第1109話 指名しなかった人達に説明しました



「あまり無理はしないようにしてくださいね、シャロルさん。まぁ、こちらはセバスチャンさんがいてくれるでしょうし、他にも慣れた使用人さんがいてくれるので、大丈夫だとは思いますが」


 別にフェンリルのお世話役を、シャロルさんとチタさんに限定しなくてもいいんだけど、自らやりたいと考えてくれている人にやってもらった方がいいからな。

 納得して恭しく礼をするシャロルさんには、無理をし過ぎないようにとだけは言っておく……屋敷にはフェンリルに慣れている使用人さんが多いので、早々無理はできないだろうけど。


「アロシャイスさんや他の人達は……」


 その後、シャロルさん以外にも選ばなかった理由を伝えていく。

 ほとんど、ライラさん達と一緒に考えていた通りに、アロシャイスさんはスラムの関係でティルラちゃんと一緒に屋敷にいた方が良さそうだと思った事。

 ジルベールさんは若い使用人として、俺よりも屋敷に留まって頑張って欲しかったのと、実はセバスチャンさんが残って欲しそうだった事を伝えていく。

 エミーリアさんは……単純に乗り物酔いをするからって理由なのは、ちょっと申し訳なかったけど。


 チューインガムを用意すれば、多少緩和されるとはいえ長距離を移動するのは辛そうだし、チューインガムにも限りがあるので、常に用意できると確約はできないから。

 それらを伝えたうえで、屋敷に留まって平穏に過ごして欲しい……と言ったら逆に感謝されてしまった。

 ……エンジェルフォールをしないだけで、乗り物酔いは結構きつかったみたいだ。


「タクミ様の深慮、私共の浅慮で推し量れず申し訳ございません。我々の事も、考えて下さったことに感謝いたします」

「ははは、そこまで大袈裟ではないですけど……えっと、この場合は頑張ってください、でいいのかな?」

「「「「はい!」」」」


 全員納得いった様子で、頷いてくれて良かった。

 どうしても俺に仕えたいというわけじゃないから、すぐに納得してくれたんだろうけど。

 多分、選ばれなかったという事に対して、どうして? と疑問が沸いただけだろうからな。


「タクミ様の下で働けないのは残念ですが……」

「シルバーフェンリルのレオ様や、ギフトを持つお方の下で働けるのは、光栄な事ですからね」

「残念ですが、致し方ありません。いずれ、タクミ様がまた新しく使用人を雇いたくなった際に、選ばれるようにしませんと」

「私はもう少し、乗り物に強くなります」

「えっと……あれ?」


 俺に雇われても構わない、という程度かなぁと思っていたんだけど。

 何故か皆、これから精進して機会があれば今度こそ選ばれます! と言うような雰囲気で意気込んでいた。

 ……意外と人気だった、とか?


「あ、それとヴォルターさんですけど……」

「ようやく俺の……じゃなかった、私の話ですね」


 最後の最後に、ヴォルターさんに関しても皆に伝えておく。

 選ばなかったからこのまま屋敷で働くわけじゃなく、ちょっと特殊で使用人というよりも違う方向で、ランジ村に来てもらう予定だからな。

 

「ヴォルターさんは使用人としての指名はしませんでしたけど、一緒にランジ村に行こうと考えています。ヴォルターさん自身にも確認して、了承を得ています」

「使用人ではないのに、ですか?」


 隣に並ぶヴォルターさんを示しながら伝えると、アロシャイスさんが首を傾げて聞いて来る。

 他の皆も同様に疑問を感じているようだ。


「ちょっと考えている事がありまして……」


 ヴォルターさんは使用人としてではなく、語り部みたいな役割を担ってもらおうと考えている。

 本人も孤児院での事で手ごたえを感じたのか、やる気はあるようだ。

 それに、使用人として俺やレオ達に関わるよりも、子供達に考えた物語を聞かせていた方が、精神安定上良さそうだからな。


「成る程……シルバーフェンリルの伝承ですか」

「そればかりではないですけど、主にシルバーフェンリルの事が多くなるでしょうね」


 史実とかも混ぜてになるだろうけど、基本はシルバーフェンリルやフェンリル達への悪感情をなくすような、そんな物語を作ってもらおうと考えている。

 とはいっても、まだ成功するとは限らないし、どういうお話を作るかも決めていないんだけどな。

 ランジ村に行くまでに、ヴォルターさんと打ち合わせして、一つくらいは作っておかないとなぁ。

 俺にそういった才能はないから、ほとんど任せる事になるだろうけど。


「まぁ、私が考えて聞かせるのだから、皆喜ぶだろう」

「調子に乗っていますね。そういう事はまず、フェンリル達に乗るのに慣れてからにして下さい」

「そ、それはこの話とは関係ないだろう」

「レオ様やフェンリルを怖がっていては、良いお話も作れないと思いますが……」


 何やらしたり顔のヴォルターさん……使用人ではない条件での抜擢で、ちょっと得意になっているのかもしれない。

 でも、すぐシャロルさんに突っ込まれてしまっていた。

 確かに、フェンリル達を怖がっていると、そういった内面が物語にも反映されてしまうのかもしれないか。


「でも、とりあえず今はヴォルターさんには、屋敷にある書物を読み込んでもらおうと思います。ランジ村に行くまでは、これまでと変わらず過ごしてもらいながら、ですけどね」

「だったら、使用人として働きながらレオ様やフェンリル達にも、少しは慣れる事ができるかもしれませんね」

「うぅ……書庫にこもりたい……」


 今回指名した使用人さん達もだけど、俺達がランジ村に移動するまでは基本的に屋敷の使用人として働いてもらう。

 何せ、まだ家も完成していないのだから、やる事がないからな。

 一応、ヴォルターさんの業務は減らしてもらうような手筈になっているので、書物を読み漁る……趣味みたいな時間は取れるはずだ。

 他の人達も俺に関係する事を優先でやるみたいだけど、とにかく移動するまではこれまでとほぼ変わらない。


「まぁまぁ。フェンリル達はまだ会っていないのでわかりませんけど、レオはランジ村の子供達にも人気ですから、少しでも慣れておいた方がいいかもしれません」

「……はぁ。思考が乱されそうですが、畏まりました」


 落ち込みながらも、了承するヴォルターさん。

 使用人じゃなくなるからって、フェンリル達と完全に拘わらなくてよくなるわけじゃないから、こればっかりは仕方ない。

 それでも、他の人達よりは拘わる時間が少なくなるはずだしな――。



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