第1279話 女性の衣服選びは大変そうでした



「いえ、持って行く物はほとんど決まっていました! でも、ですけど……」


 クレア曰く、俺に綺麗と思われるような、可愛いと思われるような衣服で着飾りたいと。

 そのためには、今全部俺に見てもらうような時間はないからいっそ全部持って行きたいと、決まっていたはずなのにちゃぶ台返し的な事を言ったらしい。

 クレアのその気持ちは嬉しいし、ランジ村に行ったらファッションショーでも開かれるのかなぁなんて考えつつ、着飾ったクレアを思い浮かべたりもしたけど……。

 セバスチャンさん、こういう話になるとわかって逃げたな……レオも、興味を失くしてまたソーセージを美味しそうに食べ始めているし。


「いやー……クレアは、なんでも似合って可愛いし、綺麗だから。前に決めていたのでいいんじゃないかな?」

「そ、そうですか……? えへへ……」


 なんて、お世辞……ではなく本心だけど、ともかく俺の言葉でなんとかクレアの勢いは収まったようだ。

 再び笑い出したクレアは、小さく「でも、だって……」なんて呟きも繰り返していたから、エルミーネさん達はまだ苦労しそうではあった。

 間違いなく、俺がランジ村に行く前に告白した影響だろうなぁ……エルミーネさん、すみません。

 でも、こういうクレアを見るのも、そして俺のためなんて考えてくれているのも、顔が綻んでしまうのを注意しなければいけないくらい、嬉しい事でした――。



「ふぅ……今日はこれで終わりにしよう、ティルラちゃん。はぁ……」

「はぁ、はぁ……はい!」


 クレアの笑い声に包まれた夕食は一応つつがなく終わり、食後のティータイムを終えてから日課の素振り。

 ティルラちゃんに終わりを告げて、大きく息を吐く。

 エッケンハルトさんから教わった、想定敵を頭に浮かべつつの素振りも大分慣れたな。


「お疲れ様です、タクミさん、ティルラ」

「ワフ!」

「パパ、ティルラお姉ちゃん、お疲れ様ー!」


 手を止めた俺達を見てか、離れて見守っていたクレアとレオ、それにリーザ。

 いつもならクレアはいない事がほとんどだけど……ティータイムの時に「見ていたいんです」と言われて、そのまま裏庭に留まった。

 俺としては、鍛錬している姿をジッと見られるのは気恥ずかしいが、クレアにそう言われては断れない。

 むしろ嬉しい。


「どうぞ、タクミ様。ティルラお嬢様も」

「ありがとうございます! それじゃ私は、ラーレ達に寝る前の挨拶に行ってきますね!」

「うん、いってらっしゃい、ティルラちゃん。ありがとうございます、ゲルダさん。――クレア、退屈だったりしなかったかい?」


 同じく見守ってくれていたゲルダさんが、ティルラちゃんと俺に差し出したタオルを受け取りお礼。

 汗を拭きながら、ラーレ達の所へ駆けて行くティルラちゃんを見送った。

 ……ティルラちゃん、あんなに走ったら汗を拭いてもまた出そうだな……それにしても、昼の鍛錬と夜の素振りを終えても元気だ。

 まぁ、俺もそうだけど日課として続けて、慣れと体力が付いたからだろうけど。


「いえ、全然退屈なんて事はありませんでした。タクミさんが剣を振るう姿を見るだけで、胸が高鳴っていましたから」

「……あはは」

「ワフゥ」

「んー?」


 ずっと見るだけだと退屈だったんじゃないかと思ったけど、クレアはそうじゃなかったみたいだ。

 恥ずかしくなって、頭をポリポリと指先でかきながら苦笑いをする俺に、レオは溜め息。

 リーザはクレアの言った事がよくわからず、自分の胸に手を当てて鼓動を確かめつつ、首を傾げている。


「そ、それじゃ、あまり外にいて冷えてもいけないから、屋敷の中に入ろうか」

「そ、そうですね……」


 言われて恥ずかしい俺と、言ってしまってから恥ずかしい事を口にしたと恥ずかしがるクレア。

 少し焦りながらも、ゲルダさんやレオ、リーザを連れて屋敷の中へと向かう。

 離れた所で、ティルラちゃんの元気な声と、ラーレやコッカー達、フェンリル達の声が聞こえた。

 裏庭には他にも使用人さんがいるし、そっちでティルラちゃんを見守っているようだから大丈夫だろう……一応、屋敷に入る前にティルラちゃんに向かって、お休みの挨拶をしておいた。



「……クレア」

「ひゃ……!?」

「ごめん。えっと、ちょっと汗臭いかもしれないけど……おやすみの挨拶って事で。おやすみ、クレア。また明日」

「汗臭いだなんてそんな……はい、おやすみなさい、タクミさん」


 屋敷の廊下を歩き、それぞれの部屋に戻るため別れる場所に近付いた頃、前を歩くレオやゲルダさん達の後ろで、少しだけクレアを抱き寄せる。

 唐突だったから、小さく悲鳴を上げたクレアだったけど、すぐに俺の言葉に答えてふにゃっと笑っておやすみを返してくれた。

 お風呂はこれからだから、汗臭くてクレアが嫌がったらとも考えたけど、大丈夫だったようだ。


 理由は違うけど、今朝もクレアとのハグから始まったから、一日の終わりもハグで……なんて考えて頭の中が沸騰しそうだったりするのは、できるだけ顔に出さないよう気を付けた。

 なんとなくこうして挨拶する方が喜ばれるかな? と思ったからだけど、俺もそうしたかったというのもある。


「……タクミさんの匂い……今日は寝られるかしら?」


 なんて、部屋へと戻るクレアと別れた直後に聞こえてきた呟きは聞かない事にしよう。

 あと、先を歩くゲルダさんの顔も赤くなっていたのも、気になるけど気にしない。

 ……できるだけ気付かれないように、さっと抱き締めてサッと話したつもりだけど。

 リーザと話しているレオはともかく、使用人として俺やクレアに注意を払っているゲルダさんが、気付かないはずないよな――。



 ――レオ達による祝福を受けてから数日、とうとうランジ村への移動日になった。

 俺は既に準備が終わっていたから、薬草作りと鍛錬の日課をこなすくらいだったけど、クレアは結構大変そうだった。

 以前クレアから直接聞いたけど、ほとんど決まっていた持って行く衣服などを、あれもこれも持って行くと言い出したからだけども。


 それも俺のためというか、俺の前で綺麗とか可愛いと言われる格好をしたいから……という理由だからいじらしい。

 ……そう思っているのは俺くらいで、準備を手伝う使用人さん達、特にメイド長のエルミーネさんは大変だったろうから、心の中で謝っておいた……。



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