第1322話 落ち着く時間が流れていました



「おかしいですよね。お父様やティルラとは、こうして過ごした事なんてないのですけれど……タクミさんが隣にいて、レオ様やリーザちゃん、シェリーとこうして過ごしているのが、凄く自然な気がするんです」

「……うん。不思議と俺もそう感じるよ。全然、おかしい事じゃない」


 もちろん俺も、こうして家族と言える人と過ごした記憶はない。

 アウトドアをした経験がほぼないし、伯父さんは物静かな人だったけど、他の人達はむしろ騒がしい程の人達だったから……俺も含めて。

 それにレオを拾ってからは、一人暮らししているのもあって誰かとゆっくりしている時間はなかった。

 レオとは一緒にいたけどまだ子犬でイタズラ盛りだったし、落ち着きが出てからは俺が仕事を始めて忙しかったし。


「これまであんまり、誰かとこうしてゆっくり過ごす経験がなかったから。だからそう感じるのかもしれないけど……クレアとこうしている時間は、特別であって自然でもあるのかもしれない」

「特別で自然、ですか?」

「うん。上手く言えるかはわからないけど……クレアは俺にとって特別で……」


 そこまで言って、少しだけ恥ずかしさが沸き上がる。

 続く言葉を意識してしまったせいだ。

 ともあれ、今更口に出すのを躊躇うような関係じゃない。


「好きな人だから。それで、クレアが嫌がらなければずっとこうして、この先も一緒に過ごすのかなって思ったし、そうしたいって思ったんだ。だから、自然な事なのかもってね」


 いつか、特別と思わない時が来るのだろうか? でも、それはつまりクレアといる事が当然であり、自然になればいいなという意味もある。

 告白してからこっち、一緒に過ごす時間が増えて、物理的にも距離が近付いたのもあって、特別であって自然になっているというのもあるけど。

 ……なんだろう、自分で考えていてまとまりがあるようなないような。


「とにかく、特に何か意味のある話をしていなくても、こうしてクレアと過ごしているだけで幸せって事だよ」

「しあわ……! わ、私も、タクミさんとこうしているだけで幸せです」

「ワフゥ……」


 癖になりかけている、クレアに対して気障なセリフを口にする事。

 それを聞いて一瞬だけ驚いたようだけど、さすがクレアというか慣れてきたのか、すぐに気を取り直して少しだけ肩の触れる部分を増やすように身を寄せた。

 背中を預けているレオからは、やれやれといった雰囲気を含んだ溜め息が聞こえた気がしたけど。


「そういえば、従魔に関する取り決めはどうなった? って、意味のある話をしなくてもって言っておきながら、すぐにこういう話をしてしまうのもなんだけど……」

「ふふ……いえ、タクミさんなら気にしていると思っていましたので」


 アルフレットさんからは特にまだ何も報告を受けていないから、素案でもはっきりとした事は決まってないんだろうけど……どうしても気になって聞いてしまった。

 そんな俺に、笑いかけながら優しい目をするクレア。

 ……ちょっと顔が近い気がする。

 さすがに、意識的に距離を離そうとしたら変に思われそうだから、恥ずかしくてもここは耐えよう……あれだけ抱き締めたり、甘い言葉をささやき合っていたりするのに、顔の距離が近いだけで恥ずかしがるのは自分でもどうかと思うし。


「ア、アルフレットさんからは、まだ報告がないけど、やっぱり気になっちゃってね。クレアはわかっていたみたいだけど」

「レオ様を始めとした、友好的な魔物達。それからヴォルグラウも含めたタクミさんの接し方を見ていれば、わかりますよ。お優しい人ですからね」

「い、いや……そんな」

「ワフワフ」


 ちょっとどもってしまいながら、恥ずかしさを誤魔化すように言葉を重ねる。

 クレアはさらに笑みを深くした。

 優しいと言われてさらに照れてしまう俺に対し、レオはクレアに同意するように頷く。

 意識的に、優しくしようと思ってやっている事ではないんだけどなぁ。


「ふふふ。そうですね……私としては、シェリーの事もありますし……従魔であってもちゃんと人と同じような扱いにしてあげたいのです。けど、やはり少し難しいようで……セバスチャンからも少し入れ込み過ぎだと注意されました。そんなセバスチャンも、時折私と同じような案を出していたんですけれど」

「セバスチャンさんも、シェリーを助けた時からずっと見ているし、フェンリル達の事もよく見てくれているからね。ブレーキ役にはなってもやっぱり、気持ちはクレアと一緒なんだと思うよ。でも、従魔を人と同じようにってのは難しいかぁ……」

「はい……」


 従魔は契約した人間に対しては従うようになる……けど、それは他の人間に対しては通用しない。

 基本的には、従魔契約をした人間がそうさせないよう言い聞かせるんだろうけど、デウルゴのようなのとかユートさんが……いやルグレッタさんが殲滅した奴らのような人もいるから、従魔が絶対に安全な存在とは言えない。

 地球でだって、飼っている犬や猫などの動物が、飼い主含めて人間を襲うなんて事が絶対ないわけじゃないくらいだし。


「ただどうしても、私は従魔を所有物のように扱う事に関しては、納得が行きません」


 日本の法律でもだけど、飼っている動物は飼い主の所有物として扱われる。

 つまり物であり、どれだけ心情的に家族だと考えていても法的な扱いは変わらない。


「俺も、クレアと同じ気持ちだよ。レオと出会った時から、俺の所有物だなんて思った事はないし、今も昔も頼りになる相棒だから。まぁ、俺がいなきゃみたいな事は考えていたけど」

「ワフ、ワフ!」


 そんな法律は法律として、俺がすぐに変えられる事じゃないから……だからせめて、俺はレオの事を相棒として、それでいて家族として扱ってきた。

 というか、そう考えてずっと接する事にしていたってだけだけども。

 拾った当初は弱っていたから、俺がちゃんと見て守ってやらないとくらいは考えていたけどな。

 俺の考えていた事が伝わっていたのか、今言った事が嬉しかったのか、レオが少し興奮した様子で俺に顔を近付ける。


「ははは、わかったから。あんまり動くとリーザやシェリーが起きてしまうから」

「ワウ」

「ふふふ、やっぱりタクミさんとレオ様は、お互いを大事に思っているのがよく伝わってきます。私も、シェリーとそのような関係になれればいいのですけど」


 リーザ達が起きないように、寄せられたレオの顔、その頬を撫でてやると落ち着いてくれた。

 クレアは、そんな俺達を眩しそうに見て、それでいて羨ましそうに呟いた――。



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