第968話 ハンデを付けてようやく互角近い勝負になりました



「ティルラちゃん、大丈夫かい?」

「はい。これならラーレが飛んでも落ちません!」

「よし。――ラーレも、手を抜けとは言わないけど、ティルラちゃんを落とさないように……少なくとも、鞍が背中に乗っているんだから、低い位置を飛ぶ時は気を付けるように」

「キィ!」


 取り付けた鞍にティルラちゃんを乗せて、安定しているかを聞きつつ、ラーレにも注意をしておく。

 低空を飛んでいる時、体を回転させたらティルラちゃんが地面に当たってしまうからな……。

 これでとりあえず重さが加わったし、不安定な飛行をしないためにラーレは低空飛行を避けるだろう、という目論見だったりする。


「よーし、それじゃ皆いくぞー!」

「ワフ!」

「キィ!」


 それぞれ整列しているレオ達も含めて声をかける。

 皆が頷くのを確認して、再びクレアが枝を投げるのに合わせて体を支え、その後俺もラーレ達用の枝を投げた。


「キィ!」

「ふわぁ!?」

「ピ!」

「ピピィ!」


 俺が枝を投げた直後にラーレが翼を大きくはためかせ、ティルラちゃんが上げた驚きの声を置き去りに真っ直ぐ上昇。

 コッカーやトリースも、負けじとバタバタ羽を動かして俺の腰くらいの高さを飛んで枝を目指す。


「……垂直に飛び立つとは思わなかったなぁ。まぁ、元々ほとんど助走を付けずに浮かび上がっていたから、こういう事ができてもおかしくないのか」


 垂直離着陸……ヘリとかでなら見た事があるけど、大型の翼をはためかせているから、多少周囲に影響があるけど強風が起こるとかではないので、ある意味ヘリより高性能なのかもしれない。

 比べるものでもないとは思うけどな。


「お?」


 真っ直ぐ飛び上がって屋敷の屋根くらいの高さまで上がったラーレは、一瞬だけ上空で静止。

 その場で姿勢を変え、地上を見下ろして俺が投げた枝へと顔を向ける……離れているからはっきりと見えないが、枝を見る視線は猛禽類よろしく鋭いように感じる。

 回転したりするほどの急な動きじゃないけど、鞍があるおかげでティルラちゃんも安定して乗れているようだ。

 こちらから見ていると、ちょっとしたジェットコースターに近い気がするな。


「キィー!」

「ピ!?」

「ピィ、ピピィ!」


 枝に向けて狙いを定めていたのか、一声鳴いた後ラーレが急降下で枝へと向かい始める。

 一生懸命飛んでいるから、はっきりと動きが見えているわけではないだろうけど、頭上から迫るラーレを感じ取ったのか、コッカーとトリースが焦るように声を上げた。

 最初からずっと全力だから、それで速度があがるわけじゃないけど……コッカー達かラーレのどちらが勝つか……。

 こちらから見ていると、速度はラーレの方が速いが一旦垂直に飛び上がったロスもあって、距離は今のところコッカー達の方が近い。


「……キィ!」

「ピー!」

「ピピィー!」

「おー、ラーレが取ったかぁ」

「すごいですラーレ!」


 急降下中、さらに鋭く声を発してラーレが加速……相当な速度が出ていたと思うが、そこからさらに加速できるのか、すごいな。

 そして、声を上げるコッカー達の上から降りてきたラーレが、枝を掬い取るようにくちばしで咥え、すぐに翼を広げて減速しつつ、高度を上げた。

 あの速度でも、はしゃぐ余裕のあるティルラちゃんは、最初の頃と違って随分とラーレに乗るのに慣れたんだなぁ……鞍で安定して乗れているからってのもあるんだろうけど。


「キィ、キィ! キィ?」

「ラーレ、取った枝はティルラちゃんじゃなく俺のところに持って来るんだぞー?」

「タクミさんのところに持って行くんですよ、ラーレ」

「キィー」


 ばっさばっさと翼を動かしながら、器用に首を曲げてティルラちゃんに枝を渡そうとするラーレ。

 手を振ってラーレに声をかけ、こちらに持ってくるように伝える……ティルラちゃんもラーレに同じ事を言っているようだ。

 頷いたラーレは、ゆっくりと俺の前に降り立って、咥えた枝を渡してくれた。


「ピ……」

「ピィ……」

「惜しかったぞ、コッカー、トリース。もう少しだったんだけどなぁ……まぁ、これだけ体の大きさとかが違うラーレにとあれだけ迫れるなら、上出来だと思うぞ?」


 またもやラーレに負けて、落ち込んだ様子でトボトボと戻って来るコッカーとトリース。

 小さく成長途中の赤いとさかはあれど、まだまだ鳩っぽい見た目そのままに、足の動きと首が連動しているのはご愛嬌か。

 ともあれ、最初とは違ってハンデがあるおかげだが、あと一秒とかそれくらいラーレが遅かったら、コッカーかトリースのどちらかが取れただろう、というくらい惜しかった。

 多分、何度かやっていたら勝てる事だってあるだろうと、コッカー達に声をかけて慰める。


「ティルラお姉ちゃんとラーレも凄いなぁ。あ、そうだママ! 私も!」

「ワフ? ワウ!」

「リーザちゃんは、自分で走らなくていいの?」

「それも楽しいけど、ママに乗って走るのも楽しいから!」

「ははは、リーザはレオに乗るのも好きだからなぁ。レオ、リーザを振り落とさないようにな?」

「ワウー」


 俺達の方を見ていたリーザが、ティルラちゃんを羨ましく思ったのか、レオの背中に乗せてもらう。

 さっきまで楽しそうに走り回っていたから、それでいいのかというクレアからの質問に、楽しそうに答えるリーザ。

 まぁ、リーザが楽しいならなんでもいいだろうと、笑いながらも一応レオに注意はしておく……大丈夫だろうけどな。

 ともあれ、これでラーレ程じゃないにしてもレオに少しはハンデというか、フェリー達も勝てる見込みがある……のかな?


 フェリー達は、リーザを弾き飛ばしたりしないよう気を遣っていたから、全力で走れなかったからな。

 だからといってレオに勝てるかは微妙だけど、加減して走るよりはそれなりに精一杯走った方が、フェリー達も楽しんでくれるだろう。

 ずっと勝てないと、ストレスが溜まりそうではあるが……そこはレオにちょっと加減してもらうよう、頃合いを見計らってお願いしようかな。

 そうして、俺やティルラちゃんの鍛錬の事を忘れて、夕食まで皆と裏庭で遊んだ。


 鍛錬も大事だとは思うが、こういう時間も大事だからな。

 クレアも楽しそうにしていたし、セバスチャンさん……はニヤニヤしてばかりだからともかくとして、ライラさんや他の使用人さん達も朗らかに見ていてくれた。

 やる事や考える事はいっぱいあるけど、笑い声が絶えない環境はいいものだなぁ――。

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