第1150話 キースさんと契約関係の話をしました



「どうしましたか、タクミさん?」


 クレアを見ながらぼんやり考えている俺に対し、不思議そうに首を傾げるクレア……少し身長差がある影響か上目遣いだ。

 俺の意識が関係しているからなのかもしれないけど、かなりの破壊力がある事を本人は自覚しているんだろうか?


「……いや、なんでもないよ」

「そうですか?」


 首を振って誤魔化す俺に、キョトンとするクレア。

 やっぱり、そろそろ自分の気持ちを無視する事が難しくなってきているのを自覚する。

 とはいえさすがに、使用人さん達が集まっている場で何かを言うわけにはいかないので、今は誤魔化しておくしかない。

 何人かの使用人さんは、俺達を微笑ましく見ているけど。


「とりあえず、荷物を置いてから皆と合流しよう。ヴォルグラウの事もあるけど、結局俺やクレアはあれから話をしていないからね」

「そうですね。私も、そろそろ着替えたいですし……」

「あれ? 淑女としては、ドレスも着慣れておかないといけないんじゃない?」


 以前のクレアなら、淑女として……もしくはそれを目指す女性として、ドレスを着替えたいなんて言わなかっただろう。


「もう、タクミさん。以前はそう考えていましたけど、今は少し違うんですから」

「ははは、そうみたいだね」


 まぁ、ドレスは体を締め付けたりと長時間着ているのが辛そうだからな。

 着た事がない男から見ても、それくらいはわかる。

 着飾ったクレアはまさしく美女という言葉が相応しいから、ちょっと残念ではあるけど……頬を少し膨らませるクレアの普段の様子も悪くないと考えてしまっている俺がいて、ちょっと困った。


「あ、キースさん。すみませんけど、一緒に来てもらえますか? あ、すみませんジェーンさん」

「畏まりました」


 エルミーネさんと部屋に戻るクレアと別れ、俺も部屋に戻ろうとする前、使用人さん達の中にキースさんを発見して声を掛ける。

 ジェーンさんは自ら進み出て、俺の持っている荷物を持ってくれた……レオやヴォルグラウと一緒に行ったリーザのもあるから、ありがたい。


「アルフレットさん達は?」

「皆、裏庭に行っております。ティルラお嬢様とチタさんが張り切って、改めてフェンリル達の紹介と、ラーレやコッカー達の紹介をしているようです」

「セバスチャンさんが、驚く人達を前にラーレやコッカー達の説明をしていますよ」

「ははは、楽しそうですね」


 部屋に戻るため廊下を歩きながら、皆がいる場所を聞く。

 セバスチャンさんの事だから、ラーレやコッカー達が屋敷にいる経緯だけでなく、魔物としての生態とかも講義してそうだ。

 そこにレオやヴォルグラウ、リーザが合流しているだろうから、かなり賑やかで楽しそうだ。

 というかチタさん、ティルラちゃんと一緒にそっちにいるんだな……まぁ、フェンリル達のお世話役みたいな話をしたから、いいんだけど。


「してタクミ様、私を呼んだ理由ですが……」

「あぁ、そうでした。スリッパの方が契約段階なので、頃合いを見てハルトンさんのお店に。あと、カレスさんとニックの給金に付いても話したんですが……」


 キースさんを呼んだのは、早い話がお金に関する事を話すため。

 スリッパはもう販売を待つだけだし、ニックに関しても決めておかないといけないからな。


「畏まりました。タクミ様の発案を受けて、商品を開発する人物ですから大きな問題はないと思いますが、必ず利益の得られる契約にまとめましょう」

「あぁいや、契約自体はほとんどまとまっているので……」


 意気込んでいる様子のキースさん。

 ただ、俺はスリッパで大きな利益を受けようとは思っていない事を伝え、現時点で決まっている内容も話して契約に関しては不備がないかの確認をするくらいにしてもらった。

 ハルトンさんは信用できるから滅多な事はないはずだけど、詳しいキースさんに見てもらっての確認は重要だ。

 この世界での契約関係には詳しくない俺が見るよりは、ちゃんとしているはずだし……もちろん俺も確認して、勉強させてもらうつもりだけども。


「お荷物、こちらに置いておきますね」

「ありがとうございます、ジェーンさん。――どうですか、キースさん?」

「タクミ様は、もう少し利益を求める考えをした方がよろしいかと思いました。ニックさんはともかくとして、スリッパの発案料に関してはもう少し……いえ、もっとあげられたと思いますが」


 部屋に入り、ジェーンさんに持ってもらった荷物と、俺が持っている荷物を置く。

 お礼を言いつつ、キースさんには契約に関する話の繋がりで、俺が受け取る発案料も伝えてある。

 ニックの給金は問題なさそうだけど、やっぱり発案料はちょっと渋い顔をされてしまった。


「薬草園での利益の他にも、別の事で収入を確保していればそれだけ、タクミ様の今後が安定するのです。タクミ様がしたいのであれば、働く者達の給金も増やせますし、タクミ様自身が使う事も可能です。今回はクレアお嬢様ともつながりのある商人が相手なので、おそらく問題はないでしょうが……」

「あー……ははは……そうですね。使い道に困るとは言っても、あって困る物ではないですし、何か別の事にも使えますよね……」


 淡々と正論をキースさんに言われる。

 そりゃそうだよな……ハルトンさんを特別儲けさせようとかではなく、単純に俺自身が利益を求めなかったからなので、言われても仕方ない。

 お金に困っていないからといっても、使い道なんて考えれば何かあるはずだし……特に商売関係の知識があるキースさんからしてみれば、俺の考えは甘いんだろう。


「タクミ様、狡猾な商人もいるという事を、よく覚えておいて下さい。私達がいますのでそんな事はさせないよう務めますが、足下を見て来る者もいるのです。自分の利益を得る事が至上と考える商人は少なくありません。今回はタクミ様が発案しているので優位に進められますが、相手側の商人が優位な場合にこちらが不利になる契約をふっかけて来る者もいます。それは、たとえ相手が貴族であってもです。旦那様……公爵様のお屋敷で、分をわきまえずに公爵様側に不利な契約を結ぼうとする商人を、履いて捨てる程見てきました。公爵様はお優しい方なので、悪事に繋がる事でなければ滅多に罰しませんし、家令や使用人が精査して弾きます。タクミ様も、私達にご相談下さるのであれば事前にご忠告できます。くれぐれもお気を付け下さい……」

「は、はぁ……」


 早口でまくし立てるキースさんの迫力に押され、生返事をする……しかできなかった――。


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