第1117話 クレアの思考が暴走している気がしました



「はぁ……執事長に指名されたその日に、このような失敗をするとは……」

「ワゥ……」


 うずくまって溜め息を吐くアルフレットさんの背中を、ぽんぽんとレオが前足で慰めるように軽く叩く。


「以前から、それがどんなに疑わしい事でも信じてしまう癖があるんです。しかも頃合いを見てそれを実行しようとまでするので……はぁ、本邸にいた時は止めるのが大変でした」


 書物など、この世界でも知識を蓄える手段としては有用なんだと思う……セバスチャンさんの豊富な知識とか。

 でもそれが本当に正しい事なのかとか、確認するのが難しいため、真偽が定かではない事も記されてしまうんだろう。

 そしてそれをそのまま疑う事なく、他の情報や知識と比べて精査せずに信じてしまい、さっきネーギを持ってきた時のように実行してしまうんだろう。


「もしかして、それでよく喧嘩というか……衝突を?」

「お恥ずかしながら……」


 クレアが本邸にいた頃は、アルフレットさんとジェーンさんはよく喧嘩をしていたと聞いた。

 もしかしてと思ったら、溜め息交じりに頷いて肯定するジェーンさん。

 そこからどうして結婚を……とは思ったけど、聞くのはちょっと突っ込み過ぎだろう。


「えーっと、アルフレットさん? 俺は気にしていませんから……元気出して下さい」

「タクミ様……はい! 執事長としてタクミ様に恥をかかせないよう、一層精進致します!」

「まぁ、程々に……」


 とりあえず、いつまでも部屋の隅でうずくまっているのもなんだから、声をかける。

 すぐに立ち上がったアルフレットさんは、直前まで落ち込んでいた様子は微塵も感じられない……立ち直りが早いな。

 まぁ、無理せず頑張ってくれるならそれでいいか。


「病で臥せっているタクミ様に励まされる時点で、不足していると思いますけど」

「うっ!」


 手厳しいジェーンさん。

 確かに、補助やお世話をする側のアルフレットさんが、お世話される側でしかも熱を出している俺に慰められるというのは、あまり恰好は付かないか。


「ワフ」

「お、レオ。見ててくれるのか?」

「ワフゥ」


 そんなアルフレットさんとジェーンさんのやり取りを余所に、再び近付いてきたレオがベッドに顎を置いた。

 俺の顔のすぐ横にレオの鼻先があるんだけど、ちょっと鼻息がかかってくすぐったい。

 心配してくれているんだろうし、気持ちはありがたいので手を伸ばして軽く撫でておいた。



「お待たせしました、タクミさん」

「夕食ができました……あら? リーザ様に、ティルラお嬢様?」

「あははは……」


 しばらくして、うどんができ上がったんだろう……器を載せたワゴンを押したクレアとライラさんが、部屋に戻って来る。

 にこやかなので、料理に失敗したという事はないんだろう二人は、部屋の様子を見て首を傾げた。


「姉様、昨日の……醤油ぶっかけでしたっけ? 同じのを作ったんですか?」

「そうよ、ティルラの分もあるわ。でもこれはタクミさんのだからね」


 ティルラちゃんが、クレアの押しているワゴンを見ながら聞いている……お腹が空いているのかもしれない。


「……あ、パパごめん」

「あはは、リーザもか。食べ物の匂いがしたら、お腹も減るよなぁ」


 俺の頭元でリーザがお腹を鳴らし、恥ずかしそうに謝る。

 女の子だからか、お腹が鳴るのは恥ずかしいという認識のようだ……男女関係なく恥ずかしがるものだけど、ティルラちゃんはまだあまり恥ずかしがらないんだよなぁ。


「それでタクミ様、どうしてそのような寝姿に……?」

「あーこれは……」


 手早くテーブルをベッドに近付けたり、ワゴンから器を乗せ換えたりしながら、ライラさんからの問い。

 疑問に思うのも無理はない、今俺はレオが顔に鼻先を近付け、頭はリーザの二本の尻尾を枕にしている状態だから。

 ライラさんやクレアに、リーザ達が来てからの状況を説明。

 ちなみに、アルフレットさんとジェーンさんもまだ部屋にいて、ゲルダさんやシェリーも来ている……ちょっと数が多くなっちゃったなぁ。


 リーザ達にはあれからすぐ、アルフレットさんに呼んでもらった。

 熱があるんだからおとなしく寝ていた方がいいとは思うんだけど、クレア達が夕食を作り終えるまで、なんだか落ち着いて寝られなさそうだったから。

 それと、酷い病ではない事を見せて安心して欲しかったというのもある。

 そこから、リーザとティルラちゃんがシェリーも一緒に連れて来て、話をしているうちにジェーンさんが触り心地抜群のリーザの尻尾に注目。


 ふかふかの尻尾で寝たら疲れも吹き飛びそう……と尻尾を撫でながら呟いた事で、リーザが俺に対して尻尾枕を提案。

 リーザなりに俺のためを思ってとか、心配しての事だろうから断れず、そのままクレアやライラさんが来るまで枕にさせてもらったってわけだ。

 ……確かに気持ち良くて、体温もあってほんのり温かくて安心するから、すごくいい夢が見られそうではある。


「そういう事だったんですね……ちょっとズルいです」

「……クレア?」

「いえ、なんでもありません。そうですよね、リーザちゃんも心配していますものね……それは私も同様ですから……」

「クレアお嬢様、邪な事を考えているところ申し訳ありませんが、先に食べてもらいませんと」

「そ、そうね。それが先よね! ってライラ、私は別に邪な事なんて……」


 俺の事……というよりリーザの方を見て、納得した後何やら呟くクレア。

 どうしたのかと思ったけど、首を振った後ブツブツと小声で呟くだけだった。

 それを準備を済ませたライラさんが声をかけて中断、何故か焦るクレア……頬が赤くなり始めているから、何か変な事でも考えていたのかもしれない。


「ジェーン、ちょっといいかしら?」

「はい、何でございましょうか、クレアお嬢様」

「……男性って、やっぱり……で……かしら?」

「そうでございますね……これまで私が見てきた男性も……アルフレットも……」

「やっぱり……」


 ジェーンさんを呼び、部屋の隅に移動して何やら話し始めるクレア。

 断片的にしか聞こえないし、アルフレットさんの名前も出ているけど……何かまた俺への感情やらが暴走しているのかもしれない。

 それくらいがわかるくらいには、俺もクレアの事を見てきているからな――。



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