第1237話 ラクトスに向かって走り出しました



「すみません。アルフレットさんに言って、フェリー達や厩にいるフェンリル達も、散歩させるように伝えて下さい。もし嫌がるフェンリルがいたら、無理に連れ出さなくてもいいので。あと、数が増えたので乗りたい人がいるなら、その人を乗せてとも」

「承りました!」


 外にいるフェンリルだけ、連れて行くのは不公平だから、残っているフェンリル達は散歩に出させようと思い、アルフレットさんへの伝言をお願いする。

 屋敷では、一日一回屋敷の周辺を走らせる散歩をしているけど、その背中に乗りたいという希望者が、リピーター含めてかなりいるため、その人達の事も忘れないでおく。

 ……かなりいるというか、ほとんど全員な気がするけど。

 数日前は、ヘレーナさんや料理人さんも乗っていたし。


「自分も、フェンリルの背中に乗ってもよろしいでしょうか!?」

「そこは、他の護衛さんやセバスチャンさんと相談して下さい。俺からはなんとも……フェンリル達が嫌がらないなら、誰でも乗っていいとは思いますけど」


 二人いる護衛さんのうち、一人がフェンリル騎乗の希望を出す。

 とはいえさすがに、見張りを放り出して乗っていいというわけにもいかないため、俺の管轄外だ。

 あと、仕事に支障がなければ誰でも乗っていいと思うが、嫌がるフェンリルがいれば乗せられない……まぁ、フェリーが連れてきているのだから、人を乗せる事を嫌画ったりはしないと思うけど。

 元々、駅馬のために森から出て来てもらっているんだから。


「そ、そうですか……うぅ……」


 セバスチャンさんと相談するように言うと、許可が出ないと悟ったのか、落ち込む護衛さん。

 先程伝言を頼んだ方が、落ち込んでいる護衛さんの肩を軽く叩いて、励ましている。

 ついでに「俺もそうだけど、今度また非番の時に頼もうぜ」なんて言っていた。

 そんなに皆フェンリルに乗りたいのか……確かに珍しさはあるのか。


 駅馬が始動したらもっと一般的になると思うんだけど、それとこれとは関係ないのか。

 むしろそれより先に、という先行体験的な感覚もあるのかもしれない。


「よし……準備はいいか?」

「ワフ!」

「ガウ!」


 護衛さん達との話を終え、レオによるフェンリル達への注意も終えたのを確認して、改めて走る体勢になる。

 今は、ラクトスの方角に向かって先頭に俺とレオ……レオの背中にはリーザとライラさん。

 俺達の後ろには、先程の綺麗な整列はなんだったのかと思う程、乱雑に並ぶフェンリル達……これは、綺麗に並んでいるのは軍隊じゃないんだから、と思って適当にしてもらった。


 ただでさえ大量のフェンリルが走る事になるんだから、整然と並んでいたらもっと異様な光景になりそうな想像をしてしまったからな。

 ちなみについて来るのは、外で滞在しているフェンリル全てだ。


「それじゃ、出発!」

「ワフー!」

「ガウー!」


 意気込んで、ラクトスへと向かって走り出す。

 今度こそ、止まる事なく走り続けよう。

 俺の後から走り出したレオやフェンリル達は、ほとんど走っていると言えるのか微妙だけど、気にしない!



「はっ、はっ、はっ、はっ!」


 出発からしばらく、規則正しく息を吐いて一定の速度を保つ。

 マラソンで注意すべき事は、走る速度を何度も変えてペースが乱れる事らしい。

 他にも、注意点はあると思うけど俺は素人なので、規則正しく走る事を意識する。

 とはいっても、いつも鍛錬で走っているよりも速く走っているんだけど……体を疲れさせないと、目的とは違ってきてしまうからな。


「はっ、はっ、はっ、はっ!」

「パパがんばれー!」

「ワフワフー」

「タクミ様、限界を感じたら休憩もして下さいね」


 走る俺に、レオの背中からリーザの声援。

 同じくレオからも励ますような鳴き声に、ライラさんの優しい言葉。

 それらに背中を押されるようにして……というか、大量のフェンリルがぞろぞろと付いて来ているので、圧のようなものを感じて実際に押されているような気すらする。


「はっ、はっ、はっ、はっ! おおう、まだまだこれくらいか……」


 それなりに走ったと思い、ちらりと後ろを見てみるとフェンリル達の向こう側に、まだ屋敷が見えた。

 大きな建物だから結構遠くても見えはするけど、ラクトスの外壁もまだ見えておらず、先はまだまだ長い。

 正直なところ、すでに息をするのも辛くて今にでも止まりそうだ……ペースが速いからだろう。

 後ろはもう振り向かず、走る事だけに集中した方が良さそうだな。



 さらにしばらく、遠目にうっすらとラクトスの外壁らしき物が見えてきたのを確認しつつ、全身が酸素を欲しているのを感じながらも、前へと足を進める。

 かなりペースが落ちてきているけど、まだ走れる……!

 思考をするにも酸素を使うらしいから、無我の境地というのが一番理想的らしいとどこかで聞いた事があるような、ないような気がする

 ただとにかく、こういう場合の俺はつらつらと余計な事を考えてしまう。


「確か……人間が全力疾走できる時間は……」


 全速疾走できるのは、四十二秒とされているという話を聞いた事がある。

 四十二秒から先、四十三秒からは自分との戦いだとか……アスリートの世界だな。

 ただし、本当にその人の一番の速度でというわけではなく、あくまで全力で体を動かした場合の事。

 トップスピードとなると、実は四十メートルくらいまでが限界らしい。


 全力で走っているつもりでも、速度そのものは最大速度から段々と落ちてしまうとか。

 加速力や、速度が下がって来てからの維持率などなど、短距離走にも考える事は色々あるけど。

 とにかく、全力で走る事と最大速度で走る事は、似て非なるものであって……。

 なんて考えているけど、今俺が走っているのは長距離走であって全力疾走まではしていないし……でも、走る速度は少しずつ落ちてきている……そもそも、こうして走っているのはなんでだっけ?


 隣で歩くレオが心配そうな表情をしている気がするなぁ……あ、リーザの声が聞こえる。

 頑張らないと……ライラさん、喉が渇きました……云々かんぬん。

 走る事に本当に集中しているのか、考える事に夢中になっているのかわからないまま、とにかく荒い呼吸を繰り返しながら、足を前に進めるのは止めない――。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る