第853話 魔法の講義を受けました



「……こうすれば、簡単に火が付きます」

「成る程……」

「フィリップ殿、少々強い魔法を使い過ぎです。ストロングは付けなくて良かったのでは?」

「さっさと火をつけた方がいいかと思ってな。まぁ、手本としてだから、ちょっと張り切ってしまったか」

「タクミ様、フィリップ殿の使った魔法は、焚き火をするには少々強すぎますので、あまり真似をなされぬよう。今回は大丈夫でしたが、先程の魔法では勢いが強すぎて他の物へと燃え移る可能性がありますので」

「あ、そうですね。はい……とは言っても、俺はまだ使えなさそうですけど……」


 手本を見せてくれたフィリップさんの表情は、燃え始めた焚き火の明りに照らされて、かなり自信満々に見えた……まぁ、ちゃんと火が付いているし、見た事のない魔法だったので単純に凄いと思う。

 ライターの魔法っぽいキャンドルとは違い、れっきとした魔法、という風に見えてちょっと格好良かった。

 ただ、後ろで見ていたニコラさんに注意されもいたけど。

 言われてみれば、焚き火を覆うくらいの炎なんだから、近くに物があったら延焼が怖いな。


 ニコラさんに、良い子は真似をしないように的な注意を受けたけど、そもそも俺はまだ使えないしなぁ。

 魔法の使い方とか、初歩的な事はセバスチャンさんやクレアに教えてもらったけど、それだけだ。


「魔法は、呪文で魔力の変換と動作を定める……と聞いていると思います」

「そうですね、そういう説明を受けました」


 てきぱきと、荷物から鍋を出したり食器を出したり、食事の支度を始めながらニコラさんから魔法の抗議が始まった。

 もちろん俺も手伝いながらだ……夕食は、ラクトスで余分に買った焼きパスタパンと、体を冷やさないようにスープだ。

 スープは、あらかじめヘレーナさんが用意してくれた物らしく、水筒の中に具材と一緒に並々と入っているのを鍋で温めるだけだけど。

 水は別の水筒に入っているし、ブレイユ村まで行くのに十分な量が入っている……スープは、長持ちしないので今日の分だけで、明日は持って来た食料で適当に何かを作る予定だ。


「呪文はまず、変換する魔力の属性を決めます……ファイアエレメンタルなら火、ウォーターエレメンタルなら水、ですね」


 こんな時、セバスチャンさんがいたら喜々として説明してくれただろうなぁ……なんて考えつつ、食事の準備を進めながらニコラさんの話を聞く。

 フィリップさんの方は、講義をする側も聞く側も興味ないようで、火の付いた焚き火が消えないよう調整していた。


「属性を決め、魔力が変換できたら次はその動作決定です。火でキャンドル、とすればろうそくのような火が出ます。水でウォッシュ、とすれば物を洗う程度の水が出ますね?」

「はい。その辺りは、教えてもらっています」

「その動作決定ですけど、魔力の動かし方さえ感覚を掴めば自由に変えられます。とは言っても、限界はありますし、強さや勢いは呪文も干渉するので、魔力を動かせばいいというわけでもありません」


 魔力を動かす……というのは、以前クレアから教えてもらったし、先程のキャンドルの時もやっていた。

 早い話が、動作に見合う量の魔力を体内から集めるのと、発動する場所……キャンドルなら指先に集めるとかだ。

 だから、ニコラさんが言いたいのは、動作を決定する呪文に合わせて体内から魔力をかき集められれば、呪文次第である程度は魔法が使える、という事かな。


「先程フィリップ殿の使ったフレイムは、単純に炎を出す動作呪文です。野外の焚き火などではこれで十分でしょう。……ファイアエレメンタル・フレイムバーンアップ……このような具合です」

「確かに、焚き火くらいならそれで十分そうですね」


 ニコラさんが手本を見せるように、手を頭上にかかげて呪文を唱え、魔法を発動。

 頭上に手を持って行き、空へ向けているのは何かを燃やしてしまわないためだろう。

 発動した魔法は、手のひらから拳大の炎を発生させ、ゆらゆらと揺れている……キャンドルより強い火で、組んだ枝葉を包む程ではないけど、ニコラさんの言う通り焚き火の点火用ならこれで事足りるだろう。


「今見せた魔法に、ストロングと付ける事でさらに強い火を出す事ができます。先程、フィリップ殿が使ったようにですね」

「言葉の組み合わせで、呪文の動作を決めて強さを調節するわけですね?」

「はい。ただ、魔力が足りない、そもそも人間が扱えない……などの問題もあって、言葉を組み合わせればいいだけではありませんが……とりあえずはその認識で良いかと」


 全くの制約がないわけではないけど、呪文は言葉の組み合わせか……そういえば、威力が高い魔法程呪文そのものが長くなると言われていたっけ。

 キャンドルより強く勢いのある炎だから、フレイムバーンアップという言葉で、確かに威力と呪文の名が長さが増している。

 発動した魔法に、その後の動きなんかを加えようとしたり、さらに威力を上げようと思ったら、他にも言葉を組み合わせなければいけないので、もっと長くなるわけか。

 これは確かに、一瞬の動きで左右されそうな戦闘では、余裕がなくて使えそうにないな。


「それに、ただ言葉を組み合わせるだけでは発動しない事もあります。例えば、フレイムバーンアップにダウンと加えると、動作が相反するので打ち消し合ってそもそも魔法が発動しない事もあります。もし、上にあげて放った魔法を途中で下へ落とす、という動作を加えたいのであれば、間に別の言葉を入れる事になります」

「言葉同士で打ち消し合うから発動しない……言葉の意味も考えないといけないんですね」


 魔法の動作へさらに別の動作を加える際にも、相反しないように別の言葉を組み合わせたりする必要がある……と。

 複雑な動きをさせようとするなら、それだけで言葉の数が増えるし、それを維持するために威力を上げるにも言葉の数が増えていく……さらに魔力が発動に見合うだけあるのかどうかも関係するし、そもそも人間に扱えるかどうかという部分も引っかかってしまうと。

 魔法って、やっぱり色々と複雑で難しいんだなぁ――。



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