第1219話 一部の人は恐怖を一部の人には悦びを感じていました



「ふふふ、そうですね。でもフェンリル達を撫でている時のタクミさん、楽しそうでしたよ?」

「そうかな? まぁ、そうかも」


 笑うクレアに、首を傾げた後確かに楽しんでいた事に思い当たり、頷いて認めた。

 フェンリルのお腹、フェリー達ので撫で慣れていたけど……柔らかいからなぁ。

 撫でる方が気持ち良かったし、撫でてやると気持ち良さそうに声を漏らしているのも面白かった。

 馬程の体の大きさを誇る大量のフェンリルが、可愛く感じられたし。


「ですが、さすがにここまでの数とは思いもよりませんでした。いくら森が広く、フェンリルが集団で生活しているとはいえ、多くとも十体程度だと……圧倒されますな」

「そうね。私は、フェリー達もそうだけれど、レオ様に圧倒されつくしたからそうでもないけど……一部の使用人は、怯えているようね」

「まぁ、そこはフェンリル達と触れ合い、フェリー達の時のように慣れるしかありませんな」

「そうですね。アルフレットさん達も……さすがに足が震えているようですから……」


 フェンリル達を見ながら、話しかけて来るセバスチャンさん。

 クレアも含めた一部の人を除いて、門の前に集まっている人達はそれぞれ、足が震えていたり、体を寄せ合っていたりしている。

 フィリップさん達護衛もいるけど、フィリップさんやヨハンナさんはともかく、一部の護衛さんは身に付けている金属の鎧をカタカタと鳴らしてもいるくらいだ……ニコラさんは、何やら真剣な眼差しを向けているので、多分鍛錬の事を考えているんだろうけど。

 以前見た、フェンリルの戦闘力を考えれば、護衛さん達が怯えてしまうのも無理はないのかもしれない。


 よくよく考えたら、レオだけでなくこれでだけのフェンリルがこの場所に集まっているのって、かなりの過剰戦力が集中している事になるんじゃ……?

 深く考えるのは止めておこう、フェンリル達は戦うために来たんじゃないから。

 ちなみに、ヴォルターさんは俺が来た時には平静を装っていたけど、今はヴォルグラウと一緒に身を寄せ合って震えている。

 相変わらず仲がいいなぁ……怖くないですよー?


「タ、タクミ様。挨拶なども終わりましたので……」

「あ、そうですね。って、アルフレットさん。大丈夫ですか?」

「フェリー達に慣れ、レオ様の魔力に当てられて、私も随分耐性が付いたと思っていたのですが……これ程の数のフェンリルを前にすると、本能で恐れてしまうものですね……」


 ここでこうしてフェンリル達を、いつまでも整列させてはいられない……と俺を促そうとしたアルフレットさん。

 声に振り返ってみれば、顔が真っ青になっていた。

 聞いておいてなんだが、とてもじゃないけど大丈夫そうには見えない。

 襲われる事はない、とわかっていても怖いものは怖いから、仕方ないか……あ、でも……。


「無理そうなら、アルフレットさんは少し休んでいて下さい。フェンリル達の方は……あの通り、チタさんとシャロルさんが、相手をしてくれていますから」

「は……?」


 無理に奮い立たせて、フェンリルの前に立たなくても他に適任がいた。

 アルフレットさんを気遣いながら、示した先には……。


「ふふふ、こっちも……あっちも……皆撫で甲斐のあるフェンリル達ですね。まさしくパラダイスです!!」


 興奮状態を通り越してトランス状態になったチタさんが、両手だけでなく全身を使って次々とフェンリル達を撫でる光景だった。


「チタお姉ちゃん、こっちも! 撫でて欲しいって!」

「お任せ下さい、リーザ様!」

「チタ、こっちもです!」

「すぐに行きます、ティルラお嬢様!」

「はぁ、チタさんがそうしているから、私は多少平気でいられるけど……もっと恐れている人もいらっしゃるというのに、感心してしまうわ」

「ワフ……」


 お座りの体勢で、おとなしく撫でられているフェンリル達は、チタさんに撫でられるのを喜んでいる様子。

 さらに、リーザとティルラちゃんが撫でて欲しそうにしているフェンリルを見つけては、チタさんを誘導して一緒に撫でている。

 俺の近くでは、シャロルさんとレオがその光景を見て、溜め息を吐いているという、不思議な光景が広がっていた……。


 その後、アルフレットさんを休ませたり、圧倒されている使用人さんは少しずつ慣れてもらう事にして、平気な人達で大量のフェンリルを移動させる。

 歓迎のためのハンバーグを振る舞うためだけど、この時にフェンやリルルが別れて、厩と外で過ごすフェンリルの班別けをして使用人さん達と案内も実行。

 俺やレオ、クレアとセバスチャンさんはそれらを見送り、二体程のフェンリルを残してフェリーと話している。

 残ったフェンリルは、群れの中での序列が高いらしくリーダーであるフェリーの側近みたいな、位置付けらしい。


「ほんの少しだけ、他のフェンリルよりも大きいのか」

「グルゥ、グルル」

「強さで群れの中から選ばれるんだってー」


 フェリーの側近二体は、フェリーもそうだけど他のフェンリルよりほんの少し大きい。

 一回りと言う程ではなく、見比べないとわからない程度だけども。

 側近に関しては、リーダーを補助するために強さ基準で選ばれるんだとか……後で聞いた話によると、本来あまり序列の高い方ではないフェンも、次代の側近を狙っていたとか。

 リーダーのフェリーは、そこまで強さに関して重要視されないらしく、だから以前フェンに負けた事も大きな問題ではならしい……ただ、悔しいという感情は別。


 狩りをしたからと言っていた、フェリーの体の汚れはおそらく、それ以外にも鍛錬をしていた様子が見受けられた。

 どう見ても、狩りで付くはずのない汚れだったり、ほんの少し毛が短くなっている部分があったから。

 ……フェリー自身は気にしないフリをしていても、負けたのは相当悔しかったんだろう。


「……それじゃ、あれで全部じゃないのか?」

「グルゥ。グルル、グルゥグルルル」

「それはまた……フェンリルの数も相当ですが、強者とも言える魔物がそこまでの規模の集団を形成するのですな……」


 さらにフェリ―に聞いた話。

 今回連れてきたのは、群れの半分程度との事で全体で大体百体くらいのフェンリルがいるらしい。

 森に残ったフェンリルは、子育て中だったりそれらを外敵から守るためだったり、群れを保つために残っているんだとか。

 まぁ、さすがにシェリーのような子フェンリルを、一緒に連れては来られないよな――。



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