第1148話 犯人は従魔の主人のようでした



「ウルフの主人が? ですが、従魔にしたウルフを攻撃する理由など……」

「それが、役立たずだから……らしいです」


 その部分は、ウルフも悲しそうな鳴き声を上げていたな。

 俺達が治療し、今は床に丸まってリーザが撫でて健やかな寝息を立てているウルフ……デウルゴという人間に付けられた名前は、ヴォルグラウらしい。

 そのヴォルグラウに怪我をさせた張本人は、主人であるデウルゴ。

 デウルゴが役立たずだからと言って、魔法で攻撃したらしい……しかも、甘えさせると言って仰向けにさせ、無防備なヴォルグラウに対して、だ。


「そのような事をする考えが……いえ、役立たずという事は何かしらをさせたかったのでしょう」

「それはヴォルグラウもわからないそうです。でも、いつも訓練と言って色々な事をさせられていたみたいですね……」


 理由はわからないが、デウルゴという人物はヴォルグラウに対して、しょっちゅう武器を向けたり、魔法を放ったりしていたらしい。

 幸い、これまでは大きな怪我はなかったらしいけど、ついさっき……俺達が見つける少し前に、溜め息を吐いたデウルゴがヴォルグラウを油断させて、魔法を直撃させたんだとか。

 ヴォルグラウ自身も、なんでこんな事をされるのかよくわかっておらず、自分が弱いからだとか、もっと役に立たないと、というように反省や後悔をしていた。


「正直、ヴォルグラウからの話を聞いただけですけど……反省も後悔もするような内容には、俺は思えません。食事も満足に与えてもらえなかったみたいですし」


 大きな怪我はしなくても、小さくすぐ治るような怪我はしょっちゅうだったらしい。

 ただ、その怪我をさせたのはデウルゴであり、怪我をした日は食事をさせてもらえなかったと。

 痩せ細っていたのもそれが原因だろう。


「……満足に食べられなければ、動きも鈍って当然です。デウルゴという人が何をしたかったのかはわかりませんが……」

「そういう事でしたか」


 ニコラさんは、沈痛な面持ちで俯く。

 結局、ヴォルグラウを痛めつけるだけ痛めつけて、そのデウルゴは捨てたって事だ。

 デウルゴが去り際に、そのような事を言っていたみたいだから……言った内容も、ヴォルグラウは覚えていたようだけど、正直思い出したくもない。


 苦しそうに鳴き声を絞り出し、反省と後悔を滲ませながらも教えてくれたヴォルグラウ。

 両手に力が入り、沸き上がる怒りをため込むようについつい拳を作る俺。


「タクミさん……」

「あぁ、ごめん」

 

 クレアがそっと俺の手を取って解してくれたおかげで、少し冷静になれた。

 いかんいかん、ヴォルグラウはリーザに撫でられて丸まっているだけで、寝ているわけじゃない。

 こんな雰囲気を出していたら気にしてしまうな……こういう雰囲気には敏感そうだ。


「はぁっ! んっ!」

「タクミさん?」

「タクミ様?」


 陰鬱とした感情を溜め息と共に吐き出し、クレアさんが解いてくれた両手で頬を軽く叩く。

 突然自分を叩いた俺を見て、クレアとニコラさんは驚いている……おっと、リーザもこちらを見て驚いているな、心配を掛けないように気を付けないと。


「ちょっと、気分を変えようかと。とにかく、ここでこうしていても始まらないし、起きた事は起きた事だから」


 考え込んでしまっていても始まらないから、無理矢理気持ちを入れ替えた。


「そう、ですね」

「デウルゴ、という者についてはどういたしましょうか?」

「衛兵に言って、捜索を。その者の従魔とはいえ、これは見過ごせません。必ず見つけ出しなさい!」

「はっ、畏まりました!」


 ニコラさんに指示を出し、衛兵に伝えてデウルゴの捜索を手配するクレア。

 人間相手に、一方的に魔法で怪我をさせたとかなら、確実に捕縛、処罰対象だろうけど……この場合どうなるんだ?


「従魔に対して怪我をさせたデウルゴは、捕まえて罰する事はできるの?」

「少々難しい判断ですね……」


 衛兵さんに伝えに行くため、部屋を出て行くニコラさんを見送りつつ、クレアに聞いてみる。

 なんでも、従魔は契約をした本人と同等というか、同じ存在として扱われるらしい。

 つまり、従魔が何か事件を起こせば主人の責任だし、その主人がやった事となるわけだ。

 もちろん、誰かが誰かの従魔を理由もなしに攻撃するのは、その主人を攻撃した事と同じに見なされる。


 例えばレオが何もない人に怪我をさせたり、シェリーが誰かを襲ったりした場合、俺やクレアがその罪を課せられるというわけだ。

 まぁこれは責任を持つ事でもあるので当然だな……

 レオやシェリーは、理由もなく他人を攻撃したりはしないけど。


「じゃあ、もしデウルゴを捕まえたとしても、その人の従魔だから……」

「言ってみれば、自傷行為をしただけ……と言い逃れができてしまいます」

「そうなんだ……」


 ヴォルグラウがやられた事は、聞く限りだと動物虐待と言える。

 例え自分が飼っている犬や猫であったとしても、日本なら罰せられんだけど……難しいか。

 ただ、日本だと飼っている動物は、飼い主の所有物で物扱い。

 こちらは主人と従魔が同じ存在として、人に近い扱いになるようだから、どちらがいいとは一概には言えないかもしれないけども。


「ただ……」


 俺が俯いたのを見たクレアが、考えるように呟く。


「?」

「今回は私が見ているので、何もできなくはありません。それにシェリーもいます。通常、魔物は従魔にした主人にしか明確な意思疎通はできませんが、私やレオ様、リーザちゃんがいるのでヴォルグラウが話した事として証明できます」


 顔を上げた俺に、力強い眼で俺を見返しながら話すクレア。

 成る程……通常なら従魔が何か訴えかけようとしても、それは契約をした主人にしかわからない。

 けど今回は、レオやリーザ、シェリーがいてヴォルグラウが何を言っているのかが正確にわかるから、証言として正しいものとみなされるのか。

 特にクレアは公爵家のご令嬢で、レオはシルバーフェンリル……デウルゴがどういう人物かは知らないが、どちらの話を優先するかは明白ってわけだ。


「キャゥ!」

「私?」

「そうよリーザちゃん。魔物の言葉を聞けるっていうのは、十分武器になるの」


 名前が出て来たからか、シェリーが深く頷く……内容をちゃんと理解しているかは少し怪しいけど、頼もしい。

 ヴォルグラウを撫でていたリーザは、不思議そうにクレアを見て首を傾げた。

 教育的な意味で聞かせたくなかったが、いてくれて良かったとも思う――。



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