第1258話 ネックレスと指輪の意味を理解しました



「さらに、宝石の飾りを夫婦などの想いの通じた者同士を意味し、首に下げる事で輪が支え、永遠に二人の愛を約束する……といった考えもありますな。ですので、男女どちらがという決まりはありませんが、どちらかがどちらかに宝石をあしらったネックレスを贈る事はつまり……」

「つ、つまり……?」


 ここまで言われたら、宝石のネックレスを贈る意味は鈍い俺でもなんとなくわかる。

 けど、本当にそうなのか確かめるため、セバスチャンさんに先を促すように聞いてみた。


「結婚を申し込む、もしくは結婚を約束する。と相手に伝える手段になっております」

「ぬぁぁ! やっぱり!!」


 想像通りだった!

 深く頷きながら言うセバスチャンさんの言葉に、思わず両手で頭を抱えて大きな声を出してしまう。


「ワウ!?」


 隣のレオが俺の声に驚いたようだけど……すまないが、そちらに構っている余裕が全てどこかへと吹っ飛んでいる。

 ここは異世界で、俺が生まれ育った日本とは違うわけで……当然ながら違う風習があって当然だ。

 指輪が、婚約指輪や結婚指輪を連想するからと避けたら、むしろネックレスの方にそんな意味があったんなんて!


「ち、ちなみにですが……指輪を贈った場合の意味とかもあるんですか?」

「指輪は手の一部である指の一つに付けますので、あまり重要ではありません。魔物と戦って、指を失う事もありますからな」

「首がなくなれば生きられませんが、指はなくなっても生きられます」


 念のため聞いてみると、一応指輪にも意味はあるけど重要ではないらしい。

 ま、まぁ、確かに計十本ある指の一本がなくなっても、多少不自由な思いをするくらいで、生きられないわけじゃない。

 ちゃんと治療して、大量に失血したり傷口から病気になったりしなければだけど。

 少なくとも、即死という事はない。


「意味としては、ひと時の愛情、気まぐれの愛。と言われております」

「……それはつまり、浮気とかそういう?」

「そうなりますな。まぁ、こちらはそこまで意味が重要視される事は多くありませんが」


 良かった、本当に良かった! 指輪を贈らなくて!

 これで気持ちだけが先行して指輪を贈っていたら、絶対悪い方に思われてた!

 重要視されないとセバスチャンさんは言っているけど、公爵家という貴族でしきたりという程じゃなくても、シルバーフェンリルを敬うなどの事だってある。

 クレアに対して贈る物として、俺の気持ちを正しく伝えるためとしては絶対に贈っちゃいけない物だ。


 ネックレスの話はともかくとして、プレゼントを用意する時指輪を候補から外したその時の俺に、グッジョブと言いたい。

 贈っていたら、絶対セバスチャンさんを始めとした公爵家の人達から、総スカンを食らうところだっただろう。

 エッケンハルトさんからは、剣……いや、刀の錆びにされるかもしれない。


「指輪に関しては、歴史書にもあまり多くは書かれていないのですが……その昔、先程話したユート初代国王陛下が贈った物とされています」

「は……?」

「王妃様に隠れて、別の女性と……というわけですな。発覚した際、王妃様が大層お怒りになられて、その女性とは会う事もなくなったらしいのですが、別れ際に指輪を託したと」


 淡々と説明するセバスチャンさんだけど、その眼にはあまりよくない光が灯っているように感じる。

 多分どころか間違いなく、クレアがいるのに他の女性にうつつを抜かしたりしたら……と牽制も兼ねているんだろう。

 もちろんそんな事をする気はないし、俺としてはユートさんを知っているだけに王妃様に同情しているんだけど。

 ……護衛していたルグレッタさんの事を考えると、少し複雑だけども。


「気の迷いだったのでしょうが、何もせず放り出すわけにはいかなかったのでしょう。金貨を渡すと褒美になってしまいますし、指輪という小さな物を渡す事で、女性に対して謝意を示したのだ……と伝わっています」


 セバスチャンさんに続いて、教えてくれるアルフレットさん。

 アルフレットさんも知っているという事は、ユートさんの浮気話は記述が少なくとも、有名な話なんだろう。

 ユートさん、なんて事をしたんだ……元日本人だから、指輪の意味はわかっているだろうに。

 ……歴史書に記述が少ない、という部分にはユートさんの計り知れない努力というか、揉み消そうとした頑張りが感じられるが。


「そういった事があり、指輪には別離がわかっている女性に贈る物、と考えられるようになったのです。気にしている者は多くありませんが、一応の意味としてはこれらの事から、本心で想っていない女性に対して贈る物、となっています」


 ユートさんへのよくわからない感情を処理している間に、セバスチャンさんが説明を終わらせた。

 もうほんと、贈らなくて良かったとしか思えないな。

 指輪、気にしている人が少なくてももう買えない……。

 自分で使う分にはいいのかもしれないけど、俺は指輪を付けて飾る気はないからな。


「確か、旦那様も何度か贈ろうとした事があるとか?」

「ほっほっほ、アルフレットさん。旦那様も若い頃は先代の当主様が困る程、やんちゃだった頃があるのですよ」


 エッケンハルトさん、若い頃は男性の護衛ばかりにされたとかは聞いているけど、そんな事まで。

 セバスチャンさん、口では笑って話しているのに表情には疲れが出てしまっているくらいだから、色々あったんだろうな。


「タクミさん、何やら大きな声を出していたようですけど……セバスチャン達と何を話されていたんですか?」


 号泣しているヨハンナさんや、他の使用人さん達と話していたクレアが、こちらの様子を見に来る。

 先程まで、皆の前で抱き合ってしまっていた照れや恥ずかしさは、とりあえず落ち着いたようだ。

 とりあえず、意味を知っていて宝石のネックレスを贈ったわけじゃないけど、なんとなく言い訳するようになってしまうのでそれには触れないようにして、当たり障りのない話をして誤魔化した。

 その後一時間程でようやく、告白からの騒ぎは解散する事ができた。


 ちなみにティルラちゃんはこの時、鍛錬疲れで既に寝ていたのでこの騒ぎを知らない。

 リーザもぐっすり寝ているくらいの深夜だから、仕方ないよな。


 ……後で人伝に聞いた話によると、クレアはネックレスの事をわかってはいたけど、俺の事情を鑑みて意味を知らないんだろうなと考えていたらしい。


 それでも、意味を知らないとはいえ宝石のネックレスを贈られるのは嬉しかったとの事だ。

 プロポーズ的な意味は考えていなかったけど、絶対にクレアを裏切ったりするような事はしないと、心に誓った――。



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