第1328話 クレアとの事を二人に伝えました



「……っ」

「はぁ……」


 ユートさん、俯いて反省しているのかと思ったら、これはただ喜びを噛み締めているだけだな。

 ルグレッタさんがいる反対側、俺から見える位置で手でガッツポーズをしているのが見えた。


「あの……ルグレッタさん?」

「なんでしょうか、クレア様?」


 ユートさんに呆れる俺とは別に、おずおずと窺うように手を挙げたクレアがルグレッタさんを呼んだ。

 多分、詰め寄ったルグレッタさんの迫力で、引き気味なんだろう。


「もしかしてですけど……いえ、そういった話をしていないので、知らないのも無理はありませんが……私とタクミさんが、お付き合いを、その……しているとはお気づきになられていません、か?」


 途中から言葉にするのに照れたのか、恥ずかしそうに声が小さくなるクレア。

 こうして第三者に向かって言葉にされると、感慨深いというか喜びを感じるというか……少し恥ずかしいけど。


「なんですって!?」

「うぇぇぇぇ!? ちょ、え!? ずるい!」


 小声になったクレアの声は、それでもちゃんとルグレッタさん達には届いたようで、大きく驚く二人……ただユートさん、ずるいってどういう……。


「っ!」

「ふわ!?」


 こちらの話には加わらず、食事に夢中になっていたティルラちゃんとリーザが、驚いている。

 ユートさん達の声に驚いたんだなー、気にしなくていいから、ゆっくり食べような―。

 恥ずかしさを誤魔化すように、驚くユートさん達をそのままにして、リーザ達へ食事に戻るよう促しておいた。


「閣下、ずるいとはどういう意味ですか……?」


 俺と同じ部分が気になったらしいルグレッタさん、ユートさんに再び迫る。


「いや、なんとなく?」


 なんとなくって、ノリとかそんな感じで出た言葉だったんだ。

 そもそも、ユートさんにはルグレッタさんがいるだろうに……あ、いや、その前に奥さんとかもいたみたいだし。


「それよりも、まだまだ進展は見込めないって思っていたのに! いや、雰囲気は確かに前会った時と違うなぁ、とは思っていたよ? でもいつの間に!?」

「え、えーと……」

「数日前に、かな。ランジ村に移住する前に、はっきりさせておこうと思って」


 ユートさんの勢いに圧されるクレアに代わり、俺が答える。

 元々はランジ村に移住する前後で気持ちを定める、というだけのつもりだったけど、我慢ができなくなったというか、気持ちを吐露したくなってしまったというか……。

 色々溢れそうになってしまったから。

 それだけ、クレアが魅力的な女性って事だな、うん。


「タクミ様は、旦那様とのお約束を果たされたのですよ」

「セバスチャン、お父様との約束って何?」

「……タクミ君、詳しく話を聞こうじゃないか」


 あ、これ根掘り葉掘り聞かれるやつだ……セバスチャンさんの言葉にクレアが反応し、向こうは説明モードに入った。

 ユートさんはクレアやセバスチャンさんから詳しく聞くのを諦め、俺にギラリとした目を向けた。


「タクミさん、私にも詳しい話を。特に、きっかけとかそういう話をお願いします!」

「ルグレッタさんまで……まぁ、隠す事じゃないですし、話しますよ……」


 自分の口から語るのは恥ずかしいけど、隠したいわけじゃないからな。

 それに、使用人さん達や護衛さん達は全員知っている事だし……告白するところを見られていたから。

 誰かほかの人に聞いて、脚色されたり尾ひれとかが付くよりは、自分で話した方がマシだ。

 一部の人は、美化しそうな気配があるし。


「ワクワク!」


 ユートさん、わざわざ口にだしてワクワクとか言わなくても……それだけ話を聞くのが楽しみって事なんだろうけど。

 そうして、セバスチャンさんはクレアにエッケンハルトさんと俺が話をした時の様子を説明し、俺はユートさん達に馴れ初めを話す事になった。

 なんというか、結構な羞恥を味わってしまった気がする。

 唯一の救いは、先にリーザとティルラちゃんに食事するよう促したから、こちらを気にしていなかった事かな――。



「あ、ヘレーナさん。すみません、レオ用のソーセージを頂けますか?」

「レオ様にですか? わかりました……えーっと……」


 なんとか恥ずかしさが頂点に達しそうな朝食を切り抜け、ヘレーナさんを見つけて話しかける。

 昨夜、ユートさんを尻尾で追い払ってくれたご褒美をあげるためだ。

 レオ用のソーセージというのは、体の大きなレオに合わせて大きく作っただけのソーセージ、味は変わらない。

 人が食べるのでもいいんだけど、数を作るより一つが大きい方がレオも満足感が大きいらしいからな。


「いくつご入用ですか?」

「そうですね……二つお願いします」

「畏まりました。少々お待ち下さい」


 食糧が詰まっている木箱を覗き込み、ヘレーナさんが取り出したるは巨大なソーセージ。

 ソーセージに金串を刺し、まだ火が残っている焚き火で軽く炙って温めてくれる。

 それ一つで、俺ならお腹いっぱいになりそうな物だ。

 朝食後だから全部食べられるかわからないけど、残ったらまたおやつとして食べてもらえばいいだろう。


「すみません、朝食の用意も大変だったのに……」

「いえ、タクミ様達が手伝って下さいましたので、それほど大変というわけではありませんでした。……どうぞ」

「ありがとうございます」


 ヘレーナさんからソーセージを受け取ってお礼を言う。

 と、火の近くにいるヘレーナさんが、手をこすり合わせているのが気になった。


「冷え性……えっと、手が冷えましたか?」

「いえ、少々手がざらざらしていまして……」

「ざらざら……」


 表現はちょっと気になったけど、ざらざらか。

 あ、もしかして。


「水に触れる事が多いからですかね?」

「そうですね……料理人をやっていると、よくある事です。常に、と言う程でもないのですが、外で調理をするとどうしても」

「成る程」


 つまりヘレーナさんは手が荒れている状態って事か。

 水やお湯に触れる事が多いと、皮膚の皮脂が流されて角質層の細胞が剥がれる事から……だったかな。

 乾燥していると、さらにひどくなるとも聞いた事がある。


「ちょっと見せてもらってもいいですか?」

「はい」


 すぐに頷いて、手の平を見せてくれるヘレーナさん。

 女性だから嫌がられたり断られたりするかも、と思っていたけどそこまで気にはしていないようだ――。



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