第920話 移動は馬ではなかったようでした



「というか、フィリップさん。その口調はなんでしょうか? タクミ様ヤティルラお嬢様の前で、砕けた口調というのは……」

「おおう、ヨハンナ。復活していたのか。いや、これはタクミと相談して決めたんだが……」


 クレア達が来るって事は、色々な事情を村に説明しなきゃいけない。

 さすがに、移動だけさせて村の近くで合流するってわけにもいかないからなぁ……近くに来たんだから、ブレイユ村には立ち寄るだろう。

 フィリップさんの言う通り、セバスチャンさんが一緒なら説明する手間が省けるけど、そこに立ち会ったり俺からも説明しなきゃいけないから、巻き込まれるのは仕方ない。

 なんて、フィリップさんと相談していると、森の方でしゃがみ込んでいたヨハンナさんがいつの間にか復活し、口調についてツッコミを入れた。


 真顔なのはそのままだけど、どこかスッキリしているようにも見えるから、もう大丈夫そうだな。

 多分、というか絶対胃の中は空っぽなんだろうけど。

 ともあれ、口調に関しては俺と相談して決めた事と説明したが、ヨハンナさんは厳しいようで、どうせ色々説明してバレるんだからと、フィリップさんは以前の話し方に戻った。

 ちょっと寂しいけど、職務とかヨハンナさんが言って聞かないので仕方ない。


「とりあえず、ラーレにはクレアと合流してもらうように伝えるか」


 フィリップさんやヨハンナさんと話している間、ティルラちゃんがデリアさんにラーレを紹介していたりする。

 恐る恐るな様子のデリアさんに、ティルラちゃんが手を持って翼を撫でさせたり、怖くない事を一生懸命伝えている様子は微笑ましかった。

 ともあれ、いつまでもその様子を楽しんでいるわけにもいかないので、ラーレに引き返してクレア達と合流するようお願いしなきゃな。

 ヨハンナさんはこれ以上ラーレに乗せるのは可愛そうだけど、ティルラちゃんは……まぁ、本人が乗りたければ一緒に、村に行ってみたいなら俺達と一緒でいいか。


「えーっと、ラーレ。すまないんだが、俺がクレア達が来ている事を了解した事を、伝えに戻ってくれるか?」

「キィ?」

「え、いや。ラーレがこのまま村に行くわけにもいかないし、どうせなら全部一緒に説明した方がいいから、クレア達と一緒に来た方がいいだろう?」

「キィ、キィ。キィー?」

「ラーレ、皆すぐ来るのに合流するだけ? って不思議がっています」

「はい、私にもそう言っているように聞こえました」


 クレア達と合流するよう、ラーレに頼むとなぜか首を傾げられた。

 詳しく話してみたんだが、それでも不思議がっている様子。

 従魔契約をしているティルラちゃんと、獣人のデリアさんによる通訳だと、すぐに皆が来ると言っているようだけど……。


「でも、レオが一緒にいても、クレア達は馬車や馬だろ? ラクトスから別れてラーレがこっちに来たのはわかるけど、クレア達は夜か、明日に到着するんじゃないか?」

「大体、そのくらいになるでしょうね」


 馬や馬車での移動だから、ラーレが特別早いだけで村への到着は結構遅くなるはずだ。

 フィリップさんも、首を傾げながら距離を計算し、同意してくれる。


「タクミ様、クレアお嬢様達は馬や馬車を使っていません。ラーレの事もそうですが、今回の事は色々と試す機会でもあるのです」

「え? それはどういう……そういえば、ティルラちゃんがラーレに乗ってきたのも、お試しって言ってましたね。それってどういう? まさか、レオに全員乗れるわけないでしょうし」


 馬車や馬を使っていないうえ、お試しというのは一体なんだろう?

 レオは大きいが、だからといって無限に人を乗せられるわけじゃないし……。


「姉様はリーザちゃんと一緒に、レオ様に乗っていました。他の人達は、フェリーやフェンに乗っていましたよ?」

「え、フェリーやフェンって……フェンリル達に乗っているのか……」

「それは……確かに馬より早く到着するでしょうね……」


 ティルラちゃんが言うには、フェリー達が乗せて運んでくれているようだけど、それなら馬より早く到着すると考えて良さそうだ。

 お試しって事は、駅馬でフェンリルに乗って移動したり、荷物を運ぶという話を本格的に考えているんだろう。

 いや、セバスチャンさんやクレアを見る限りやる気だったのは間違いないけど、こんなに早く試し始めるとは思わなかったな。


「ともかく、俺達が考えていたより早く到着するだろうって事はわかったけど、どうするか……」

「さすがにセバスチャンさんもいるのに、考えていないわけないでしょうが……いきなり村に行くと、おそらく大変な事になります」


 まぁ、フィリップさんの言う大変な事というのは少々大げさかもしれないけど、レオだけでなくフェリー達フェンリルが人を乗せてきた。

 さらに、乗っている人達は公爵家のご令嬢や関係者となると、蜂の巣をつついたような騒ぎになるのは間違いない。

 ……やっぱり大変な事になってしまうな、うん。

 ただ、セバスチャンさんがそのあたりの事を考えていないわけはないと思うんだけど?


「タクミ様。ティルラお嬢様や私が先に接触し、合流地点などを定めて欲しいとの事でした」

「あぁ、そういう事ですか。つまりティルラちゃんとヨハンナさんは、先触れみたいな役目だと」


 ティルラちゃんと合流した後、クレア達に伝えて村の外で合流しよう、という事だったか。

 それなら、その間に村の方へ少しは説明できるだろうし、大きな騒ぎには……なりそうだけど、いきなり行くよりはマシか。


「はい。まぁ、単独でラーレが飛んだ際のお試しも含まれていますけど」

「わかりました。それじゃ……デリアさん?」

「は、はい!」


 ヨハンナさんに頷いて、デリアさんに頼み事をしようと声をかけたら、なぜか緊張した様子で気を付けの姿勢になった。

 ……尻尾もピンと立っているし、どうしたんだろう? もしかして、レオやクレアが来ると知ったからかな?


「ちょっと落ち着いて。えっと、フィリップさん……じゃ説得力がないか。ヨハンナさんと一緒に、村に行ってクレア達が来る事を伝えて来てくれないかな?」

「わ、わかりました」

「タクミ……いや、タクミ様。なぜ私ではなくヨハンナなのでしょうか?」

「だって、フィリップさんは、飲んだくれているという程ではなくとも、お酒を飲んでいる事が多かったじゃないですか。そんな人が、急に実は公爵家の関係者だと言っても、すぐに信用されませんよ」

「……フィリップさん、ニコラさんから聞いてはいましたがやはり……」



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