第1184話 面倒なので最終手段を使う事にしました



「はぁ……もう、話しでどうにかできる相手ではありませんな」

「そのようですね。シェリー、大丈夫だからおとなしくな?」

「キャゥゥ?」

「おいヴォルグラウ! 俺の言う事が聞けねぇのか!」

「バゥ……」


 つける薬がないとはこの事かもしれない……溜め息を吐いて首を振るセバスチャンさん。

 頷いて、シェリーを撫でて落ち着かせる俺。

 さらに叫ぶデウルゴに、ヴォルグラウは動かない上に首を左右に振って拒否。

 デウルゴは勘違いしているようだけど、そもそも従魔契約はなんでも命令を聞かせるための契約じゃない。


 言葉を交わして意思を疎通し、魔物が契約主の人間に危害を加える事ができないようにするもの……らしい。

 魔物側はある程度、人間側の言葉を実行するようになるらしいけど、嫌な事なら拒否できる。

 従わせるものではあるけど、奴隷契約ではないのだから。

 シェリーがフェンリルの子供だとデウルゴに言ってしまった時のヴォルグラウは、まぁ言葉だけだったから話してしまったようだけど……。


 あと、シェリーが背中に乗っている時点で、ヴォルグラウがこちらに牙を向ける事はない。

 種族的な関係だろう。

 それに、シェリーをなんとかしても外ではレオが待っているからなぁ……。


「親父……」

「もう面倒ですし、隠す必要もなさそうですから、これまで通りで大丈夫ですよ、タクミ様」


 元の口調に戻ったセバスチャンさん。

 もうこれ以上デウルゴと話す必要はないし、親子と偽って話をするのも面倒だからな。


「まぁ、そうですね。とりあえず、衛兵さんに言って外にデウルゴを連れて行きましょう。俺は、先にレオに頼んできます」


 レオに頼まずなんとかしたかったんだけど、ここまでデウルゴの往生際が悪いのなら仕方ない。

 そもそも、どうして自分が捕まっているのかすら、わかっていないようだし……。


「そうですな。レオ様に頼らない方法では無理なようですから、仕方ありません。よろしくお願いします」

「はい……はぁ……」


 セバスチャンさんに見送られて、溜め息を吐きながら室内訓練場の入り口へと向かった。

 嘘を吐いて、さらに模擬戦までやったのに……徒労感が凄い。

 まぁ、模擬戦の方はちょっとだけ得られた事があったけど……長ったらしい魔法は、切羽詰まっている時は役に立たなそうだとか、他にもな。


「タクミさん、大丈夫ですか?」

「クレア。見ていた通り、模擬戦は特に問題なく怪我もなかったよ」


 入り口まで来ると、すぐにクレアから声がかかる。

 火の槍はちゃんと避けて、火傷もしていないし木剣は受け止めたからな。

 怪我をしていないので、笑いかけつつ答えた。


「あのデウルゴって人、随分自分勝手です! ヴォルグラウの気持ちを、全く考えていません」

「そうだね、ティルラちゃん。ティルラちゃんやクレアとは違って、自分以外の人の事を慮る……気遣ったり、思いやったりする事ができない人なんだろうね」


 プリプリと可愛らしく怒っているティルラちゃんは、優しいからこそだろうなぁ。

 ラーレやシェリー達との接し方を見ても、絶対に見下すような事はしていない子だ……遊び相手とは考えていそうだけど。


「タクミさん、そうではなくて……怪我の心配がないのは、見ていて確かにわかりましたけど。少し表情が険しかったので……」

「あぁ、ごめん。そういう事か。まぁ、やっぱりデウルゴと話していてちょっとね……」


 ヴォルグラウを物のように考え、自分のために利用しようとしか考えていないデウルゴ。

 虐待とも言える事をしていたのもそうだし、あれを前にしてイライラしないという方が無理だろう。

 実際、ティルラちゃんも怒っているし、クレアもそういった雰囲気を出していたからな。

 普段は温厚なセバスチャンさんですら、溜め息が止まらない様子だったし。


 色々頼った人は多いけど、レオにまで頼らずなんとかしようとして、できなかったのが悔しい……というのもあるかもしれないけど。

 実は、デウルゴの木剣を弾き飛ばす時、無防備すぎる体や顔面に叩き込もうか? という考えが頭をよぎったのはここだけの話だ。


「すぅ~……はぁ~……よし! これで、大丈夫かな?」

「はい。いつもの格好いいタクミさんに戻りました」

「……ありがとう。クレアも、笑っていると本当に……き、綺麗だよ」

「タ、タクミさん!?」


 深呼吸をして、意識をしつつクレアに笑いかけると、思わぬ不意打ちというか返答。

 鼓動が跳ね上がるのを我慢しつつ、反撃とばかりにクレアを褒めておいた……けど、最後にちょっとどもってしまった。


「んー? タクミさんと姉様、真っ赤です? あのデウルゴって人に、それだけ怒っているんですか?」


 俺とクレア、両方の顔を見上げて首を傾げるティルラちゃん。

 ははは……と、苦笑して熱を持った顔をごまかしながら、曖昧にしたままレオの所へと急いだ。

 これ以上ここでクレアとやり取りしていると、色々な感情が漏れてしまうかもしれないから。

 ……デウルゴへの怒りから、感情の抑えがきかなくなっているのかもしれなかった――。



「ワフ……クゥーン」

「……どうしたんだレオ、急に?」


 詰所を出てすぐ、レオと合流するとすぐに俺の前でひっくり返るレオ。

 何故か甘えるような声を出して、お腹を見せたまま尻尾をフリフリしている。


「クゥーンキューン……ワフワウゥ……」

「あー、すまん。レオに怒っているわけじゃないんだぞ?」

「ワフ?」

「あぁ、大丈夫だ。レオが頑張ってくれたら、すぐに終わるから」


 前足をクイクイと動かしているので、お腹を撫でてやりながら事情を聞くと……俺が怒っているような気配を感じたらしい。

 気配に敏感なレオだからこそ感じ取ったんだろう。

 表情はクレアとのやり取りでなんとかなったけど、気分の方は完全に切り替えられていなかったようだ。

 周囲を見てみると、屋敷から一緒に来ていたニコラさんやエルミーネさん、それとアルフレットさんがが困惑している様子だった。


 まぁ、レオの巨体で急にひっくり返ったら誰でも困惑するよな。

 ライラさんなら動じなかったかもしれないけど、リーザを見ていてもらっている。


「ほらレオ、こんな所で転がっていたら背中が汚れるぞ?……風呂に入りたいんだったら、別だけど」

「ワウ!? ワフー!」

「ははは、ちゃんと最近はお湯をあまり使わないようにしているのに、それでも風呂その物は好きじゃないだなぁ」


 風呂というワードに反応して、慌てるレオは背中と首の力だけで飛び上がり、空中で一回転してシュタッと着地。

 この世界に来てから何度か見ている動きだけど、相変わらずすごいなぁ……。



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