第872話 村長さんは中々鋭い人物のようでした



「それにじゃ、一緒にいた二人の客人……部屋に入る時も出る時も、ただの旅人や商人のようには見えなかったぞ? 油断なく、部屋を見回していたからの」

「それは……」

「それにタクミもそうじゃ。身のこなしがそこらの者とは少し違う……多少は戦う経験をしてきたような印象をうけるからの」


 二人の客人と言うのは、フィリップさんとニコラさんの事だろう。

 あの二人は護衛として訓練を受けている兵士だから、単なる旅人や商人とは違う身のこなしなのは仕方がないだろう……部屋を見回していたというのも、護衛としての癖みたいなものだろうし。

 何か言い訳をと考えて声を発しようとする俺を遮り、尚も村長さんが言い募る内容は俺に関してだ。

 確かに、俺はオークと何度も戦って戦闘を経験しているが……村長さんが一目見てわかるくらい、身のこなしや雰囲気が変わるものだろうか? もしかしたら、訓練を続けている事で、自分ではわからないうちに変わっているのかもしれない。

 ……筋肉が付いた事もあって、以前より姿勢が良くなったのは間違いないしな。


「先程は、デリアに助けられたからそのお礼と見聞を広めるためと言っておったが、本当は違うのじゃろ?」


 セバスチャンさんと話して決めた、ブレイユ村に来た理由。

 デリアさんが泥棒を捕まえて、その場にいた俺が助けられたという理由に加えて、まだ未熟なために各地を見て見聞を広げている最中という設定にした。

 フィリップさんとニコラさんは、旅をする俺と意気投合して友人になり、一緒に行動しているとなっている……見聞を広げるというのはその通りだし、事実から大きく離れ過ぎてもおかしな点が出てくるかもしれないので、近い理由にした方がいいとセバスチャンさんからの助言だ。

 実際に、見聞というか村での暮らしがどういうものかを知るために来たのだから、嘘は言っていない。



 村長さんは、デリアさんが退室している今をチャンスと、俺がどんな人間かを見定めようとしているのかもな。

 デリアさんがいてくれたおかげか、怪しまれているという程じゃないが、俺が真実を話していないとは既に見抜かれているようだ。

 村に到着して早々、この話をするとは思わなかったけど、仕方ないな……。


「お礼は本当ですよ。ただ、見聞を広めるために旅をというのは……すみません、目的ではありません。ただ、色々な物を見て見定め、経験をというのは考えています」


 まぁ、デリアさんが対応しなくてもという部分はあったけど、リーザと親しくなったくれたりしたからな。

 今回の無理なお願いもあって、お礼を言いたいのは本当だ。


「ふむ……それで、本当の目的と言うのは?」

「ラクトスで、ニャックを食べたんです」

「ニャック……というと、村でよく作っているあれかの? そういえば、カナートがラクトスに売りに行っておったか。売れ残って戻ってくると思っておったが、全部売れたようじゃの」


 全部売れたのか……まぁ、ほとんどクレアが買って残りは少なかったようだし、珍しい物も受け入れるラクトスなら順調に売れてもおかしくはない。

 それにもしかしたら、デリアさんも少し食べたのかもしれないしな。


「はい。カナートさんがニャックを売っているのを見つけて、買って食べさせてもらいました」

「ほうほう。しかし、ニャックだけではあまり美味しいと言える物ではなかったじゃろう?」

「まぁ、確かに……でも、あれは他の物と合わせて食べる事で美味しさが増しますし、女性には特に進めるべき食べ物だと思うのです。そう考え、カナートさんからある程度のニャックを買い取りました」

「女性にとな? じゃが、カナートのニャックはどういう巡りあわせか、公爵家の……クレアお嬢様がほとんどを買い取ったと聞いたぞ?」


 おおう……カナートさん、クレアさんがニャックを大量に購入した事を話していたのか。

 いや、村で作られた物だし、全部売って帰って来た事だけでなく、公爵家の人間が買ったとなれば村長さんや他の人達に伝えていて当然か。


「まぁ、残っている物を買ったんです。それで、そのニャックが足りないんですよ……」

「足りない……? そこまで、ニャックは売れる見込みがある……いや、ラクトスで売れるのかの?」


 セバスチャンさんと話して決めていた事、その二だ。

 まぁ、村長さんに見抜かれなくてもそのうち話そうとしていた事ではあるんだが……クレアが買ったニャックは、屋敷で順調に消費され、ヘレーナさんが各種料理に活用したり隠し味ではないが、コッソリ入れていたりと、それなりに使われている。

 俺が屋敷を出発する時点で、すでに半分くらいがなくなっていたようで、もしできるなら追加購入というか、定期的に買うよう使用人さん達、特に女性から要望があったらしい。


 要望を上げた中にはクレアもいるわけなんだけど、それはともかく……あまり表だって話す事じゃないけど、ニャックは歯ごたえもあってそれなりの食べ応えがある事と、ダンデリーオン茶と合わせると……なんというか、お通じが良くなる事が実感できてしまっているようだ。

 まぁ、両方食物繊維が豊富だからとかだろうけど、カロリーだとか食べて痩せられているかどうかの実感はまだなくとも、それだけでも女性達に評判が良く、想像以上に消費が早い。

 なので、俺がブレイユ村に行く理由の一つとして、ニャックを買い付ける用とするのはどうかと提案された。


 もちろん、俺は商人だったり屋敷の食材仕入れをする担当でもないので、怪しまれたり何か話の種のような事として使えたら、程度だったんだけどな。

 ちなみに、俺が独断で決めてニャックを大量に仕入れたら、屋敷や公爵家が不利益を被る可能性があったり、そもそも公爵家を出せないので、個人的に買ったニャックを持ち帰り、公爵家……というより屋敷の人達に売る、という事になっている……ちょっとややこしい。

 直接そうできないだけで、セバスチャンさんは俺が買った分は買い取ると約束してくれているし、クレアだけでなくメイドさん達からの期待が凄かったので、多く買っても大丈夫だそうだ。


「……というわけで、ニャックは女性に対して多く売れると思うのです。単体ではメインになりづらいのも、逆に考えれば料理に加えやすいと考えられます。評判が広まれば、多くの人達が買い求めるようになるかと思い、どのようにして作られているのかを見に来ました」



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