第1312話 ユートさんが飛び出して来ました



 料理はできるようになっていて損はない……自分は大雑把な料理しかできないくせに、そう思う。

 孤児院からの子供達はいずれ一人暮らし、するかどうかはわからないけど自立した時にはきっと役に立ってくれるはずだ。

 ただ、ヘレーナさん達の手間にならないかが少し心配だな……頼めば引き受けてくれはするだろうけど。

 それならいっそ、村の人達にも頼んでとか? いやいや、そうなると村の人達も……。


「いや待てよ? ランジ村の人達は、集まって食事をするのが好きだったから……」


 俺が初めて行った時もそうだったけど、各家で食事をというよりも、広場に集まって食事をする方が楽しそうだった。

 まぁ、それは非日常感とか毎日じゃないからこそというのはあるかもしれないけど。

 でも、余所から移住する俺達……特に、初めて行く人たちが早く馴染むのにも、機会としては集まって食事というのはいい事だと思う。

 以前ハンバーグ作りを手伝ってくれた人達もいるし、その人達と一緒に、子供達が楽しく料理できれば雰囲気も良くなって早く馴染んでくれそうだ。


「ワフワフ」

「お、レオもそうなのか」

「ワウ」


 俺の呟きを聞いたのか、レオが走りながら自分も好きだと主張。

 大所帯での食事はフェンリルもレオも、楽しそうにしてくれているから……。


「いっその事、皆で食事会を定期的にするのもいいのかもな。もちろん、料理をするところから一緒だ」

「ワフ、ワフワフ」

「そうだな。一緒に何かをするってのは、団結力を高めるのにも有効だろうし……」


 もちろん、単なる思いつきだしこれから毎日ずっとなんて事はできないだろう、皆それぞれ生活があるから。

 でも数日に一度で、夕食だけとかならできそうだ。

 料理人ではない人が調理するところを見て、ヘレーナさんも何か新しい着想を得られるかもしれない……わからないけど、郷土料理的な何かからとか。

 リーザも料理を手伝うのは好きみたいだし、そうして孤児院の子供達や村の子供達、大人達とも仲良くやっていければなと思う。


 ……子供達は、無邪気な子が多くて既に十分仲が良さそうではあるけど。

 こちらも、後で話して検討してもらおう。

 ちょっと思考がズレたけど、とにかくフェンリルの食事に関してもまた考えなきゃ……なんか、どんどんやる事や考えないといけない事が増えるような……?


「……ん?」

「ワフ?」


 気持ちのいい風に身を任せ、健やかなリーザの寝息を聞いて思考の奥に潜り込もうとした時、不意に大きな音が聞こえた。

 バタン! という、何か扉のようなものが勢いよく開いた音だ。

 不思議に思い、後ろを振り返る……レオも、走りながら後ろを見た……それでも真っ直ぐ走れるのは器用だな。


「タークーミーくーん!!」


 後ろから俺を呼ぶ声……誰かと考えるまでもなくユートさんだ。

 さっきの音は、扉のような物ではなくズバリその物、馬車の扉が開いた音だったようだ。

 クレア達が乗って、従魔の決まりに関する話し合いをしていたはずの馬車、そこから勢いよく飛び出したユートさんは、ゴロゴロと地面を転がった後そのままの勢いで立ち上がる。


「ユートさん……? って、走って来る!?」

「ワフゥ……」


 そのユートさんは、俺のいる方に向かって走り出した……驚く俺に対し、レオは溜め息を吐いている。

 まるで、楽しい時間が終わったとでも言わんばかりだけど……騒がしくなるのは予想ができるから、その通りかもしれない。


「タクミ君タクミ君タクミ君!!」

「……そんなに呼ばなくても逃げないから。はいはい、なんでしょうか?」


 馬達と速度を合わせて走るレオに追いつき、俺を何度も呼ぶユートさん。

 俺がラクトスまで走った時よりも速度が出ているのに、余裕で追いつくとは……しかも、息を切らせていない。

 ちょっとだけ魔法というか魔力っぽい気配がするので、何かの魔法を使っているんだろう。

 とりあえず、一人だけ自分の足で走っているユートさんに突っ込むと話が逸れそうだったので、我慢して用件を聞く事にした。


「えき、えき、駅馬! 駅馬をやるって聞いたよ! しかもフェンリルを使って!」

「あー、うん。確かにそういう話はしているよ。まぁ、まだまだ準備段階だけど」


 従魔の話からどう逸れたのか、ユートさんは準備をしている駅馬の事を聞いたみたいだ。

 クレアやセバスチャンさん辺りが、ちょっとした余談で話したんだろう。


「フェンリルが! 使えるなら……! ぐっ……!」

「落ち着いて……。興奮していると何を言っているのかわからないし、あまり大きな声を出していたらリーザが起きるから」

「ワウ……」

「あ、うん、ごめん……興奮しちゃった」


 何かを話そうとしているのか、ユートさんは興奮気味に言葉を出そうとするが、走っているため……というより興奮し過ぎて言葉が上手く出てきていない。

 寝ているリーザの耳が、ピクピク動いて起きそうになっているから、注意して落ち着いてもらった。

 俺の言葉より、レオのジト目と溜め息の方が効いたみたいだけど。


「それで、駅馬がなにかあるんですか? フェンリルに協力してもらっちゃいけないとか……?」


 まさか、ここまで一緒にいて特に何も言っていないのに、フェンリルを使うなんてとんでもない! みたいな事は言い出さないだろうけど、一応聞いておく。

 従魔もいるわけで、制度的に魔物を使っちゃいけないという事はないだろう……多分。


「いや、その逆。協力してもらえるなんて、凄い事をするなぁって」


 フェンリル達が協力してくれる、その約束を取り付けている事に驚いているわけか。


「あー成る程。まぁレオがいるおかげで、おとなしく話も聞いてもらえるからなぁ。調理した食べ物とかも、理由みたいだけど」

「調理……まぁ、フェンリル達が人間みたいに器用に料理、なんてできないからね。美味しい物を食べたいというのは納得の理由かな。あとレオちゃんがってのはわかるけど、タクミ君にも相当懐いているようだし」


 ユートさんは、走りながらも俺に感心するように言う。

 結構な速度で走りながら、平気な顔をして……というか座っている時と同じような呼吸で話すのは、ちょっとだけシュールだな。

 まぁ、これも何かしらの魔法の効果なんだろうけど……人間は、馬車を曳く馬と同じ速度で走りながら、リラックスしている時と同じように話す事なんてできないし――。



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