第1217話 この場はライラさん達に任せる事にしました



「あの時のゲルダちゃんは、全てに絶望していたのよう」

「まぁ、小さい頃だろうし、男の子に振られたようなものだから……わからなくもない、かな?」

「……さすがに、全てに絶望と言う程では……確かに、痛くて悲しくて泣いていたのは覚えていますけど」


 子供の頃なんて、自分が思い込んだ事が全てだと思ってしまう事だってある。

 大人になってもそう感じる事があるくらいだ。

 それを、気になる男の子……初恋かな? それが頑張って作った料理が台無しになったんだから。

 ゲルダさん自身も、今もまだその頃の痛みや悲しみを覚えているくらいだからな……それでも大袈裟ではあるんだろうけど。


「とにかく、あんまり人間に知られちゃいけないって事なら、無理矢理コッカー達に引きずり出された……は違うか。姿を現したのは、掟に反する事になるのか?」

「本来ならね。でも、そこまで大事にはならないわよう。大体が油断した妖精族が人間に姿を見られても、族長から注意されるくらいだから」

「そうなのか……なら良かった」


 目の前にいる妖精さんが原因で、ゲルダさんが困っていたというのはともかくとして、無理矢理原因を暴き出したようなものだから、もし掟を破って何かあるようだったら罪悪感が生まれるところだったと思う。

 もしかすると、レオや他のフェンリル達も掟などの事情を伝えられて、俺達に報せなかったのかもしれないからな。

 まぁ、どれだけの注意をされるのかはわからないけど、命懸けとかそういう禁忌みたいな扱いではないみたいだ。


「なんにせよ、ここには人間以外が多いのよう。だから、どうせバレるのも時間の問題だったって事で」

「結構、軽いんだな。姿を現すのはかなり抵抗していたみたいだったのに……」

「そりゃ、注意されなくて済むなら、その方がいいのよう?」

「まぁそりゃそうか……」


 重大な掟じゃなかったとしても、怒られなくて済むのならその方がいいのは当然か。


「タクミ様、そろそろ……」

「あ、そうですね」


 妖精と話している俺に、ライラさんが近付き言葉と共にそっと屋敷の門の方を示す。

 それなりに距離があるけど、そちらでは大量のフェンリルと思われるものと、向き合うレオが見えた。

 フェリーがフェンリル達を連れて合流しているようだな。

 クレアさん達もいるはずだけど、さすがに人の形まではわからない……レオやフェンリル達の体が大きいから、かなりの数が確認できているくらいだ。


「それじゃ……えっと、この場はどうしようかな」


 レオ達の方には、後で俺も行って迎えると伝えてあるので、行かないといけないんだけど……こちらはこちらで妖精の事もあって、放っておくわけにもいかなくなっている。

 調理台はコッカーが乗ってくちばしで突いていたのや、ゲルダさんの失敗で散らかっているし、そのゲルダさん本人がまだ戸惑っている様子だ。

 まぁ、いきなり幼少期に契約してましたー! なんて、見た事のないモコモコの妖精が目の前に現れたら、すぐに落ち着くなんてできないだろうけど……しかもその妖精が、ゲルダさんの過去の失恋について話しているわけだし。


「この場は私が。お任せ下さい、タクミ様」

「チチー!」

「チィー!」


 どうしようか悩んでいると、ライラさんが軽く会釈をして引き受けてくれるみたいだ。

 コッカーやトリースも、任せてと言うように鳴いて羽根を広げている。


「チチ、チチチー!」

「ちょ、ちょっと止めてよう。暴れない、暴れないからぁ!」

「チィー、チィー」

「何かやったら、コッカー達がお仕置きしておくって言ってるよ?」

「そうか……妖精ってコッカー達にお仕置きされるのか……。わかった、それじゃコッカー達に任せるよ。――ライラさんも、よろしくお願いします」

「はい、畏まりました。妖精の事やゲルダの事なども、話をしておきますので。それともちろん、料理の方も……」


 コッカーが妖精のモコモコにくちばしの先っぽを突き刺し、トリースも何事かを主張。

 リーザに通訳してもらったけど、妖精はコッカー達よりも立場が低いようだ……ここだけかもしれないが。

 ともあれ、これなら大丈夫そうだとコッカー達とライラさんに任せ、俺はレオやフェンリル達の所へ行く事にした。

 ライラさんの言っている、ゲルダさんの話というのは妖精が原因で散々ドジというか失敗をしてきた事に関してだろう……俺が話したかった事を察してくれているようだ。

 さすが、頼れるメイド長。


「それじゃリーザ、行こうか?」

「うん、ママの所に行く!」

「私も行きます!」

「わかった、ティルラちゃんも行こう。ラーレも向こうにいるみたいだし」

「はい!」


 約束なので、リーザを連れて行く事にして……ティルラちゃんも連れて行く事になった。

 フェンリル達に興味があるんだろう。

 抱き着いてきたリーザを右腕で抱えて、左手はティルラちゃんと繋いで短い道のりだけど、門に向かって歩き出した。

 ……先日ティルラちゃんと話してから、こうして手を繋いだりといった、甘えるような事が多くなったな。


 兄様ができたみたいと言っていたから、兄のように慕ってくれているんだろう。

 俺としても、こうして素直に甘えられるのは悪い気分じゃないな――。



「ほら、リーザ。よいしょ……っと」

「ママ―」

「ワフ~」


 門の前に到着し、まずはリーザをレオの背中に乗せる。

 レオはリーザを乗せやすいように、フェンリル達の前でお座り状態で胸を反らしていたのを、すぐに伏せをしてくれた。


「ティルラ、タクミさんと手を繋いでいるのね……」

「いいでしょ姉様!」

「う、羨ましくなんて……」

「クレア?」

「い、いえ……ナンデモアリマセンヨ?」

「そ、そう? ならいいんだけど……」


 リーザをレオに乗せても、まだ手をつないだままになっているティルラちゃん……というか、繋いでいる手を見て、クレアが呟いた。

 自慢するようなティルラちゃんに、ちょっと悔しそうなクレア。

 俺が視線を向けると、顔を逸らして片言っぽく誤魔化した。

 出会ったばかりなら誤魔化されていただろうけど……今はなんとなくクレアが考えている事がわかる。


 ……多少、俺の願望も入っているけど。

 まぁ、クレアの事は後々の課題として、今はフェンリル達だ――。



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