第1045話 今度はシャロルさんについて聞きました



「まぁ、俺の事はともかく……シャロルさんについて、聞いても構いませんか?」

「あ、はい! なんでもお聞き下さい!」

「緊張したり、畏まったりする程の事じゃないですからね? あと、話したくないようなら、話さなくてもいいですから」


 これは使用人として雇う事に関係しない、とは言わないけど、俺が疑問に思って聞きたいだけの事だからな。

 教えてくれなかったからと言って、使用人として選ばないようにするとかはしない……俺に選ばれる事が、シャロルさんにとっていい事なのかはわからないが。


「シャロルさんは、フェンリル達に餌付けをとか、懐かせるにはみたいな事を考えているようですけど……お世話をしたいんですよね?」

「はい。フェンリル達に関しては、懐いてもらう事が協力関係を維持する事に繋がると考えています。そして、それは私がしなくてはいけない、お世話にも繋がる事だと」


 シャロルさんに対して気になっていた事……ライラさんの評価では、お世話をする相手を観察し、どのようにするかを必死で考えているという事だった。

 だけど、話しているうちにそれはライラさんのように、お世話をしたい欲求のようなものではなく、義務感のような感じではないかという印象になった。

 フェンリル達も含めて、誰でもお世話をしたがるという話を聞いたからなんだが。


「それです」

「はい?」


 俺の言葉に、キョトンとして首を傾げるシャロルさん。

 厳しめの目つきをしているシャロルさんにしては、珍しい表情だ。


「その、シャロルさんがしなくてはいけない、という部分ですね。お世話をするのは確かに使用人としては仕事の範疇なので、もちろんしなくてはいけないんでしょうけど……シャロルさんは、仕事とは関係ない義務感のような感じを受けます」

「そういう事ですか。その、そんなにわかりやすかったでしょうか?」

「わかりやすい……と言えるかはわかりませんが、俺の近くにはライラさんがいますから。お世話をしたがる人が近くにいるおかげで、なんとなく違う感じを受けたんですよ」


 ライラさんがいなければ、もしかしたらシャロルさんの考えには気付かなかったかもしれない。

 人の事に対して、鋭い方ではないと自分では思っているからなぁ。

 それはともかく、こちらを窺うように見ているシャロルさんからは、自覚があるように見える。

 無自覚で、お世話しなくてはいけないと考えているわけじゃなさそうだ。


「ライラさんと比べたら、確かに違いがはっきりしそうですね。あの人は、純粋に誰かのお世話をしたいと、心から考えている人ですから」


 シャロルさんが深く息を吐きながら言う……ライラさん、シャロルさんからの評価が高そうだ。


「私は……先程のアロシャイスさんとの話でも申しましたが、スラムから孤児院に入りました。物心ついた頃には、スラムで生活していたので親の顔も知りません」

「そうですか……」


 スラムにいた事情はそれぞれだろうけど、孤児で親の顔を知らないという人はそれなりにいるんだろう。


「ですが、アロシャイスさん程過酷な環境にいたわけではありません。生きるのに精一杯というのは、そうですけど。公爵領のスラムだったのもあって、ある時運が良く、孤児院に入る事ができたのです。それからは、毎日食べる物に困る事はなくなり、一人前の人間として生活できるよう教育されました」

「公爵領の孤児院は、着る物も食べる物も何も心配する事がなく、似たような境遇の子供達と無邪気に過ごせます」


 シャロルさんの話に、チタさんが補足する。

 アロシャイスさんは、自分が孤児院にいた事を思い出しているのか、うんうんと頷いていた。


「特に何かがあるわけではなく、そのまま孤児院で育ち、成人するとともに公爵家に仕えるようになったのです」

「そう、なんですね……」

「ふふふ、そんな沈んだ表情をなさらないでも良いのですよ。私にとって、今の行動指針となっていて、良い思い出になっているのですから」


 俺が子供の頃のシャロルさんの事を考えて、沈痛な面持ちをしてしまっていたのだろう。

 微笑んだシャロルさんに言われて、ようやく気付く。

 いかんいかん、話を聞こうとしたのは俺なんだから、どんな話が出て来ても逆に気を遣わせるようじゃいけないな。

 本人が過去の話として気にしていないようなのに、俺が気にし過ぎてしまっても失礼だ。


「えーと、すみません、気を付けます。……その、行動指針というのが、お世話をしなければいけないと?」

「はい、そうなります。孤児院での暮らしや公爵家の方々……大きな影響は孤児院での事ですが、公爵家が運営し孤児達が安心して暮らせるようにと、素晴らしい取り組みだと思っています。そうして、数々の人にお世話になり、今の私があります」


 厳しい雰囲気は一切なく、過去の事を話すシャロルさん。

 その様子からは確かに、良い思い出を語っているだけというのがわかる。


「お世話になった人々に、私から直接何かをして差し上げる事は、多くありません。ですから、私は公爵家に仕え、公爵家を盛り立てるために考えを巡らせます」

「それが、フェンリル達の餌付けに繋がると……」

「はい。シルバーフェンリルの伝承が伝わる公爵家、フェンリルとの繋がりを強くすれば、それだけで伝承の信憑性も上がります。それに、先程魔物と戦った時にはっきりしましたが、フェンリル達が公爵家と協力関係にあれば、何が起こったとて公爵家は安泰でしょう」


 つまり、多くの人にお世話になって今のシャロルさんがあり、その恩返しとして公爵家に拘わる人達……フェンリルも含まれるようだから、人に限らないみたいだけど……それらのお世話をして貢献したいって事か。

 まぁ、考えとしてフェンリルに協力してもらって、公爵家を盤石にするというのは間違っていないのかもしれない。

 フェンリルの能力の高さは、これまでの事で証明済みだからな。

 とは言え、それを昨日まで怖がって震えていた人が考えていると思うと、ちょっと怖くもなる。


 だからジルベールさんも、リルルに乗っている時シャロルさんを怖がっていたのか。

 ちょっと歪んでいるというか飛躍しているというか……それだけ、公爵家やお世話になった人達に対して、恩返しをしなければいけないと考えているのかもな――。


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