第1268話 撫でられる箇所の好みはそれぞれでした



「んー、こっちはあんまりお腹を撫でられるのは好きじゃないか。それじゃ……ここかな?」

「ガゥ……ガウガゥ~」

「うん、気持ちいいってー」

「そうかそうか、良かった」


 別のフェンリルは、お腹じゃなくて足の付け根当たりを、ちょっと強めに撫でられるのが良かったらしい。

 お腹を撫でられるのが好きな犬や猫はそれなりにいるけど、全てじゃない。

 フェンリルもそれは同様みたいで、嫌とまでは言わなくともあまり好きじゃないのもいた。

 そういう場合は、王道の背中や耳の付け根、足の付け根などの凝りが溜まりやすい場所を撫でてやると、どれかが当たってくれる。


 尻尾もそうだけど、耳は敏感で嫌がるのもいるから慎重にしないといけない部分ではあるけど。

 あとは、顎とか首のあたりが撫でられるのが好きなフェンリルもいた。

 探る時は優しく……好みらしい場所を見つけたら、少し強めに撫でてやると喜ぶフェンリルが多いな。

 ちなみに、個体差はあるが撫でる長さも意外と重要だ。


 どれだけ撫でてもらうと気持ちい場所でも、ずっと撫でられていたら飽きてしまうのだっている。

 フェンリルを見ていて疑ってしまう野生の欠片として、あまり長時間撫で続けられるのを好まないのは、数多く撫でる作業をする俺にとってはありがたかったけども。

 一番満足するまで撫でるのに時間がかかるのは、レオだな……まぁこれは、マルチーズだった時の経験から人に撫でられ慣れているからだろうし、人懐っこいからだと思う。


 意外と、フェンリルの中には俺とクレア、リーザ以外から撫でられるのに、いい顔をしないのもいたから性格的な部分も大きいんだろうな。

 ちょっとティルラちゃんとミリナちゃん、ライラさんも残念そうにしていたから、そういう時はレオと同じく撫でられ慣れているシェリーの出番なんだけども。

 シェリーは、満足するどころか延々と撫でられて欲しいくらい、甘えん坊な気があるのでむしろ望むところのように思えた。


「グルゥ、グルルルゥ……」

「ん? どうしたフェリー?」


 次々と、順番待ちをしてお行儀よくお座りし、待ち遠しくて尻尾を振るフェンリル達に対し、クレア達と撫でていると、フェリーが近付いて来て何やら拗ねたように鳴いた。

 フェリーはさっき撫でたから、また撫でて欲しいと要求しているわけではなさそうだけど……。


「なんかね、群れのリーダーよりも、パパの方が言う事を聞きそう。だってー」

「あー……そういう事か」

「グルゥ……」


 リーザの通訳で納得。

 確かにフェンリル達は、俺がお願いするとすぐに体勢を変えてくれるし、細かい指示も聞いてくれる。

 一か所を満足するまで撫でても、まだ他にも撫でて欲しい場所があるフェンリルなんかは、終わりと言って残念そうにしながらも、次のフェンリルに場所を譲ってくれるくらいだ。


「グルゥグルル、グルゥ」

「いやいや、いざという時……でなくても、ちゃんと皆フェリーを群れのリーダーだと思ってくれているはずだぞ? それに、俺がリーダーになるわけにもいかないし……」


 リーザの通訳を交えつつ、フェリーと話す。

 懐いてくれている、という自覚はあるのでそれはありがたいが……あくまで群れのリーダーはフェリーだ。

 俺がそれぞれに指示するよりも、フェリーがいてくれた方が何かお願いするのも、全体に行き渡るのも早いだろう。

 そもそも、ここにいない群れのフェンリルもいるわけで……俺がリーダーになるよりも、フェリーのままでいいと力説しておいた。


 ……というかそもそも、フェンリル達が俺に対してリーダーでいいと頷いてくれるか疑問だけども。

 いや、フェリーの反応や、フェンリル達が俺に向ける視線から、なんとなくそれでもいいのかもしれないと思わされるけど……それはそれだ。


「タクミさんがフェンリル達のリーダー……レオ様を横に従えて、フェンリルの群れを指揮するタクミさん、というのもいいですね」


 なんて、クレアが頬を上気させながら想像した事を語る。

 フェンリルの群れを指揮した俺って……そんな機会ないだろうに。


「おぉ、格好いいです!」

「パパすごーい!」

「ワフ、ワフ!」

「ふむ、シルバーフェンリルとフェンリルに関する、新たな伝説ができそうですな」


 クレアの言葉の内容を想像したのか、ティルラちゃんとリーザが手を挙げて喜んでいる……それ、本当に恰好いいんだろうか? 凄いかどうかも疑問だ。

 何故か喜んでいるレオはともかく、セバスチャンさんはむしろ伝説を作って語り継ぎそうだから、乗らないで欲しい……。

 そういった事実かどうかはさておき、物語的な話を作るのはヴォルターさんにお願いしたい……俺は登場させずにだが。

 与太話的な想像を一部が楽しみながら、フェンリルを撫でる会は着々と進んだ。


 フェンリルの毛はレオのサラサラな毛とは質感が違って、ふんわりしているのだけど……それでも撫で続けていた手の平が、少しだけ痛くなるくらいには続いた。

 ……撫でる感触が気持ちいいから、多少の痛みも悪くなかったけど。

 あと、クレア達も使用人さんや護衛さんも含めて、想像の傍ら存分にフェンリルを撫でられて満足した様子だったな。

 一部の人は、感無量と言った様子でもあったけど……あ、ラクトスに行く前に撫でたいって言っていた人か、なら仕方ない。




 フェンリルを撫でる会が終わった後、それぞれの寝床へと戻るのを待ち、屋敷の中へ。

 レオとは別にあったミリナちゃんの用を済ませるため、まだ引っ越し準備が残っているクレア達とは別れ、客間へ。

 セバスチャンさんは、シルバーフェンリルの祝福についてヴォルターさんを呼んで、文献を読み漁ると意気込んでいたけど。

 何やら、祝福やら加護という言葉にシルバーフェンリルが合わさって、セバスチャンさんの知識欲を刺激したらしい……無理しなきゃいいけど。


「師匠、こちらを……」


 レオやリーザ、ライラさんと共に客間に入った俺に、ミリナちゃんから差し出されたのは液体が入った小瓶が数個。

 客間のテーブルに置かれた小瓶は数十ミリリットルくらいの容量で、乳酸菌飲料が入ってそうな太めの胴と広い口を持った形だ。

 こちらでは、薬品を入れるのに一般的な小瓶……蓋はコルクを使っていて、本来ならそこに薬品名などが書かれている。

 ミリナちゃんの差し出した小瓶のコルクは、目印が書かれてあるだけだけども。


「師匠の作られた薬草を調合して、新たに作ってみた試薬になります……!」


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