第888話 狩り対象の魔物の事を聞きました



「おっと、あまり長居していてもいけないな。デリア、そろそろお暇しよう」

「あ、私はタクミさん達と夕食を取ってから、家に戻るよ。昨日もそうだったの」


 持って来ていたお金でニャックの料金を払った後、話しも程々に、そろそろ帰ろうと立ち上がったカナートさんが、デリアさんにも声をかけた。

 デリアさんは、今日も一緒に夕食を取る予定になっているので、カナートさんに首を振っている。

 一緒に食べる人が増えると賑やかで楽しいし、料理に不慣れな男ばかりよりも、デリアさんがいてくれると助かる。

 さすがに全部任せたりはしないが、手伝ってくれるだけでも美味しい料理ができるからな。 


「そうか、まぁ一人で食べるよりはそちらの方がいいか。あ、そういえば村長から伝えてくれって言われていたんだが」

「どうしたの? もしかして、暇だから相手をしてくれとか、そういう?」

「それも一つだな。だが本題は明日の事だ。木こり衆が狩りをするらしくてな、デリアにも参加して欲しいらしい」

「うん、わかった。明日皆と一緒に森に行くね」


 デリアさんが家で一人というのを、カナートさんも心配していた側なんだろう、朗らかに納得して頷いてた後、村長さんからの伝言を思い出したようだ。

 村長さんが暇だから、デリアさんに来て欲しいって言うのはともかく、木こり衆に混じってデリアさんが狩りをするのか。

 まぁ、複数人で森に入るから単独だし、危険はできるだけ避けるようにしているんだろうし、そのためにデリアさんも一緒にって事なんだろう。

 本人の言い分を信じるなら、オークもサーペントも問題なく狩れるみたいだから。


「でも、ちょっと急だね? いつもならもう少し前に言ってくれるのに」

「昨日燻製肉を作っていただろ? それで新しい肉が欲しくなったらしい。それと、奴がいた形跡を見つけたらしい」

「奴……?」

「あぁ、それは私もいかなきゃだね。わかったよ!」

「頼む。村長達には俺から伝えておくから」


 そう言って、カナートさんは戻って行った……多分これからデリアさんが了承した事を、村長さん達に伝えに行くんだろう。

 ニャックの交渉っぽい事を頼まれたり、カナートさんも忙しい人だなと思うけど、そう言えば普段は何をしている人なんだろう?

 いや、それよりも話の中で気になる事を言っていたが、なんだろう? 聞いてみるか。


「デリアさん、今言っていた奴ってのは?」

「あ、タクミさん達には通じませんよね。村では奴って言ったら、とある魔物の事になるんです。村にとっては大物なんですけど、美味しいので皆に人気なんです。見つけたら、何がなんでも狩るって木こりの人達が必死になったりします」

「へぇ~、そんな魔物が。どんな魔物なんだろう?」


 大物って事は、体が大きいのだろうか? それともオークより強いからという意味だろうか? ともかく、デリアさんもそうだが、木こり衆とやらもオークを狩って来る事があるらしいので、オーク肉には慣れているはずだ。

 それでも村の人達に人気で、木こり衆が必死になる程って事は、よっぽど美味しいんだろうな。


「大きさは……多分レオ様に近いくらいだと思います。個体差がありますし、成長していないとそこまで大きくなりませんけど」

「レオくらいって、かなり大きいんだね」

「はい。しかもその大きさなのに素早くて、見つけても逃げられたりします。確実に仕留めるためと、逃がさないためによく私が呼ばれるんです」


 レオくらいって事は、馬よりも大きいって事で……確実に人間よりは大きい。

 その巨体で素早いっていうのも、ちょっと想像しづらいけど、さすがにレオやフェンリル達程素早く動けるわけじゃないだろう。

 と言っても、レオどころかシェリー以外のフェンリル相手に、剣の一撃を当てる事すらまだできないんだけど。


「大きくて素早い、美味しいけど逃げる……もしかしてその魔物って、アウズフムラの事かい?」

「フィリップさんは知っているんですね。そうです、アウズフムラって呼ばれています」


 護衛としてや兵士としてか、さすがに魔物に関する知識はそれなりにあるらしく、フィリップさんはその魔物の事を知っていたみたいだ。

 見れば、ニコラさんも頷いているから、知っているんだろうな。

 アウズフムラかぁ……名前からはどんな魔物か想像が付かないけど、なんとなくどこかの神話とかで聞いた覚えがある気がする。

 とは言っても、地球で語られていた神話だし、この世界とは別物なんだろうけど。


「大きさとかはわかったけど、どんな魔物?」


 そのアウズフムラという魔物が、大きくても素早いって事はわかった……あと、オークよりも美味しいらしいって事も。

 ちょっと興味が出て来たので、さらに詳しく聞いてみる。


「えーと、毛が白く肌も白い……だったかな?」

「いえ、フィリップ殿。それは雌のアウズフムラです。雌は食べるのではなく、乳を採取して飲む方です」

「あぁ、そうか。白は牛乳の方か。食べるのは雄で、黒い毛に黒い肌で真っ黒だった。素早いのもあって、暗い時に見つけるのが難しいんだよなぁ」

「体が大きい分重いので、痕跡はよく残っているんですけど、自分達以外の気配に敏感なのですぐ逃げたり隠れるんですよね。森の中は暗い所が多いので、黒い体なのも相俟って見つけ辛いんです。そもそも臆病なので、人のいる場所や村に近い森の外れに来るのは珍しいんですよ」

「雄と雌で色が全然違うんだ。ふむふむ、臆病で逃げ足が速いし気配に敏感と……」

「木の葉や草を食べるので、他の生き物を襲うのは稀ですし、肉類は食べないので臭みが少ないんです」

「木の葉はともかく、草食って事かぁ」


 逃げ足が速いはともかく、レオくらい大きくて雄は黒い……色は関係ないか。

 草食で雄は肉として、雌は乳を採取ってそれ、もしかしなくても牛じゃないか? フィリップさんが牛乳って言っているし……屋敷でレオがよく飲んでいるけど。

 牛だと考えると、臭みが少ないのもあって豚肉の味がするオークより、人気になってもおかしくないかな。

 いや、牛肉より豚肉の方が好きっていう人もいるだろうし、なんとなく高級で美味しいお肉と言えば牛肉っていう、貧困なイメージだけど。


「その魔物ってもしかして、角があったり、四足歩行だったり?」

「四足で動くのはそうですけど、角はないですね」


 角、ないのか。

 乳牛だと雄雌両方角があったりするが、まぁ、牛によって角がない種類だってあるし、必ずしもなきゃ牛じゃないって事はないよな――。


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