第1303話 フェンリル達も落ち着いたようでした



「ユート様、ラクトスの街への使い指示通りに……」

「ありがとう。あ、もう遅いかもしれないけど、僕の大公爵って一応の地位も使っちゃっていいから。ハルトの所の執事なら、多分わかっていると思うけど……」

「はい、そのように。公爵家のクレアお嬢様もおられますので、確認などの必要はございませんが、公爵、大公爵としての指示とさせて頂いております」

「さすがだね、話が早くて助かるよ」

「ありがとうございます」


 ユートさんとのとりあえずの話を終え、セバスチャンさんが一緒に来ていた執事さんを二人ほどラクトスに向かわせた。

 公爵であるエッケンハルトさんの娘で、クレアから使いとなるので衛兵さん達にいぶかしむ人はいないと思うけど、一応ユートさんの大公爵としての立場も使っていいみたいだ。

 まぁ、ユートさんがお願いした事でもあるからな。

 ちなみに、ランジ村では王家の紋章を出して身分を明かしたけど、基本的には大公爵を表向きで使っているようだ……王家となると、大事かと警戒する人もいるそうだから。


 ランジ村で王家の紋章を出したのは、国民であればほとんどの人が知っているからだそうで、大公爵という貴族位を知らない人には、そちらでという事だそう。

 ただそんな事はほとんどの場合でなく、どうしても身分を明かす必要がある時に限っていて、ユートさん自身は特に立場とかを気にせず気ままな旅をしたいと言っていた。

 ルグレッタさんは溜め息を吐いていたけど。

 ついでに大公爵としての紋章も見せてもらったけど、クリスタルっぽい模様の描かれた盾が象られていた。


 なんでも、国を守るための盾として考えたとか。

 シルバーフェンリルの事を考えなくとも、ユートさんがいればそれだけで抑止力になるからでもあるからだそうだ。

 レオが逸らさなきゃ、フェンリル達も含めて俺達も結構危なかったみたいだから、あれくらいの魔法が使えるならそうかなと思える説得力がある。

 なんの準備もなしに戦争を仕掛けてユートさんが出てきたら、どれだけの兵士が空を舞うのか……。


「それにしても、フェンリルがよく懐いているね。タクミ君が敵じゃないって言ったからか、僕も撫でさせてくれるよ」

「クレアが言っても、多分おとなしくしてくれたと思いますけど……」

「でもやっぱり、タクミさんの言う事の方がフェンリル達も聞きやすそうですね」

「ガウ」


 ユートさんがフェンリルを撫でながら、感心するように言っている。

 さっきの事があったからか、ユートさんが近付くと牙を見せて唸っていたんだけど、大丈夫と伝えたら伏せて受け入れてくれた。

 ルグレッタさんは、まだ慣れないらしくて離れてこちらの様子を窺っているけど……まぁ、大量のフェンリルが集まっていたら近寄りがたいのは当然か。

 フェンやリルルで慣れていた屋敷の人達も、フェリーが連れてきたフェンリル達には及び腰だった人も多いから。


「うんうん。僕一人だとこれまでこんな事なかったからなぁ……」

「ユート様は、見つける先から攻撃を仕掛けるので、敵対視されるのも当然です」


 慣れていないと思っていたルグレッタさんが、フェンリルを撫でて呟くユートさんに近付いてそう言った。

 なんとか声が届くくらいの距離を取って、いつでも剣を抜けるような体制になっているから、完全に大丈夫とは言い切れないんだろうけど。

 でもユートさん、そんな事していたんだ。

 そりゃフェンリル達に受け入れられないのも当然だと思う……フェンリルだって、攻撃して来る相手におとなしく撫でさせるなんて危機感のない事はしないからな。


 ……屋敷では、そういった危機感や本能があるのか疑わしい様子がよく見られたが。

 後で聞いた話だが、フェンリルに対する攻撃は基本的に誰かに危害を加えたとかの場合でない限り、致命的な攻撃はしていないらしい。

 大体追い払うくらいの攻撃だとかで、なんでそうしたのか聞くと、シルバーフェンリルを倒す前の前哨戦だとか、中ボスだとか言っていた。

 フェンリル相手にゲーム脳は止めて欲しい……ユートさんと遭遇したフェンリルがかわいそうだ。


 話を聞いていたレオやフェンが、ユートさん相手にちょっとだけ剣呑な目つきで見ていた。

 苦笑して「これだけおとなしい姿を見せられたら、もうやらないよ」と言っていたので、事なきを得たけど。


「ルグレッタ、もうフェンリルには慣れたの?」

「いえ、まだ思うように足が動きませんが……ユート様が撫でる事ができているのなら、安全なのだろうなと」

「僕で安全確認しないでくれない? でも、これ本当に癖になりそうだなぁ……レオちゃんも相当だけど、フェンリル達も撫で心地がいい。――タクミ君?」

「え?」


 ルグレッタさんと話していたユートさんは、急に真面目な表情になって俺を呼んだ。

 フェンリルを撫でる手は動かしたままだ。


「フェンリルの毛を使って、寝具とか作ったら熟睡できそうじゃない?」

「寝具? まぁ……確かに?」


 何を言うかと思ったら、フェンリルの毛を使った寝具か……ぬいぐるみみたいなのは俺も考えていたから、似たような発想なのかもしれない。

 レオの毛を枕にするとよく眠れるからな。


「フェンリルの毛の寝具!? 是非お願いします!」

「私からもお願いします!!」

「……」

「ヨハンナもなの?」


 俺が考えていると、聞きつけたチタさんとエメラダさんが乱入……地獄耳かな?

 さらにその後ろでヨハンナさんが控えめに手を挙げているが……俺には聞こえた、「私もお願いしたいです」と小さく口に出していた事を。

 驚いているクレアには聞こえなかったようだ。


「需要はあるみたいだよ。……タクミ君の身近に要望者がいるとは思わなかったけど」

「も、申し訳ありません、差し出がましい事を!」

「大変、申し訳ありませんでした……」

「……」


 三人の反応を見て面白そうに笑うユートさん。

 チタさん達は、ユートさんと俺の会話を邪魔したと、ハッとなって急に恐縮し始めたけどちょっと遅いかな。

 初めて会った人達にはすでに、ユートさんの事は伝えてある……隠す事じゃないからな。


 さすがに建国者だとかは当然ながら話していないけど。

 そんな貴族相手に乱入したとあって、取り乱した事を反省しているみたいだ――。



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