第878話 畑で働く人達と挨拶しました



 デリアさんから色々と聞きながら、畑を近くで見ようとしていると、背中に籠を背負って鎌を持った男性にデリアさんが声をかけられる。

 年の頃は三十代くらいっぽいので、農作業をしている村の人だろう、デリアさんが俺達を紹介するのに続いて、自分からも名乗っておいた。


「そうかそうか。昨日村に戻ったら、爺さんや婆さん達がもう泊まる家に戻ったって言っていたから、顔も見れなかったんだ。だが、わざわざこんな村の畑に案内するのはどうなんだ、デリア?」


 お爺さんやお婆さんに囲まれた後、日が落ちる前に戻ったからなぁ……。


「タクミさん達は畑とかも見てみたいらしいから、案内しているの」

「へぇ~そうなのか、そいつは悪かったなデリア。しかし、特に物珍しい作物があるわけでもないのに、物好きな人達だなぁ」

「おじさん、タクミさん達に失礼よ!」

「あはは……」


 村の人達どころか、この世界の人達にとって珍しくない事でも、俺にとっては十分珍しい事なんだけどな。

 実際、見渡す限り畑が広がっている光景なんて、俺が今まで住んでいた場所では見られなったし……屋敷とかこの世界に来る前の話だけど。

 耳を立てて、頬を膨らませるデリアさんを苦笑しながら宥めて、おじさんに畑を見に来た理由を簡単に説明する。


 まぁ、街で生まれ育ったせいで、村の日常が珍しく見えるくらいの世間知らず、と思ってもらえるくらいの話だな。

 デリアさんは何か言いたそうだったけど、世間知らずなのは本当だから仕方ない。


「おー、そっちにいるのが村に来たってのかー?」

「そうだよー」

「婆ちゃんが喜んでた、若いのってのはそっちのかー」

「爺様や婆様が、男前なのが来たって喜んでたぞー」

「うちの孫の嫁にって言ってる婆さんもいたな。その孫、まだ五歳になったばかりだけどなーはっはっは!」

「ちょっとおじさん!」

「えーと、初めまして……」


 話しかけてきたおじさんが農作業に行くため別れ、畑の近くまで来て見て回っていると、色んな場所で声がかかる。

 村の外から来た人が畑を見にくる事は少ないから、物珍しさもあるんだろう……デリアさんがいるから、声がかけやすいんだろうけど。

 それぞれに簡単な挨拶をしつつ、デリアさんが主に声をかけてきた人達に応じている。

 デリアさんを見た人達が、ほとんど笑っているのを見るに、やっぱり可愛がられているんだろうな。


 あと、お爺さんお婆さんに好感を持たれたらよくある話らしいけど、自分達の孫を簡単に嫁に……というのは止めて欲しい。

 五歳という、リーザよりも年下の子をというのは考えられないし、変に期待されても困るからなぁ――。



「……また、大量の食べ物をもらってしまった。もらいに行ったわけじゃなかったんだけど……」

「皆、タクミさん達が珍しかったんですよ。特に、村に来ても畑自体に興味を示す人がいないので、それも嬉しかったんだと思いますよ?」

「某も持たされました。タクミさん達に付いて回っているだけだったのですが……」


 一通り畑を回り終える頃には、俺やニコラさんだけでなくデリアさんまでも、両手いっぱいに野菜などの食材を持たされる事になっていた。

 畑を見たり、作業をする人達に挨拶をする程度と考えていたんだけど、殊の外気に入られたらしい。

 昨日もらった物もまだ残っているのに、食べきれるのか不安だ……。


「珍しく、畑に興味のある若いのが今回のお客さんか、デリア?」

「あ、ペータお爺ちゃん」


 食材を抱えて畑から離れ、一旦家に置きに戻っている途中で椅子に座ったお爺さんがおり、近付くと話しかけられる。

 このお爺さん、畑へ行く時はいなかったはずだから、俺達が見て回っている間に村から出て畑との中間くらいのここへ来たんだろう。

 わざわざ椅子を持って来て畑の方に向いて座っているあたり、慣れている様子でもある。

 昨日、俺達を囲んだお爺さんやお婆さんの中にはいなかったと思うので、もしかしたらいつもここにいるのかもしれない。


「初めまして、タクミです」

「某はニコラと申します」

「おう、もうデリアが言ったが、ワシはペータだ。まぁ、しがない耄碌(もうろく)した爺さんだ」

「耄碌したって、ペータお爺ちゃんが提案して、村の畑はこれだけ広く作物が育つようになったって聞いてるよ?」

「それだって、ずいぶん昔の事だ。まだまだ若かった頃だし、一緒に畑を耕していた頃だな。今じゃ、ろくに鍬も振るえねぇから、こうして眺めているくらいしかできない単なる老人だ」


 椅子に座っているお爺さん……昨日村にいたお爺さん達より若干若く見えるが、ニコラさんと一緒に会釈しながら名乗っておく。

 ペータさんも名乗るけど、本人が言っている程耄碌しているようには見えない。

 今は椅子に座っているけど、姿勢も背筋を伸ばしてピンとしているので、おそらく立っていても腰が曲がっていたりもしないんだろう。


「ペータさんが提案した事って言うのは?」

「なに、そこまで難しい事じゃない。ワシが若かった頃はまだこの村ではやってなかった事を、やるように言っただけだよ」

「ペータお爺ちゃんは、畑に馬を使う事を提案したんです。そのおかげで、広い範囲を耕す事ができるようになったんです」

「ワシが言わなくとも、いずれ誰か言っていただろう事だ。他の村では、やっている所もあったようだからなぁ」

「馬を使って……」


 俺は見た事がないが、馬を使って畑を耕すというのは、馬耕の事だろうか?

 なんとなく聞いた事があるだけだから、詳しくないが、馬に鍬を付けて曳いてもらう事で、人間が耕すよりも効率よく耕す方法……だったかな?

 人間が一人で耕せる範囲は限られているけど、馬に大きな鍬を曳いてもらえばかなりの広範囲を耕す事ができる。


「ペータお爺ちゃんが、もうあまり走れない馬を使うよう提案したんだそうです。走れない馬って、面倒を見るのも限界がありますから……ましてや、村で維持するのは厳しい事が多いので」

「あぁ……まぁ、かわいそうだけど、そうだよね」


 馬が走れなくなった場合、他に何かできる事がなければ最悪、処分される事になる。

 余裕があれば、寿命が来るまで世話をする事だってできるだろうが、貧しい……かどうかはともかく、余裕のない村だと面倒を見切れなくなってもおかしくない。

 かわいそうだけど、村の人達にとっては自分達の生活を維持する方が優先だからな――。



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