第1221話 妖精の事はレオに任せる事にしました



「いやぁ、怪我をしないのも十分不自然だったと思うけど……」


 俺の言葉に、うんうんと頷く他の人達……クレアやライラさんも頷いている。

 急に転ぶから、ゲルダさん自身手を突いたりする事ができず、顔面からって事もあったからなぁ……何度も転んでいて怪我をしない事そのものが、不自然だろう。

 まぁ、さすがに妖精が原因だとかは思わなかったから、多少の不自然は幸運だと思って無理矢理自分を納得させていたけど。

 ……いや、転ぶ事自体が幸運じゃないとかは、ドジをする人には通用しないからそれはともかくとして。


「ワフ。ワフワフ……」

「え~。だから言ったのにって言われても……私、ゲルダちゃんに男が近付くかどうかしか、気にしていなかったから」

「ワフゥ、ワウワフ」

「もっと周りを見ろって? でも、ゲルダちゃんを転ばせた後は、怪我をさせないよう調整するので精一杯で、他の人間を気にする余裕なんてなかったのよう……ってあれ? 私、今誰と話を……ひっ!?」

「ふぇ?」

「ワフゥ?」


 落ち込んで項垂れていたから、レオと話しているってわからなかったようで、今更ながらに顔を上げて調理台を覗き込んでいるレオに気付いた妖精。

 顔を引きつらせ、ふわりと浮かび上がってゲルダさんの胸に飛び込んだ。

 それを見たレオは、首を傾げている。


「ちょちょちょ! 落ち込んでいる私に止めを刺しに来たのね、そうでしょう!? シ、シルバーフェンリルを連れて来るなんて、聞いていないわよう!」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……なぁレオ?」

「ワフ」


 ゲルダさんに受け止められて、服に顔を埋めながら叫ぶ妖精。

 別にレオは、妖精に何かやろうと思って一緒に来たわけじゃない……興味はむしろハンバーグの方だからな。

 時折、ヘレーナさんの方を向いて鼻をスンスンしているから、あちらの方も気になっているようだ。

 妖精への興味よりも、レオにとっては食欲優先だ。


「ほ、ほんとに……? 痛い事しない?」

「しないしない」

「ワフ、ワフ」

「うー……」


 こちらを窺うようにしている妖精に、レオと一緒に首を振って何もしない事を約束。

 数秒ほど考えて、ようやく妖精がゲルダさんから離れて、レオの前にふわりとやってきた……それでも、まだ警戒しているようだったけど


「ワウ、ワフワフワウ」

「だって、ゲルダちゃんがかわいそうだったんだもの……レオ様、でいいのよね? そのレオ様だって、あの時のゲルダちゃんを見たら、同情して助けてあげたくなっちゃうわよう?」


 レオが多分、さっさと姿を見せないからこうなる……みたいな事を言って、口を尖らせる妖精。

 そういえば、話して言わないようにお願いしたって言っていたっけ、だからレオの名前も知っているんだろう。

 ゲルダさんの近くにずっといたなら、俺やその他の人達に関しても知っているはずだ。


「ワフゥ……」

「うぅ……」


 レオが溜め息を吐き、その息に妖精はちょっと飛ばされそうにながらも、宙に浮かんだまま項垂れた。

 とりあえず、このままじゃ話が進まないので……妖精は興味津々と、黙って話を聞いていながらも、目を輝かせて見ているクレアとティルラちゃん……それとリーザに任せる事にした。

 少し離れた場所に行って、話し始めるクレア達と妖精。

 レオもそちらにいるから、滅多な事にはならないだろう……あ、コッカー達も行くのか、お目付け役? わかった、お腹がいっぱいで向こうの方が面白く感じたんだな。


 地面に降りていたコッカーがトリースと一緒に、俺に対して右の羽根を上げて主張した後、レオ達の方へ向かう。

 散々、ゲルダさんが落としたハンバーグのタネを食べたから、面白そうな方に行きたいんだろう。

 フェンリル達の様子を、上空から見守っていたラーレも戻って来てティルラちゃんの所に降りたようだし……気にしなくて良さそうだ。

 今では実質、ラーレがコッカー達のお目付け役だから……うん? 妖精のお目付け役に、お目付け役が付くのか? まぁいいか。


「それにしても、あの妖精がいないと本当に……」

「ん……はい、できました!」


 妖精が離れたので、ゲルダさんにもう一度ハンバーグの形成をやってもらう。

 すると、これまでの失敗が嘘のように次々と形を作っていく……。

 ほとんど初めてなのに、俺が作るよりもすでにちゃんとした形でしかも手早く作っている、ちょっとだけ悔しい。

 けど、本当に料理が上手かったんだなぁ……まだハンバーグの形成しかやっていないけど、その手際の良さだけでも料理上手な事が窺えた。


 今までと違い、数回形成を終えて失敗しない確信を得たゲルダさん。

 これだけだとなんとも言えないけど、ハンバーグの形を作るだけなら、ヘレーナさんより早い気がする。

 形も整っているし、ちゃんと焼く事も考えて火が通りやすくもしてある。


「あっ……!」

「……それでも、失敗するには失敗するんですね」

「少し、懐かしい気分になりました。小さい頃のゲルダは、私達に料理を教えていながらも時折失敗していましたから」


 力を入れ過ぎたのか、ゲルダさんの合わせた両手の平からグニュッとタネを飛び出される、ハンバーグのタネ。

 何回かに一度、あぁして失敗をするのを忘れないのは、なんだかゲルダさんらしい。

 ライラさんも、目を細めながら作業をするゲルダさんを見ている。

 とはいえ、失敗自体は地面にタネを落としたり器をひっくり返したりもしないので、これまでと比べるとかわいい失敗だ。


 手からはみ出したタネも、下に落ちなければまた形を整えればいいだけだからな。

 あと、何度も成功して気持ちが上向いている今だけかもしれないけど、ジッと作業を見つめられても緊張する事なく、いい感じで作業に集中できているようだ。

 これまでの失敗から焦って、さらに別の失敗を……という負の連鎖が嘘のようだな。


「タクミ様、本当にありがとうございます! タクミ様のおかげで、こうしてドジをする事がなくなりました」

「私からも、お礼を言わせ下さい。ありがとうございます、タクミ様」


 全ての成形を終えた後、改めてゲルダさんとライラさんに感謝される。

 特にゲルダさんは、顔が足に付くんじゃないかって程深々と頭を下げている、それだけ、ちゃんと料理ができるようになったのが嬉しいんだろうな――。



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