第1142話 販売開始前なのにデザインが増えました



「この耳をもっとこう……こういうした方が、可愛いと思うのです!」

「パパ! こっちも可愛いと思うよ?」


 と、スリッパを見ていたティルラちゃんとリーザが、デザインについての提案をした。

 二人で何か話していたようだったのは見ていたけど、見た目の改良についてだったか。

 慣れていないながらも、紙に書いてスリッパのデザインをハルトンさんや俺達に見せる二人。


 ティルラちゃんの方は、耳を長くして幅広に……もはや耳と言うより、鳥の翼みたいな? ラーレやコッカー達を見ているからだろうか。

 むしろ帽子のデザインにした方が合いそうだ。

 リーザの方は、三角耳で短く小さめのワンポイントに……こちらは多分、デリアさんの猫っぽい耳を参考にしているのかな?


「二人共可愛いのだけれど……さすがにティルラのは、少し邪魔にならないかしら?」

「ふむ、面白い案ですな。バリエーションが増えそうです」


 なんて、クレアとハルトンさんが交じって、デザインについて話し始める。

 俺はとりあえず履ければいいし、デザインについて一家言あるわけでもなく、楽しそうにしている皆の様子を眺めながらライラさんやエルミーネさんと談笑するだけにしておいた。

 俺が参加したら、絶対前衛的なスリッパではない何かができそうだからなぁ……。



「では、実物ができ次第送るようにいたします。おそらく、他のスリッパがお送りできるのと同じ頃になるかと」

「わかったわ、お願いね。少し無理をさせるようだけれど……」

「いえいえ、こういった新しい意見というのは良いものですよ!」


 しばらく後、白熱したスリッパデザインの話し合いを終えた。

 今回の話し合いでできた物は、ちゃんと送ってもらってこちらで確認してからの販売となっている……お試しな部分もあるし、何故か途中からクレアが主体となっていたからなぁ。

 ちなみに、でき上がる頃にはランジ村に行っている頃なので、そちらに送られる、まぁ運ぶのはニックの予定だけど。

 ハルトンさんが手配する手間が省けるからな……とは言っても、カレスさんの店の状況とニック次第だけど。


 カレスさんには、ハルトンさんが話してくれるそうだ。

 公爵家や俺と確実なつながりのあるお店だから、協力関係というか連携した方がいいだろうからとの事。

 元々、同じラクトスでお店をやっている者同士で、知り合いではあるそうだし。


「……うーん、私の考えたのも可愛いと思うんですけど」

「リーザのは、クレアお姉ちゃんと一緒ー!」

「ティルラのは、履く物としては大き過ぎなのよ。――ふふ、私とリーザちゃんは、似ていたから色違いになったわね」


 仕立て屋を出る直前、納得がいかない様子のティルラちゃんと、喜色満面のリーザ。

 確かにティルラちゃんのは、ほとんど翼のような形になっていて正直なところ、歩くのには邪魔になりそうだったからなぁ。

 多分、履いていたらその部分が床をこすってしまい、早々に破れるか汚れるという事で不採用。

 リーザのは、デリアさんの耳を想像していたようで黒い三角耳……ピンと立っている形を維持するのは難しそうだけど、そちらは採用となった。


 同じく、レオやシェリーの耳を想像していたクレアは、形が近いのでリーザのと合わせて色違いで作る事になったらしい。

 リーザのは黒で、クレアのは白……さすがに、布の色を銀色にするわけにはいかなかったらしい。

 最近ラクトスでは狼を模した物が流行っている事もあり、スリッパも少し工夫してみるとハルトンさんは言っていたけど……いったいどんな物ができるのか。

 まだ販売前なのに、デザインを増やして本当にいいのかどうかわからなかったけど、やる気のハルトンさんはもとより、リーザやクレア達が楽しそうだからいいかと思った。


「ワフ……ワフゥ?」

「ん、どうしたレオ?」


 ハルトンさんのお店を出て、おとなしく待っていたレオと合流して褒めた後、セバスチャンさん達の方と合流するべく移動していると、途中でレオが横道に顔を向けて首を傾げた。

 何か気になるものでも見つけたような感じだ。


「ワフ、ワフワフ」

「見てみないとわからないけど、気になる感じって言っているよ」

「キャゥ?」

「シェリーは、何もわからないみたい」


 レオの鳴き声をリーザが通訳して、俺だけでなくクレア達にもわかりやすく教えてくれる。

 シェリーの方はレオと違って特に何も感じないらしいけど、まだ子供だからそういった感覚が育っていないのかもしれない。


「ありがとうリーザ。レオが気になる感じか……クレア?」

「そうですね……レオ様は、私達ではわからない気配や匂いを感じる事ができますから……」


 嗅覚だけでなく、聴覚や視覚、それこそ気配を感じる力も薬草の力で増幅しなくとも、レオは俺達よりよっぽど優れている。

 ランジ村の病や、リーザを発見した時がいい例だな。

 そのレオが気になると言っているのだから、横道を行った先には何かあるんだろう。


「見てみた方がいいかもしれないね。――レオ、危険はなさそうか?」

「ワフ!」

「そうか。クレアはここで……」

「いえ、タクミさん。このままで行くのは確かに躊躇われますが……構いません。レオ様が気になる何か、私も気になりますから」


 勢いよく頷くレオからは、危険な事はないとの自身が窺える。

 ただ、横道は建物と建物の間を通るので、ドレスのままのクレアが通るには少し狭い。

 もしかしたら汚れてしまうかもしれないから、ここで待っていてもらおうかなと思って声を掛けたんだけど……本人は拳を作って行く気満々。

 まぁ確かに、レオが気になる程の事っていうのは俺じゃなくても、見たくなるものかな。


「クレアお嬢様の事はお任せ下さい」

「えぇ、お願いねエルミーネ」


 エルミーネさん、何をどう任せるのかはわからないけど、何やら細い路地を歩いてもドレスを汚さない方法があるとか?

 まぁ、俺にはわからない何かがあるようだし、エルミーネさんは自信満々、クレアは頷いて任せる気満々なので、止める必要はなさそうだ。

 ……エルミーネさん、意外とクレアの興味本位な行動を後押しする側だったか――。



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