第937話 男の子とリーザを諭しました



「デリアさんはデリアさん。リーザはリーザで、それぞれ違うんだ。君だって、他の男の子とは違うでしょ? 誰かの好き嫌いが、別の人にとっても同じかどうかはわからないんだ」

「……うーん……よくわかんないよ」

「そうだなぁ、例えば君が好きな女の子がいるとするだろ?」

「そ、そんなのいないよ!」


 おっと、男の子が怒ってしまった。

 ティルラちゃんと同じくらいの男の子にとっては、こういう話はデリケートだったかな。

 まぁ、素直になれないお年頃っていうのはあるもんだ。


「それじゃあ、好きな食べ物にしよう。君も好きな食べ物があるだろう?」

「えっと、爺ちゃんが作る燻製肉が好き! 母ちゃんが炙ってくれると美味しいんだ!」

「……まさか、フィリップさんと同じ好みだとは……将来有望なのかどうなのか……まぁ、それはいいか」


 アウズフムラのお肉を焼いた物、とかならわかりやすかったんだけど……意外と渋い趣味をしている男の子だな。


「でも、そんな燻製肉も、あんまり好きじゃないって言う人もいるんじゃないかな?」

「……うん。妹が、あんまり好きじゃないって。だから、僕は我慢して母ちゃん達には燻製肉がなくてもいいよって……」

「そうかぁ、妹思いで偉いなぁ。でだ、リーザは尻尾を乱暴に触られるのが好きじゃないんだ。デリアさんは、掴まえられるのが好きみたいだけどね。つまり、人によって好きだと思う事や、嫌いだと思う事が違うって事、わかるかな?」


 妹思いの男の子だとわかって、これならちゃんと言えば理解してくれるだろうと確信。

 世の中には、人が嫌がる事をするのが楽しいという、性根が捻じ曲がっている人もいるからなぁ……。


「うん……多分」

「た、タクミさーん。私は別に尻尾を掴まれるのが好きってわけじゃ……」


 自信なさそうだけど、素直に頷く男の子。

 他の子供達も一緒に頷いているから、俺の言う事が少しはわかってくれている様子だ。

 後ろから、小さくデリアさんの抗議する声が聞こえる気がするけど……まぁ、尻尾を狙うようになった原因でもあるので、我慢するか後で子供達に弁解するかして欲しい。

 いや、デリアさんが悪いわけじゃないのは、わかっているんだけど。


「よーし、それじゃもうリーザの尻尾を追いかけたりしないね?」

「うん。ごめんなさい……」

「謝るのは、俺じゃないだろ?」


 男の子に確認すると、頷いて小さな声ではあるけど謝る。

 でも本当に謝る相手は俺じゃないから、男の子の頭をくしゃっと撫でて、他の子供達と一緒にデリアさんの足に抱き着いているリーザに向かわせる。


「はい……えっと、ごめんなさい。もう尻尾を掴んだりしないよ……」

「えっと、パパ?」

「うん? リーザの好きなようにしたらいいと思うよ。許して仲よく遊びたいならそれでもいいし、どうしても嫌で許せないのなら、許さなくてもいいから」


 ちゃんと謝る男の子と一緒に他の子達も頭を下げた。

 こういった経験が少ないリーザが、どうしたらいいのかと俺に困った顔を向けたので、許すも許さないもリーザ次第だと伝えた。

 スラムにいた頃は、謝られるなんて事はなく、ただいじめられるのを我慢するだけだったから、むしろ初めてなのかもな……これもいい経験だ。


「許さなくてもいいんですか!?」


 俺の言葉に、なぜかデリアさんが一番驚いていた。

 リーザが驚くならまだしもなぁ……でも、デリアさんの反応はちょっと面白かったりする。


「なんでデリアさんが驚いているのかわからないけど、許せる事と許せない事も、人それぞれだと思うからね。どうしてもリーザが嫌なのに、俺から言われて渋々許すっていうのも、我慢させている事になるでしょ?」

「まぁ、それはそうですし、タクミさんの考えもわかりますけど……てっきり、こうして謝っているんだから、許してあげてって言うのかと……」

「共感はしてあげられるだろうけど、嫌な事をされたのって、本人以外はちゃんとわかってあげるのは難しいと思うんだ。だから、こういうのは本人同士で解決させるのが一番だと思うよ。大人が押し付けるのはよくない」

「そうなのですね……タクミさん、子供達の事をよく考えているんですね……」


 あくまで、俺の考えなんだけども、デリアさんは納得してくれたようだ……というより感心までされているようだけど。

 結局、後々お互いが気にせず仲良くなれるとしても、大人から押し付けられてというのは、子供達だって居心地が悪いと思う。

 それなら、子供達が考えて仲良くなれそうなら許せばいいし、今はまだと思うなら後回しにしていいはずだ……いずれ、何かの機会があった時に、また仲良くなれるかもしれないから……なれないかもしれないけど。


 そんな事をよく考えている、かというと実際そこまででもなく、子供は子供達でちゃんとそれぞれ考えているから侮らずに、一人の人物として接していれば、ちゃんと答えてくれるだろう、くらいにしか考えていなかったりする。

 ……感心しているデリアさんには言いづらいから、心にしまっておくけど。


「んー……本当に、もうリーザの尻尾を掴もうとしない?」

「う、うん。約束するよ」


 俺やデリアさんのやりとりとは別に、リーザが考えて男の子に聞く。

 尻尾を掴まないと約束する男の子の視線は、リーザの尻尾に向いている。

 体で隠し切れないくらい大きいし、二本あるし、ゆらゆら揺れているから視線がそちらに行くのは仕方ないかな。

 揺れる尻尾はすぐ近くのデリアさんの足をくすぐっているけど、いい場面なので、頑張ってもう少し我慢してデリアさん!


「それじゃあ、もうリーザの尻尾を追いかけないなら……いいよ?」

「ほんと?」

「うん! いいよね、パパ?」

「あぁ、リーザがそう決めたんなら、それでいいんじゃないかな?」

「うん、リーザ決めたの!」


 皆に注目されているからか、初めての事だからか、恥ずかしそうにもじもじするリーザは可愛い……じゃない。

 もじもじしながらも、男の子を許して謝罪を受け入れる事を決めたリーザ。

 俺を見上げて窺うのに頷くと、満面の笑みになった。


「くっ……うぅ……タクミさん、そろそろ……」


 おっと、そろそろデリアさんの我慢が限界だ。

 ほぼ解決したので、もう我慢しなくてもいいんだけどな――。



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