第1306話 ウルフを利用する盗賊団を潰したようでした



「そういえば……」

「ん、どうかしたタクミ君?」

「いや……少し前なんだけど、ラクトスの衛兵さん達が街近くの森で、フェンリルの目撃報告が多くなっているって言っていたんだ。俺はウルフとフェンリルを見間違えたんじゃないかって思ったんだけど……」

「多分、あの集団が従えさせていたウルフかもしれないね。タクミ君の言う通り、フェンリルを見た事のない人は多いから。それに、森のように木々に遮られていたり、薄暗かったりすると見間違えるのもあり得る。それにもしフェンリルだとしたら、不用意に人に見つかるようには行動しないだろうし」


 やっぱり、あの時の話はそういう事だったんだな。

 何かしらの理由……訓練のためとか、近くを通る商隊を見定めるためにとかで、街の近くにウルフを連れて行っているのを、誰かが見かけたとかだろう。

 考えすぎかもしれないけど、襲われた人が逃げ出して、フェンリルだと勘違いしていた……なんて事もあったのかもしれない。

 ブレイユ村のフェルの事を考えれば、デリアさんにすら見つからないよう身を潜めていたわけで。


 ユートさんの言う通り、フェンリルが人から見つからないようにするくらいは簡単なはずだからな。

 あの時もっと怪しんでおけば……と思う気持ちが沸いて来る。

 いや、それでも未然に防ぐ事はもうできなかったけど。

 そう思って、下唇を噛む。


「まぁ、クレアちゃんやタクミ君の気持ちもわかるけどね。でもあいつら、自分達のやっている事が露見しないよう、周到に隠していたから」


 俯く俺やクレアを慰めるように声を掛けるユートさん。


「そもそも、どうしてあの森でウルフをとかって話になるんだけどね……」


 ユートさんの話によると、俺やクレアがレオ達を連れてラクトスに出入りしていた事が、発端ではないかという。

 シルバーフェンリルである事は特に隠していなかったからな……街の人達に撫でてもらったりもしていたし。

 ブレイユ村への行き帰りに、フェリー達もラクトスを通っているうえ、ティルラちゃんがスラムに乗り込んだ時も同じくだ。

 そうして、誰にも従わないとされていたシルバーフェンリル、それから獰猛で人間から見るとかなりの脅威となり得るフェンリル、それらがおとなしく従っているのを見る、もしくは聞いた。


 それなら自分達も……と考える人が出るのは、ラクトスで従魔を得る人が増えた事でも実証済み。

 ただ従魔にするには、双方向に言葉が通じるわけではないけど魔物と対話をする必要があり、大体の場合戦闘になる事が予想される。

 フェンリルがそうしたいかに関わらずだ。

 そこで考えたのが、フェンリルに近いウルフを多く従魔にして、フェンリルと戦わせて……なんて、まぁデウルゴの言っていた事と近い方向性になって行ったってわけだ。


 当然ながら、クレアが近くの屋敷に住んでいる事は知っているわけで、街の衛兵さん達もそうだけどクレアにも知られないようにしていたらしい。

 一度従魔にしたウルフを街にはいかせない事や、ウルフがレオの気配などを察知したら、森の奥に潜むなどなど……襲った商隊に関しては、あまり考えたくはないが口封じにできるだけその場で逃がさないように……とかだろうな。

 あと、ラクトスのスラムにいる人達と多少接触していたみたいだけど、最近のスラムにいる人達は街の人達と関わろうと変わってきているので、そこから話しが漏れたというか噂話のようになってユートさんに届いたってわけだ。


 一部、スラムの人間も加わったんだろうけど……エッケンハルトさんの指示で潜り込んでいる密偵さんは、おそらく除外されていたんだろう。

ティルラちゃんを姫と呼ぶ人には話をしていない様子だと、これまたその情報も得ているユートさんが言っていた。


「商隊を襲った理由とかは、そもそもそういう集団だったからか、それともウルフを従魔にしたからかはわからないけどね。事情を聞いたわけでもなければ、聞く気もなかったから。というか、聞く余裕もこちらになかったし」

「ユートさんが余裕ない程の集団だったんですか?」

「あーいや、そういうわけじゃないんだけど……ルグレッタがねー……」

「あのような者達、話を聞くまでもありません、見敵必殺です」


 何やら気まずそうに、視線を宙に漂わせるユートさんの代わりに応えるルグレッタさん。

 見敵必殺って……つまり、乗り込む勢いで全力で潰したって事だろうか?


「もしかして、ユートさんの魔法を?」

「いや、僕はほとんど何もしていないよ。姿を消す魔法は使ったけど、やったのはルグレッタだ」

「ウルフがいなければ、あのような者達どうという事はありませんでした」

「あははは、確かに実力という意味ではそうだったんだろうね。十人以上はいたけど、数がいなければ一対一でもウルフには敵わない力量だと思ったよ」

「そんな数を、ルグレッタさんだけで?」


 ルグレッタさんが達人級だというのは、鍛錬を続けているおかげかなんとなくわかる。

 身のこなしというか、歩いていても座っていても芯がぶれない感じだ。

 あと、ユートさんという重要人物の護衛やお目付け役には誰でもなれるものじゃない、と思う。

 でも、十人以上いる人達をウルフ抜きで考えても一人でってのは……一応、集団でならウルフを倒せる奴らなわけだし。


「一方的だったよ? 何せ、こちらは姿を消しているんだから。僕は離れて見ていたけど……見当違いの所に武器を振ったり投げたりしていたね。控えめに言って、恐慌状態?」

「あー、成る程」


 何もない、誰もいないはずの所から攻撃される恐怖……しかもルグレッタさんは容赦する気もなく、剣を振るうわけで。

 考えようによってはホラー映画も真っ青だ。

 ユートさんの魔法は、持っている物や着ている物なんかも見えなくする魔法のようだから、相手はさぞ混乱しただろう。

 そりゃ、満足に連携もできず一方的になるか。


「……でも、ウルフ達はどうしたんですか? その、姿を消しても匂いなどでバレないのかなと」

「そういえば、フェンリル達には意味がないとも言っていたね」


 盗賊の集団がいると知らなかった、と悔いていたクレアが少し持ち直したのか、顔を上げて疑問を口にする。

 フェンリル達もそうだけど、ウルフも当然というべきか嗅覚が鋭い……人と比べたら、聴覚などもそうなんだけど。

 だから、姿を消しても居場所を特定されてもおかしくないはずのような――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る