずのレオにまで、溜め息を吐かれてしまった。

 レオだって、今日は出発直後はついついはしゃいで走り回っていたってのに……。

 ともあれ、ルグレッタさんの話だ……わざわざこうして話をしに来ているんだから、ちゃんと集中しないと。


「ル、ルグレッタさん、話を戻しましょう」

「はい……その……どうやったら、鈍感な男性を振り向かせる事ができるでしょうか!!」


 苦笑しつつ声を掛けると、かなり言いづらそうにしながらも意を決して、話しの核心を大きく声に出したルグレッタさん。

 走りながらだし、結構離れているようだから大丈夫だろうけど、件の鈍感な男性ことユートさんに聞こえていないか心配だ。


「鈍感な男性、ですか……?」

「ふむ、ユートさんの事ですね?」

「タ、タクミ様! そ、そんな……ユユユユユートさんの事だなんて! そそ、そんなはずは!」


 クレアは首を傾げて、よくわからない様子だけど、ルグレッタさんが気にしているような男性、言いづらいながらも話に出すとしたら、確実にユートさんだろう。

 聞き返してみると、あからさまに動揺して首まで真っ赤になったルグレッタさん。

 動揺し過ぎではないだろうか……? 

 ルグレッタさん、もしかして素はこっちなのかな? クレアよりもわかりやすいぞ。


 厳しい女騎士、というイメージを体現しているような人だと思っていた……まぁ、ほとんどユートさんの要望のせいだろうけど。

 ルグレッタさんも大変だなぁ……なんて、クレアを随分待たせた自分の事を棚に上げた。


「まぁまぁ、落ち着いて……俺が言った事が原因ですけど」


 ルグレッタさんがぼかして言ったのに、わざわざ名前を出しちゃったからな。

 俺が慌てさせたのが悪いけど、とりあえず落ち着いてもらう。


「は、はい……スゥ、ハァ……」

「どうしてルグレッタさんが、ユート様と聞いて慌てているのでしょうか?」

「あ……」

「そそそ、そんな! 私は別に閣下の名前で慌てているわけでででは……!」


 「そ」と「で」が多い……。

 せっかく深呼吸して落ち着きかけていたのに、クレアがはて? という風に首を傾げて言った事で、再び慌て始めた。ルグレッタさん。


「……もしかしてだけど、クレア。わかっていないとか?」

「え、なんの事ですか? ルグレッタさんとタクミさんだけ、何か私の知らない事があるんですか? それはズルいです」

「いや、ズルいと言われても……」


 恐る恐る聞いてみると、こちらを振り返ったクレアは本当にわかっていないというような表情で、キョトンとした後ズルいと言いながら、少し頬を膨らませた。

 クレアって、こういう話に鈍感なのか。

 俺も人の事は言えないけど、ルグレッタさんのユートさんを見る目とか……いや基本冷たいけど、ユートさんが他に意識を向けている時などに、特別な感情を感じさせる目をしていたりする。


 多分だけど、あまり直接接していない使用人さん達も、わかっているんじゃないだろうか? 自分含めてそういった事に苦手意識があった俺でもわかるくらいだし。

 ちなみに、苦手意識は今では払拭されている……クレアのおかげだけど。

 だからといって、得意と言うつもりは一切ないが。


「と、とりあえず……少し離れてもらって、ルグレッタさんは落ち着きましょう。その間に、クレアには俺が話しておきますから」

「ははは、はい。かか、畏まりまりました!」


 まりが多いのは、もう気にしないでおこう。

 ルグレッタさんに言って、距離を取って一旦仕切り直しをしよう。

 クレアには先に話しておかないと、また同じ事の繰り返しにもなりそうだしな。


「やっぱり、何かタクミさんとルグレッタさんがわかり合っている気がします……プフー! ちょ、タクミさん!?」


 こちらを振り返ったまま、頬を膨らませているクレアのほっぺに指で軽く突く。

 勢いよく息を吐きだしたクレアは、恥ずかしそうにしながら抗議するように声をあげた。


「ははは、変な事でむくれてるクレアが可愛かったからついね」


 なんとなく、目の前で突いてくれと言わんばかりに膨れていたから……衝動に駆られてしまった。

 反応も可愛かったから満足だ。

 って、こんな事で満足している場合じゃなかった――。



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