第1165話 ティルラちゃんに異変が起きました



「あ、ティルラお姉ちゃんだー!」

「ティルラちゃん、先に来ていたんだ。うん? 何か神妙な表情になっている気がするけど……」

「ワフゥ?」


 裏庭に出てすぐ、フェンリル達やラーレ、ヴォルグラウと一緒にいるティルラちゃんを見つけて、リーザが駆けて行く。

 俺達より先に来ていたのはヴォルグラウが気になっているからかな? と思うのとほぼ同時に、ティルラちゃんの雰囲気というか表情がいつもと違う事に気付いた。

 レオも、俺の隣で首を傾げている。

 ティルラちゃん、真剣な表情でフェンリル達と向かい合って、時折頷いたりしている様子だけど……何を話しているんだろう?


「タクミさん、おはようございます」


 ティルラちゃんの様子を窺っていると、俺達と同じように屋敷から出てきたクレアから朝の挨拶。

 既に裏庭に来ていた従業員さん達以外にも、屋敷から続々と従業員さんや使用にさん達が出て来ている。


「クレア、おはよう」

「ティルラの方を見ていたようですけど、どうかされましたか?」


 俺が見ている方を不思議そうに見ながら、クレアに聞かれる。


「うーん、俺がどうかしたっていうわけじゃないんだ。けど、なんとなくティルラちゃんの様子が、違うような気がしてね」 

「ティルラのですか……? んー、確かに違いますね。いつもなら、ラーレやフェンリル達といる時は笑っている事が多いのですが……。今はリーザちゃんもいますし」

「ですよね」

「ワフ」


 クレアとティルラちゃんの様子を確認して、頷き合う……レオも頷いた。

 元気がないとか、調子が悪いという風には見えないティルラちゃん、いつもならリーザと一緒にラーレやフェンリル達と遊んだりじゃれあったりして、笑っている事が多い。

 でも今は、リーザと朝の挨拶をしつつも、神妙な面持ちのままフェンリル達と向き合っている。


 うーん……聞いてみるべきか、なんて考えていたら、そのティルラちゃんがこちらに駆けてきた。

 リーザはフェンリル達と一緒にいるけど……珍しいな、ティルラちゃんがリーザ達を置いてこちらに来るのは。


「姉様、タクミさん、おはようございます!」

「おはよう、ティルラちゃん」

「ティルラ、おはよう」


 なんだか焦っているというか、真顔のティルラちゃんは俺達に何か話したい事がある様子に見えるけど……まず朝の挨拶が先なのは、クレアさん達の教育のたまものか。


「タクミさん、昨日の事がなんだかわかりました!」

「昨日の事?」

「音が聞こえるって、タクミさんと話した事です!」

「あぁ、そういう話もしたね。でも、あの時はよくわからなかったんだっけ……」


 しきりに首を傾げたり、いつもとはどこか違う様子だったティルラちゃんは、音が聞こえるって不思議がっていたのを覚えている。

 よくわからない音とかが聞こえたら、怖がったりするものだけど……怖い感じのする音じゃなかったのかもしれないな。

 あと、幽霊とかそちら方面の考え方が、ほぼないからかもしれないけど。


「そうです。何かわかったらタクミさんに相談するって、話しました!」

「うん、そうだね」


 まぁ、わかったらというより困ったら、というニュアンスだったんだけど。

 ともかく、理由がわかって話してくれるのなら、どちらでもいいか。


「私じゃなくて、タクミさんなのね。頼りにする気持ちはよくわかるけど」

「ははは……まぁまぁ」


 妹のティルラちゃんが、真っ先に相談する相手が俺だったからか、ちょっとだけクレアが膨れ気味。

 昨日相談するって話をしたからだろうし、次何か困った事があったら、クレアに相談すると思うからあまり気にしなくてもいいと思う。


「それで、ティルラちゃん。音の正体はなんだったんだい?」


 ティルラちゃんは真剣な様子だけど、困っていたり怖がっている様子はない。

 だから、恐ろしい音だとかそういう事ではないんだろうけど……。


「音は、声だったんです」

「声……?」

「はい! タクミさんとか、姉様、リーザちゃんとかとは違う声……フェリー達やラーレと一緒にいて、わかりました!」

「声、声か……」


 さっきまで、神妙な面持ちでフェンリル達と向き合っていたのは、それを確かめるためなんだろう。

 でも、声なんてフェンリル達は鳴き声を上げるし、従魔契約をしているラーレに至っては、ティルラちゃんには言葉として伝わっているはず。

 わざわざフェリー達といる必要があるのかわからない、一体どういう事なんだろう?


「その声はどこから聞こえたの、ティルラ?」

「えっと、それは……あ……」

「ティルラ?」

「ティルラちゃん?」

「ワウ?」


 クレアが詳細を聞いて、ティルラちゃんが答えようとした瞬間だった。

 急にティルラちゃんの目の焦点が合わなくなったように、俺達には見えた。

 虚空を見ているような、何も見ていないような……。

 思わず、クレアも俺もレオも、ティルラちゃんに対して呼びかけるが……呼び声に反応する事なく、前のめりにティルラちゃんが倒れた。


「ティルラ!?」

「ティルラちゃん、だ、大丈夫!?」

「ワ、ワフ!」

「……」


 驚いてそれぞれが声を掛けつつ、俺が慌ててティルラちゃんの上半身を抱き上げる。

 表を向いたティルラちゃんの顔は、先程焦点が怪しくなった目は完全に閉じられており、開く気配はない。

 息は……。


「静かだけど、ちゃんと呼吸はしている。寝ている……のとは少し違うみたいだけど」


 耳をティルラちゃんの口元に近付けると、静かにゆっくりと呼吸をしているのが確認できた。

 寝ているような静かな呼吸だけど、ピクリとも動かないティルラちゃんはそれとは違う気がする。

 そもそも、極限まで寝不足だったというわけでもなし、話している途中で急に寝るなんて不自然な事なわけないからな……気絶と言った方がいいんだろう。


「ティルラ、ティルラしっかりして!!」

「ワウ、ワウ!」


 クレアやレオの呼びかけにも、一切反応を示さないティルラちゃん。

 使用人さん達も慌ててこちらに来たり、フェンリル達やラーレ、リーザも様子に気付いてこちらに近付いて来ているし、屋敷から出てきたセバスチャンさんも、すぐに異変を察知してこちらへ駆けて来る。

 にわかに騒然となる裏庭で、ティルラちゃんはただただ目を閉じて静かに呼吸をしているだけだった――。


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