第1234話 セバスチャンさんはお見通しのようでした



 散髪を終えて諸々の片づけを終えた後、再び準備へと戻るクレアを見送り、リーザとレオを連れて部屋に戻って出かける準備。

 ティルラちゃんは、フェンリル達相手にギフトを少し試してみるみたいで、ジェーンさんが付いてくれる事になった。

 新しく自分に備わった特別な能力だ、俺もそうだったけど試してみたくなる気持ちはよくわかるから、無理だけはしないように伝えておくのは忘れない。


「よし。行く……」

「おやタクミ様、お出かけですかな?」


 準備を終えて、屋敷の玄関を出てすぐの場所でレオに乗ったリーザとライラさんを確認後、出発しようとしたところで屋敷の中から出てきたセバスチャンさんに声を掛けられた。

 偶然会った、といういうような声だったけど……セバスチャンさん、絶対わかってて声を掛けてきたな。

 だって、クレアと一緒に準備を進めているはずのセバスチャンさんが、わざわざ屋敷の外に出てくる用が、今ここにいる俺以外にはないはずだから。


「セ、セバスチャンさん。どうしたんですか?」

「いえ、特に用があるわけではありませんが……ちょうど外に出るタクミ様を見かけたもので」


 絶対嘘だ。

 外に出る時、俺達が外に出る様子が見られる場所にはいないはずだし、クレアと一緒にいるのをライラさんが確認してくれていた。

 偶然玄関ホールを通りかかった可能性もあるけど、外に出た後玄関は閉じていたので中から俺達の事を見る事はできないはず……。

 確実に俺がやろうとしている事がバレているな、これは……まぁ、相談した人達に口止めをお願いしたわけじゃないし、時間の問題だったんだろうけど。


 さすがに、クレア本人には言わないように言ったくらいだ。

 ちなみに出かける理由は、使用人さんとも相談したクレアに気持ちを伝える事に関してだ。

 ちょっとした事を考え付いたのと、俺自身を落ち着かせるためなんだけど。


「そ、そうですか。えっと、ちょっと用事があるのでこれからラクトスまで行くんですけど、何かありますか?」

「いえ、タクミ様にその必要があるのであれば、特には。準備の方も滞りなく進んでいるようですので、たまにはラクトスに行くのもよろしいでしょう」

「は、はぁ……」


 その必要が、の部分でセバスチャンさんの目が少し鋭く光ったような気がする。

 俺がどんな用でラクトスに行くのか、わかっているんだろうな。

 まぁ、一応このまま知らないてい、バレていないていで話をさせてもらおう。


「なんとなくですが、タクミ様に一言申し上げておかないとと思いましてな?」

「一言、ですか? 一体どんな……」


 セバスチャンさんに一言、と言われるとちょっと怖い。

 注意とかではないんだろうけど、いつもなら饒舌に説明をする人が一言だけというのだから。


「クレアお嬢様は、特に飾った言葉や物、態度などを特別好む方ではございません。が、しかし……特別な方から贈られる特別な装飾品は、好んでおられるようですな。以前の髪飾りもそうですが、旦那様から贈られた物なども、大事になさっている方です。おっと、一言ではすみませんでしたな、申し訳ございません」

「い、いえ……ありがとうございます」

「ほっほっほ、なんとなく私が言っておきたかっただけですので、感謝などはしなくても良いのですよ。ラクトスに向かうタクミ様には、あまり関係ない事ですから……では、お気をつけて……ほっほっほ!」

「……」


 言いたい事を言って、恭しく礼をした後笑い声を残して屋敷へと戻るセバスチャンさん。

 それを言葉なく見送るしかできない俺……。


「はぁぁぁぁ……セバスチャンさんには隠し事をするだけ、無駄な気がするなぁ」

「あの人には、私もまだまだかないませんから。仕方ないですよ」

「ワフゥ」

「んぅ?」


 セバスチャンさんが去り、屋敷の玄関が完全に閉じたのを確認してから、胸に溜まっていた息を溜め息として大きく吐き出す。

 レオに乗ったままのライラさんは苦笑し、レオも息を吐いていた。

 リーザはよくわかっていないようだけど……とにかく、セバスチャンさんにだけは敵わないなぁと思わされた。


「ふぅ! 何はともあれ、気を取り直してラクトスに出発しよう!」

「おー!」

「ワフ!」


 もう一度強めに息を吐き出し、改めてラクトスに向かうため意気込む。

 リーザもレオも、そんな俺の意気込みに乗ったのか勢いのある返事だ。


「……タクミ様、本当によろしいのでしょうか? その、レオ様に乗って行かれた方が……?」

「いえ、大丈夫です。なんというか……思いっ切り体を動かしたい気分なので」


 レオに乗っているライラさんからは、心配の声。

 それも無理はない。

 いつもラクトスへ向かう時には、馬車なりレオなりに乗って行くんだけど、今レオに乗っているのはリーザとライラさんで、俺は乗っていない。

 俺はラクトスまで走るつもりでいるからだ……荷物は特にないし、剣などはライラさんに持ってもらっている。


 何故そんな事をするかというと、ライラさんに言った通り思いっ切り体を動かしたいから、というだけの理由。

 体を動かす事に関しては、本当は鍛錬で十分なんだろうけど。

 まぁ、なんというか……覚悟は決めたんだけど、初めての事が多過ぎて緊張やら何やらで落ち着かないからだな。

 あと無性に走り出したい気分なのもある……青春、という年齢でもないし考えている時点で違う気もするけど、そんな感じって事で。


 これで海に向かってとか、叫びながらとかだったら後々思い出したくない行動になっていたと思われる。

 それともう一つ……。


「気持ちは確かめていますし、はっきりしているのは間違いないんですけど……昔何かで聞いた言葉がありまして」

「どんな言葉でしょうか?」

「ワフ?」


 落ち着かないし、話すのは恥ずかしい気がして、準備運動をしながらライラさんと話す。

 俺が聞いたという言葉に興味があるのか、聞き返すライラさんとレオ。

 レオは、むしろ自分も聞いた事があるのかどうかの方に、興味があるようだけど。


「ははは、まだレオと出会う前の事だよ。『何かを考えられなくなるくらい、息をするのも億劫になるくらいまで全力で走って、それでもまだその相手の事が頭に浮かぶのなら……』って言葉です」

「……つまり、他の事が考えられない程になっても、その人の事が考えられる、考えてしまうようなら……という事でしょうか?」

「多分、そういう事だと思います」



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