第890話 魔物を見る経験が必要だと感じていました



「……護衛って事はフィリップもニコラも、俺が行くのを認めてくれるのか? 反対するような反応だったけど」

「俺達は護衛だから、基本的にはタクミがやる事に反対しないさ。ただ、あからさまに危険過ぎると判断したら、とめさせてもらうけどな?」

「そうですな。それに、お嬢様の影響でしょうか……こういう時は止めても無駄なのはわかっていますから」

「ははは、さすがに影響とまでは……いや、受けていないとは言えないか」


 どちらかというと、エッケンハルトさんから影響を受けている部分があるような気がする。

 なんにせよ、受動的ではなく能動的になるように考えている成果、なのかもしれない。


「わかりました。それじゃ、明日迎えに来るので準備をしておいて下さい。そうですね……今日の朝食くらいの時間に出発になると思うので、それまでに」

「うん、わかった。ありがとう、デリアさん」

「そんな……私はタクミさんの希望に沿えればと思っただけですので……感謝される程では……」

「タクミ、タクミ。わかってるよな?」

「はいはい……デリアさん、よしよし……」

「わ、わう……くぅーん……ごろごろごろごろー……」


 承諾してくれたデリアさんが明日迎えに来てくれるようで、そこから木こり衆と合流するらしい。

 感謝してお礼を伝えると、照れながらも無意識なのかススス……と俺に頭を寄せて耳をピコピコ、尻尾をフリフリしているデリアさん。

 フィリップさんが肘で俺の横腹をつつきながら促すけど、言われるまでもなく褒められ待ちなのは簡単わかる。

 とりあえず右手を伸ばして、デリアさんの頭を耳と一緒に撫でておいた……感謝を伝えるため、昨日よりも少し強めにだったので、どう反応するのかなと思ったら、犬っぽい鳴き声と喉を鳴らす。

 ……犬のなのか猫なのか、本当にどっちかわからないなぁ……耳と尻尾は紛れもなく猫の物なのに。


 そうして、デリアさんが満足したあたりで自宅に戻ろうとしたのだが、タイミングよくデリアさんのお腹が鳴って赤面した。

 そういえば話に夢中になって夕食がまだだったと思い出し、デリアさんに料理を手伝ってもらう……今日の当番はニコラさんだ。

 俺は、水を汲んでくる役目だな。

 フィリップさんは明日の狩りに備えて念のため、俺達全員分の剣などの点検や手入れをしてくれた――。



「ふぅ、後は寝るだけだな」


 夕食を食べて、素振りくらいはやっておこうとニコラさんとやった後、風呂代わりに体をお湯に浸したタオルで拭き、後は就寝するだけになる。

 今日はさすがに明日に備えて、フィリップさんはお酒を飲んだりせず、おとなしく休むようだ。


「ちょっと羽目を外し過ぎるとこはあるけど、基本は真面目なだよなぁ……フィリップさんって。まぁ、だからこそ不遇な扱いになってしまったり、三枚目感があるのかもしれないけど」


 羽目を外し過ぎても仕事は真面目に取り組むから、変な事を頼まれたりしてしまうのかもしれない。

 なんて、フィリップさんに失礼な事を考えつつ、ベッドに腰かけて少しだけ思考。


「……やっぱり、魔物との戦いはできるだけ見ておきたい」


 考えるのは、狩りに参加する本当の理由。

 デリアさん達に話したのも嘘ではないんだけど、密かに自分だけで考えていた事もある……というか、そちらが重要だな。


「魔物とかいない世界で生まれ育ったから、少しは慣れておかないとなぁ……まぁ、あちらでも日本ではなくても戦争はあったり、人や動物の生き死にというのはあったわけだけど」


 俺が重要だと思っている事は、魔物や人に拘わらず生き物の生死に拘わる事。

 こちらに来て大分経っていて今更だし、オークを何度も倒したりして来ているけど、それでもちゃんと考えなきゃいけない事だ。

 日本だと、何者かを殺めるというのはそれこそ食用の家畜を、という以外は基本的にない……というかやったら犯罪だしな。

 けどこちらの世界では、人同士はまだしも、魔物相手にそんな生易しい倫理観が通用しないのは重々承知している。


 人間に限らず、他者や他種族を襲う魔物という存在がいて、命の危険にさらされる可能性があるんだから、当然の事だ。

 誰しも、何も抵抗する事なくやられたいとは思わないからな。

 オークに関しては二足歩行に戸惑いはしたけど、こちらの世界に来てすぐレオが狩っていた事や、躊躇しながら食べたお肉はよく知っている味だった、という事もあって一応割り切れている。

 まぁ、割り切るとか関係なく、ランジ村で大量のオークに襲われて、必要に応じて戦う必要があったからなんだけども。


「あの時は、とにかく必死だったからなぁ……間違いなく、あれで躊躇していたら村の人達も一緒に、レオが来るまでにやられていただろうし」


 襲われた時、恐怖は当然あったがそれでも立ち向かえたのは、レオが森で何度もオークを倒していた事が大きい……そう考えると、やっぱりレオには感謝しないといけないな。

 最初のきっかけがオークで、背に腹は代えられないと躊躇しながらもオークを食べたのもあったのと、生きるためとか生存本能的な感じが加わってだな。

 ともあれ、そういった事とエッケンハルトさんとの剣の鍛錬もあって、なんとか立ち向かう事ができた。

 けど、それがオーク以外の魔物だったらどうなのか? それこそ、食料にもならないトロルドとか……いや、レオが倒したのを見た事があるけど。


 今回のアウズフムラは、食料になってオークと近いけど、それでも多くの魔物を狩るという場面を見ておきたい、という考えだ。

 それですぐに、俺自身が割り切れるわけじゃないけど、そういった命を扱う経験が必要なんじゃないかとも思う。

 特に、リーザやミリナちゃんのように、パパや師匠と言って慕ってくれる子もいて、薬草畑を開始したら多くの人を使う立場になる。

 命の選択、というと聞こえが悪いけど……優しい倫理観に守られていたからこそ、少しずつでも拘わって慣れや理解、納得をしておかないといけないと思った。


「もし、ランジ村がまた何かの危機に陥ったとして、その時足手まといになりたくないからな。というか、むしろ俺が雇った人を守る立場になるわけだし。まぁ、レオがいるから早々そんな状況にはならないだろうけど……」


 レオがいれば安心だろうけど、だからといって相棒と言っているのに頼りきりなのもな。

 いざという時頼れない上司にもなりたくないし……そんな感じで、今回も経験の一つとして吸収したいと考えている。

 フィリップさんとニコラさんは、護衛で場合によっては躊躇なく剣を振るうだろうし、デリアさんにはまだ俺の事を詳しく話していないから、理解されないかと思って言えなかった事だ――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る