第1233話 散髪をしてもらいました



「どうでしょうか?」

「うん、さっぱりしました。ありがとうございます、ライラさん」


 翌日、色々な事を実行に移す覚悟……というのは大袈裟だけど、一種の区切り的な意味合いもあって、ライラさんに裏庭で散髪をしてもらう。

 手先が器用なライラさん、他の使用人さん達の髪が伸びた時も切ったりしていたようで、お願いするとすぐに引き受けてくれた。

 ずっと伸び放題だったから、ちょっと邪魔になっていたし、クレアの事がなくてもランジ村に居を移す直前って事もあって環境が変わるわけで、区切りとしてはいいだろう。


「どうぞご確認下さい、タクミ様」

「ありがとうございます」


 妖精の相手をしているゲルダさんの代わりに、ジェーンさんから渡された手持ち鏡を動かし、椅子から立ち上がりつつ、あらゆる角度から自分の髪を確認。

 この世界に来た当初よりさらに短くなっていて、見た目もさっぱりしている。

 髪形に大きなこだわりはないけど、全体的に短くなった程度で大きくは変わっていない。


「どうですか、リーザ様?」

「ちょっだけ軽くなった気がするー!」


 俺が鏡を見ている間に、手早くリーザの散髪も済ませるライラさん、本当に器用だ。

 まぁ、リーザの場合は毛先を整えるくらいだから、すぐに終わったようだけど。

 リーザの希望で、これまで肩くらいまでの髪だったのをさらに伸ばしたいからだとか……「クレアお姉ちゃんやライラお姉さんみたいな、綺麗な髪になりたい!」と言っていた。

 確かに、二人の髪は綺麗で男女問わず見惚れるくらいだと思うくらいだし、憧れる気持ちもわかる……さすがに俺が目指すわけにはいかないが。


 あと昨日、俺がクレアに関して悩んでいたり色々話した影響もあるかもしれない。

 ちなみに周囲には、珍しい光景なのかフェンリル達が俺達をぐるっと囲んで、ギャラリーになっている。

 フェンリルに見物されながらの散髪は、ちょっと妙な気分だった。


「あらタクミさん。さっぱりしていて似合っていますね」

「あぁ、クレア。ありがとう。ライラさんの腕がいいから助かったよ」

「いえ、私は……」

「おぉ……タクミさん見違えました……」


 椅子や使った道具など、散髪後の片づけをしていると、ランジ村行きの準備をしているはずのクレアが、ティルラちゃんと中庭に出てきた。

 少しだけ時間が空いたんだろう。

 俺の短くなった髪を見て、微笑むクレアさんと感心するティルラちゃん。

 確認した時にはそんなに変わっていない気がしたけど、そうでもなかったみたいだ……とりあえず昨日から考えている事もあって、照れ臭かったのでライラさんを褒めておく事にした。


「クレアお姉ちゃん、ティルラお姉ちゃん、見てみてー! リーザも切ったのー!」

「ふふふ、リーザちゃんも可愛くなったわね」

「ちょっと……短くなりましたか?」

「ぶー! ティルラお姉ちゃん、もっとよく見てー。前と全然違うんだよー!」


 自慢するように、ライラさんにカットしてもらった髪をクレアやティルラちゃんに見せつけるリーザ。

 クレアはさすが大人な対応……微笑みながらリーザを褒める。

 けどティルラちゃんは、あまり違いがわからなかったのか首を傾げてしまい、リーザが頬を膨らましていた。

 というかクレア、リーザちゃんもって……もしかして、俺も可愛くなったとか考えていないだろうか?


 俺としては、格好良くなったとかの感想の方がいいんだけど。

 でも、童顔気味な事は自分でもわかっているし、実はちょっと言われ慣れている……そこは諦めるしかないかな。

 実際にクレアがどう考えているかはわからないし、俺に対して可愛いと考えているなんて、自惚れもいいところかもしれないけども。


「あら、タクミさん。肩に……」

「あ……」


 そんな事を考えていた俺にクレアが、ふと気付いたように手を伸ばし、払ってくれる。

 鏡で確認しながら、振り払ったと思ったけど……まだ肩に残っていたようだ。

 それはともかくとして、ふいにクレアが近付いたので思わず言葉に詰まってしまった。

 いつもなら、すぐにお礼を言って終わるだけだったのに……。


「タクミさん?」

「あ、いや……その……」


 一度詰まってしまうと、そのまま持ち直せなくなってしまう。

 首を傾げてこちらを見上げるクレアに、頬が熱くなっていくのを感じつつも、言葉が出て来ない。

 なんだろう、今日は一段とクレアが眩しく感じるような……魅力的に見える気がする。

 いや、クレアはいつも魅力的な女性だというのはわかっていた事だし、今日はいつもと違う部分があるわけじゃないはずなのに。


 まさかクレアも、リーザのように毛先を整えるとかちょっとした部分で変わっている、なんて事はないはずだ。

 それなのに、今日はいつもよりと感じるのは俺の心持のせいなのかもしれない。

 気持ちを伝えると決めて、色々と覚悟した事でこれまで以上にクレアの事を意識していたりとか……。


「……クレアお嬢様、準備の方は進んでいますか?」

「それなりにね。エルミーネとも相談してようやくよ……エルミーネには、この屋敷に来る際にもお世話になっているわね」

「……はぁ」


 頭の中でグルグルと考えるだけで、言葉が出ない俺を見かねてか、ライラさんがクレアに声を掛けて意識を逸らしてくれた。

 おかげで少し距離もできて、落ち着く余裕ができたので、コッソリ溜め息を吐きつつ内心でライラさんに感謝。

 距離ができた事自体は、少し寂しくも感じてしまうけど……なんて考えが浮かんだけど、それをじっくり考えるとまた落ち着かなくなってしまうので、無視する事にする。

 視線でも、ライラさんに感謝を伝えるように目配せすると、小さく頷いてくれた。


 そんな俺達の様子を、不思議そうに眺めるフェンリル達と昨夜に続いて溜め息を吐くレオ。

 リーザはティルラちゃんに、切ってもらった髪の自慢をするのに一生懸命でこちらには気付いていないか。

 ジェーンさんはなぜか口元……いや、口と鼻を両手で覆って抑えていたけど、あれはなんだったんだろう?

 手の隙間から、赤い液体が漏れていたような気がするけど……もしかして鼻血とか? 表情だけは尊い何かを見ているようではあったけど、謎だ――。



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