第1271話 体力回復薬にはちょっと問題がありました



「……そうなんですけど、その……副作用が少々」

「副作用? 副作用があるような薬草は使ってないし、渡していないはずだけど……もしかして、調合する事で変な効果が出るようになったとか?」


 ミリナちゃんに渡している薬草は、副作用のない物がほとんどだ。

 一部、ちょっとした副作用が出てしまう薬草もあるけど、それだって特に問題になる程じゃない……まぁ、大量に服用しなければだけど。

 さらに言うなら、依存性とかも認められない物しかないから、副作用が出るのなら調合が原因なんだろう。


 ちなみに、『雑草栽培』任せで作っている薬草の全ては依存性や副作用は一切なく、一部の薬にあるような常用していると聞きにくくなるといった事は、今のところ確認されていない。

 安全な薬草と言えるけど、さすがにこちらも大量に服用した際の保証があるわけではない……なんにせよ、どんな薬も薬草も用法容量を守って正しく服用だ。


「あぁ、あれですか……確かに少々困る気もしますね」


 首を捻って考えている俺とはべつに、何やら思い当たる事がある様子のライラさん。

 ライラさんは実際に薬を使用した事があるから、ミリナちゃんの言う副作用が何か実感としてあるのだろう。


「こちらも、本来の効果と比べれば微々たるものみたいなんですけど……その、眠くなるんです」

「眠く……?」


 副作用で眠くなるって、風邪薬かな?

 あれは確か、くしゃみや咳、鼻水を止めるための成分の何かしらが原因で眠気を誘発するらしいけど……ん? 眠気?

 もしかして……。


「安眠薬草の効果?」


 安眠薬草……熟睡するための薬草とも言える。

 食べて少し経つと眠気が沸き上がって、そのままぐっすり寝る事で疲れなどを取る事を目的とした薬草だ。

 ある意味では疲労回復薬草より安全で、またある意味では危険でもある……依存性や副作用はないのに、エッケンハルトさんが特に欲しがっていたからなぁ。


「おそらく、そうだと思います。師匠の作った、疲労回復薬草と筋肉回復薬草に安眠薬草、三つの薬草の配分が一定になるとここにある体力回復薬のように、効果が出るようになるんですけど……」

「成る程……」


 安眠薬草を混ぜる事で、低めながらも本来両立しない二つの効果を出せるようにしたわけか。

 なんとなく、水と油に界面活性剤を使って混ぜるようなイメージが浮かんだ。

 いやまぁ、薬草で水でも油でも、ましてや界面活性剤でもないけど。


「タクミ様の安眠薬草は、私も使った事はありますが、あれ程の眠気ではありません。ほんの少し……そうですね、少し気を入れるだけで飛ばせる眠気が来るくらいでしょうか」

「安眠薬草も、耐えられない眠気が来るわけじゃないけど、そうですか……眠気が」

「体力回復薬を作るには、他の薬草だと駄目で……どうしても安眠薬草が必要なんです。けど、そうすると眠気の副作用も出てしまって……」

「うーん……副作用って言っているけど、それでいいんじゃない?」

「え?」


 副作用、と言われると悪い効果ばかり思い浮かぶし、実際にそういう意味でもあるんだけど。

 ただ、眠気が来るのは絶対に悪い事ってわけじゃない。

 むしろ体力回復薬を使う程疲れているんだから、ついでに眠気に任せて寝てしまえば疲労も蓄積されずにスッキリと起きられるんじゃないだろうか?

 まぁどうしても寝ちゃいけない時だと、眠気を振り払うのは大変かもしれないけど。


「だから、眠気が来る事も悪い意味じゃなくて、いい意味で捉えられればなぁ……って」


 考えていた事をミリナちゃんとライラさんに伝える。

 二人共、俺の話を興味深そうに聞いてくれていた。


「言われてみれば確かに……疲れているなら、ほとんどの人はまず寝ます。体力回復薬草として考えるなら、師匠の言う通りかもしれません」

「本来なら、そういった効果もなしにただ疲れが取れる、元気になる、という方が売れ行きは良さそうですが……」

「利益はもちろん、商売の一つとしてやる以上必要ですけど、それで大きくお金儲けしようってわけじゃないですからね」


 最低限の利益は求めないと、キースさんから怒られそうだからな。

 でも、一番の目的である『雑草栽培』から目を逸らしつつ、新しい薬として売り出すのならそれでいいと思う。

 目玉商品にするわけじゃないし。


 安眠薬草もついでに使えるわけだから、一石二鳥だ……いや、薬草を三種使っているから一石三鳥かな?

 疲れを取ってぐっすり睡眠、明日の仕事も頑張ろう! なんて適当なキャッチフレーズも頭に浮かんでいた。


「最後は……これも塗り薬だね」

「はい。これはロエを使った傷薬になります。怪我をした時などに塗れば、その怪我がたちどころに治る……んですけど、こちらは最初から効果を弱くする事を目的としていました」

「そういう話だったね」


 ロエを使った傷薬……ロエ自体も塗り薬とほぼ同じような薬草だけど、こちらは効果が高すぎるのが問題だった。

 まぁ、疲労回復薬草などと同じように、大量のロエを販売した場合どこから入手しているのか? という疑問にも繋がる事や、市場を混乱させないための措置でもある。

 ロエは高価であるからこそ、その効果の高さも納得の薬草。

 だけどそれを大量に出してしまうと値崩れを起こしてしまう。


 それだけではなく、大量に採取できればひと財産築ける価値でもあるため、専門というわけじゃないけど薬草採取で日銭を稼ぐ人の中には、ロエを探す事を目標にしている人だっているらしい。

 不届き者に狙われる可能性も出てくるし、ロエに関しては当初の考え通り世に出して販売するのは、公爵家に任せて俺達はそれより効果の低い傷薬を作って、販売しようというわけだ。

 効果を低くするようにミリナちゃんにお願いしたのは、ロエと同じ効果ならそれはそれで価値が出過ぎてしまって本末転倒になりかねないから。


「こちらは屋敷にいる護衛兵士の方々に協力してもらいました。大きな怪我などはほとんどありませんが、日々の訓練でちょっとした怪我くらいはしますから」

「それは、フィリップさん達も助かっただろうね」


 護衛さん達の訓練は見た事がないけど、人を守る兵士としての訓練と考えれば厳しいものが想像できる。

 フィリップさんが思い出して泣き出す程の、エッケンハルトさんが課した訓練じゃなくてもだ。

 当然ながら、擦り傷切り傷といったちょっとした怪我は日常茶飯事だろうし、ロエを使っている薬だから危険もないしで、護衛さん達が喜ぶ姿が容易に想像できた――。



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